トラップルーム


 ダンジョンブローカーSとの有意義な取引を終え、『ムゲンハイール ver5.0』を片手に、8階層を練り歩き、宝箱を回収しながら、狩場をまわります。

 階段を発見しました。

 写真を撮って、『迷宮の攻略家』と情報を同期させ、ファイルに保存しておきます。あとで通信が回復したら財団アプリで共有です。


「この宝箱ちょっと大きいかな」


 3Dマップを頼りに、お宝の場所までやってくると、いつもの小箱ではなく膝丈ほどのやや大きめの石箱を発見、開けると、経験値があふれだします。


「ちーちー」

「ぎぃ」


 ごく当たり前に厄災たちに経験値を天引きされて、残りかすみたいなのが俺のもとへ。社会の縮図を見ている気分ですね。


 9階層の階段を発見しました。

 階下へと降りるべく階段に足をかけます。


 と、その時、


 ──ガシャコン


「え?」


 足場が抜けた。

 階段がなくなった。

 この階段──偽物だ。


 ふわっと襲ってくるのは浮遊感。

 湧き上がる胸の焦燥感。

 骨は拾ってくれ詰めろ木棺。

 

「ちー?!」

「ぎぃ」

「やっべ」


 俺は真っ逆さまに落ちていった。


 落ちながらこの滞空時間がいつまで続くのかを考える。

 『鋼の精神』のおかげが、自由落下してるというのになんとも冷静であった。


 階段が抜けた。これが意味するのはなんだろう。

 よぎるのは修羅道さんの言葉。


『”救世”なのでトラップルームが多くあるかもしれません。注意してくださいね!』


 トラップルーム……トラップ。

 なるほど受付嬢にして群馬12部族のうち最も凶悪とされる食人族の酋長の娘にして、賢者ポジションも押さえている修羅道さん流石です。

 

 俺は見事にトラップにかかったというわけだ。


「ちーちーちー」

「地面見えて来たな」


 くるりと姿勢を整えて、つま先から軽やかに着地する。

 レベル146にもなれば高所からの転落ごときでは死なないのだよ。


 あたりを見渡せば、広大な湖面が広がっている。

 水深5cmくらいだろうか。足がつく。

 湖とは言わないかもしれない。デカい水たまりか。

 

 水の薄膜は視界の限り続いているだけの不思議な空間だ。

 あるのは俺の着水によって生じた波紋のみ。


「なんだ、ここ」


 通常ダンジョンはごつごつした岩肌の洞窟みたいになっているのに、ここはそんな無骨な感じとはまるで違っている。

 ひたすらに静かな、何者かの手が丁寧に加えられたかのような、生理的恐怖感を感じる。


 3mほど先の水面下からぶくぶく泡立つ。

 ダックスフンドがにょきっと出てきた。

 湧き方がかなり気味悪い。


 かなりデカイ。

 推定15階層前後にいる個体と思われる。


 突進してくるダックスフンド。

 とりあえずHP1 ATK500でジャブを打つ。

 流石に死なない。スーパーアーマーで構わず凶悪な牙を剥いてくる。


 ただ、速さがたりないぜ。

 メタル柴犬ハイエンドに比べたら天と血の差だぜ。


 3m詰められる間にATK500で5回爆破すると、ダックスフンドはぐてーんっ! 水面に伸びてやがて光の粒子となった。


「ATK2,500固定っと」


 次々に水面から湧いてくるダックスフンド、ダックスフンド、ダックスフンド。

 それぞれサイズがバラバラだが、Maxサイズで15階層級だ。

 それ以上デカイのはいない。

 ぐるっと見渡せばザッと20匹はいる。


 とはいえ、今更こいつらに手こずることもない。

 片手に『ムゲンハイール ver5.0』をぶら下げたまま、2m以上接近させることなく迎撃し、迫り来るダックスフンドたちを消し炭に変えていった、


 だが、ダックスフンドのほうも諦め悪く次々と湧いてくる。

 いつまで続くのだろうか。


「ちー! ちー!」

「ぎぃ! ぎぃ!」


 うちの子たちはどんどん集まってくる経験値に夢中で飛びまわっている。

 とりわけシマエナガさんが必死すぎて3:4:3などお構いなしに、0:9:1くらいになっていらっしゃいます。暴挙にでやがりましたこの凶鳥。


「ちーちーちー!」

「ぎぃ……」


 飛行性能ズルいです。

 飛べないぎぃさん、すっげえテンション下がって、いじけちゃってるじゃん。


「シマエナガさん、ちょっと自重してくださいね」


 空飛ぶシマエナガさんをがしっと掴み、言ってきかせ、胸ポケットに突っ込んで幽閉する。「ちーちー!」と抗議の声を上げている。

 これ以上甘やかしてはいけない気がする。

 俺は心を鬼にして心の耳を塞いだ。


 数分経っても、モンスターたちの湧きはおさまらない。


「どうなってるんだ?」

「ちーちーちー!」

「あっ、シマエナガさん、また!」

「ちーっ!」


 胸ポケットの中にいながら、元のサイズに戻り、弾けるように飛び出してきたシマエナガさん。なんたる脱出法だ。

 シマエナガさんはそのまま俺の頭に着地すると、スキルを発動した。


 って、え? スキル?


「し、シマエナガさん、なにをする気ですか? まさか、世界を滅ぼす破壊衝動に目覚めたんじゃ……!」


 シマエナガさんの身体中のふわふわが、ぶわーっと逆立ち、ちっちゃな黒いお目めがピカッと光ります。


(眷属スキル『冒涜の眼力』が使用されました)


 これ新しいスキルだったのか。

 ぽけーっとしてると、頭が割れるような痛みに襲われた。

 

「痛い、いたたた!?」


 それは知識の奔流だった。

 シマエナガさんの『冒涜の眼力』によって規制を越えた知識が、強制的に俺の記憶域に焼き刻まれたのだ。超越的な体験による啓蒙の上昇を感じる。


 わかる、わかるぞ。わかるマン。わかるマンパワー。


 この空間は『トラップルーム』という異常物質アノマリーによって生成されているんだ。

 その正体はあらかじめ格納されたモンスターによる、数の暴力でもって、引きこんだ探索者を確実に殺す死の罠。こわい。


 『トラップルーム』は1つしか入り口(落とし穴)を持たないわけではなく、同時に入り口を展開可能だ。


 俺はそのうちのひとつから、この空間へまんまと入ってきてしまったらしい。


 『トラップルーム』から脱出する方法はすべての格納モンスターを倒すこと。

 あるいは──『トラップルーム』の正体を鑑定系スキルで看破すること。


「世界が……砕けていく」


 どこまでも続くと思われていた湖面が、端の方から崩れて、剥がれて、重力に逆らって空へ登っていく。

 俺たちも巻き込まれ、体がふわりと浮き上がり、空へと落ちていく。

 やがて俺たちは、落ちてきた穴から外へと排出された。


 戻ってきた。

 ダンジョンの8階層だ。

 

 地面の上には、ナイフが一本落ちている。

 変わった形状のナイフだ。

  

 近寄り、手を伸ばすと、アイテム名が表示された。名前は『トラップルーム 湖』。

 俺たちを閉じ込めていた異常物質アノマリーに違いない。


 ナイフを手に取り、詳細を確認する。


────────────────────

『トラップルーム 湖』

 異次元の匠モートンによる作品

 探索者を誘いこむオブジェクトに変化する

 格納数5,000体

 残数2,480/5,000体

────────────────────


 『冒涜の眼力』のおかげで、これの使い方がわかる。

 書いてあることも正確に理解できるし、書いていないことも正確に理解できる。


 格納数とはすなわち、トラップルーム内に湧くモンスターの最大値。無限ではない。

 残存数が2,480体となっているのは、俺がモンスターすべてを倒さずに、トラップルームという空間の神秘を看破して脱出したから、まだ中に残っているのだ。

 つまりこのナイフの中にはまだ、2,480体ものモンスターが格納されている。


(新しいスキルが解放されました)

(スキルレベルがアップしました)

(スキルレベルがアップしました)


 おや?


 ───────────────────

 『超捕獲家 Lv3』

 異次元の胎動を御した

 万象が既知になれば畏れは消え失せる

 MP1消費して捕獲攻撃をしかける

 解放条件 ダンジョンモンスターを2,000体以上捕獲する。

 ───────────────────


 あえ、いきなりLv3ですか?

 あーもしかして、解放条件満たして、そのまま飛び越していっちゃった感じかな?

 前にもあったなこの感じ。


 2,000体っていう数を考慮するに、『トラップルーム 湖』を俺が所有したから、中に入ってるモンスターみんな捕獲した判定になったってことかな?


「でも、捕獲攻撃ってなんか役に立つんかな」


 捕まえても仕方ないしな。

 捕獲して『トラップルーム 湖』に入れることは出来るけど……ん?

 あとでまとめて倒す

 ん? 待てよ、まとめて倒す?


 俺の灰色の脳細胞が火を噴いた。


 悪魔的計略に辿り着いてしまったよ。

 これからは捕獲の時代です。


「ちー?」

「ぎぃ」

「俺の計画はこうですよ。捕獲して、ためて、一気に倒す……するとフィンガースナップの解放条件の軽い方でスキルレベルを上げられるんです」

「ちィ」

「ぎィ」

「え? リアクション渋いですね。なんですか、そんなつまんねえこと自慢げに言いやがってみたいな顔して」


 厄災たちからの評価は渋めだ。

 たぶん自分達の収入経験値に関係ないからだろう。まったくこの子たちは。


「それにまとめて倒したほうが不正防止にもなりますからね。目の前で適切に分配できますから」

「ち、ちぃ」

「誤魔化しても無駄ですから。俺もぎぃさんもさっきの暴挙は忘れてないですから。これから経済制裁強めるので覚悟しておいてくださいよ」

「ちぃ〜っ!」


 あせあせ、とシマエナガさんが言い訳してくる。だめだ。可愛い。このままだと言いくるめられてしまうので胸ポケットに入っててもらいます。


「ちー」

「ん? どうしましたか、シマエナガさん」

「ぎぃ」

「あれれ、ぎぃさんも落ち着きないですね」


 ちょっと進んだところに階段が見えた。

 ああ、なるほど。

 またトラップルームかと思って不安になってたんだな。


「大丈夫ですよ、何も危険はありませ──」


 言い掛け、口を閉じる。

 階段をよく見ると、何かがこちらを見つめてきていることに気が付いたからだ。

 

 それは赤い犬だった。

 正確に言えば。”赤い犬の着ぐるみ”だろうか。

 光を宿していない瞳でこちらをじーっと見つめてきている。


「血……血……血ィ場……」


 階段を一歩一歩、踏みしめるように上ってくる。

 ギギギイ……っと金属がこすれる音とした。

 発生源は赤い着ぐるみがひきずる錆びついたスコップだ。

 スコップには血糊がついていて、人でも殺めて来たんかとツッコミみたくなる。

 

「そこで止まってくれますか。それ以上近づけば攻撃しますよ」

「血ィ場」


 うーん、止まってくれないな。

 どうしたものか。


「ぎぃ」

「あ、ぎぃさんが勝手に──」

 

 ものすごい速さで射出される黒触手。

 命中。赤い着ぐるみはきりもみ回転しながら階下へ落ちて行った。


 

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