事情聴取


 ダンジョンからようやく抜け出すやいなや、修羅道に迎えられたことは、赤木英雄にとって大きな幸運であった。


 キラッと笑顔をうかべる修羅道は、まさしく赤木の知っている修羅道そのものだ。

 その笑顔の明るさのおかげで、赤木は日常へ帰ってきたのだと強く実感した


 赤木は「デイリーミッション」とつぶやいて、なにもない中空を見つめる。

 修羅道は首をかしげる。

 彼女にはデイリーミッションのウィンドウは見えていない。


「うわ、継続日数95日かよ。まじで2ヶ月経過してるのか……やっば……」

「赤木さん?」

「え、ああ、はい、聞いてます」

「もう、本当に心配したんですからね。連絡を返さない悪い人には、こうですよ! えいっ!」


 赤木は頭にチョップを入れられ「あ、いった~」っとつぶやくと共に、にへら~っとだらしない笑みをうかべた。


「なにがあったのか聞かせてもらえますか?」


 たずねる修羅道。

 赤木は祖父と顔を見合わせ、うなづきあう。


「ことのはじまりは元旦でカクカクシカジカン」

「なんてことですか!」


 修羅道は怪しげな男たちをキリッと睨みつける。


「あなたたちが要注意団体『メタル柴犬クラブ』だったんですか。どれだけ他人様に迷惑をかけたか知っていますよ! しかも今度は赤木さんと、そのおじいさんまで巻き込むなんて。私は怒りましたよ!」


 修羅道はキリリっとした表情で、電話を一本入れた。


 ──20分後


 赤木家は黒塗りの装甲車と、戦闘ヘリによって包囲されていた。


 彼女が電話を入れたのはダンジョン財団特務部。

 財団内でもとりわけ恐いところとして知られる武力面での実働部隊である。

 特務部は現場に到着するなり『メタル柴犬クラブ』の身柄を拘束した。


「な、なんだ貴様たちは! 触るな! 我々は崇高な理念のもと、お前達の不浄なる魂を浄化するため───」


「黙ってついてこんかいッ!」

「オラァ! ゴラァア! こちとら特務やぞッ!」

「口開かんで、おとなしく連行されんかいボケガァ!」


 顔面や腹へ殴る蹴るの暴行のバーゲンセール。


「「「「ひ、ひぃ……」」」」


 めちゃくちゃ恐い人たちによって、肉体的にも精神的にも痛めつけられ、それまで威勢の良かった邪教徒たちはすくみあがり、小さくなって連れて行かれた。


 一方で、修羅道は、赤木英雄の祖父祖母家の居間に通されていた。

 

「あんたもう、2ヶ月も消えて。大変だったのよ。それに英雄ちゃんまで巻き込んでなにしてんの、もう」

「いや、ばあさんや、それは違うんだよ。これには事情があって、俺が悪いんじゃなくて──」


 赤木の祖父は、祖母に怒られながらも「ゲートボール大会、今日だけどあんた参加する?」と訊かれ「新春ゲートボール今日だったか」と思い出しように準備をした。

 こうして、2人は家に特殊部隊があがり込んでる状況で、仲良くゲートボール大会へ出かけていった。


(どうなってんだよ、おじいちゃんとおばあちゃん。2ヶ月の失踪から帰還して最初にやることがゲートボールて。もしかして、俺がおかしいのか? 俺のほうが感覚ズレてるのか?)


 赤木英雄は自分の常識を疑った。


 お客対応を任された赤木は、居間にて修羅道へお茶を出してた。


「赤木さん、なんですかその大量のエナジードリンク?」

「これですか? デイリーの報酬がたまっちゃってて。古本は使用するだけでいいんですけど、これは飲まないといけないので、なかなか一気に消化するのが難しくて。だから、コートのポケットに詰めて持ってたんですよ」


 赤木は合計60本もの『スキル栄養剤 B』を空き段ボール数箱に分けて入れて「家に帰ってからでゆっくり飲むつもりです」とガムテープで蓋を閉じた。


 話の種は大きなクリスタルへと移る。


「どうですか、修羅道さん、すごく大きなクリスタルでしょう」

「あはは、2カ月も失踪していたというのに、相変わらず熱心な探索者さんですね、赤木さんは」

「ええ、ダンジョンの中じゃ、たいした時間は経過してませんでしたから。せいぜい1日か、そこいらですよ」

「このクリスタルは見たところ、黒沼系ダンジョンのクリスタルですね!」

「黒沼系ダンジョン?」

「はい、ダンジョンにはいくつか系統がありまして、無垢、黒沼、救世、深淵……ほかにもいくつかあります! 学術的な意味があると同時に、ダンジョンの様相に関わってくるんですよ。黒沼のダンジョンは湿地帯みたいではありませんでしたか?」

「言われてみれば、暗くてじめっとした湿地だったような……」

「そういうことです。このクリスタルは、そうですね~、スキャナーがないのでなんとも言えませんが、ざっと1,120万、くらいでしょうか。これほどのクリスタルは、通常はダンジョンボスを倒さないとドロップしませんよ! 資源ボスでこのサイズがドロップするなんて本当に愛され探索者さんですね、赤木さんは!」

「資源ボスじゃないですよ」

「? それはどういう意味ですか?」

「資源ボスじゃなくて、ダンジョンボス倒してドロップし──」


 赤木が言いかけた瞬間。

 居間の扉が勢いよく開いた。

 同時に武装した特務部の兵士たちが突入してくる。

 素早く、修羅道と赤木英雄を取り囲み、短機関銃で狙いを定めた。


 包囲が完成した後、隊長らしき男が入ってくる。

 隊長の手には、ジリジリと壊れたラジオのように不安を誘う音を鳴らす計器を持っている。


「一体なんのつもりですか! 特務部といえど、いきなりこんなこと!」


 修羅道は隊長へ詰め寄る。


「お話のところ失礼。だが、事態は一刻を争う。これを見てくれますかねぇ、修羅道のお嬢さん」

「これは、異常性アブノーマリティ計器がこんな反応を示すなんて……」

「カニらしき異常物質の痕跡を探していたところ、どうやら、この家の中にSCCL適用レベルの異常物質アノマリーが潜んでいることがわかりまして、カニが何かを守っていたという証言も加味すれば……察するに近年降臨率が高まっている”厄災”シリーズかと──」


 隊長はするどい目つきで赤木を睨みつける。


 赤木は平静を装う。

 だが、内心で死ぬほど焦っていた。


(え? 厄災? 厄災って……あ、やっべェえええ……っ!)


「ちー?」

「ぎぃ?」


「ん? いま、なにか鳴き声が聞こえたような……」

「ちィィッ! ぎィィッ!」

「……あ、あの赤木さん、いきなりどうしたんですか?」

「チーズ牛丼が食べたくなって。ぼくってチーズ牛丼が食べたくなると禁断症状を発症して声がでちゃうんですよ。ちィィ! ぎィィ! ……ほらね」

「「「……」」」


 特務隊員からの白い眼差し。

 修羅道さえ、やや引き気味に愛想笑いを浮かべる。

 隊長に至っては軽蔑の視線だ。


(誰か俺を殺せ)


 大切な者たちのために自分を犠牲にする。

 果たして赤木英雄は相棒たちを守り抜けるのだろうか。















─────────────────────────────────




 やめて! 財団の計器で、スナップ・ザ・フィンガーマンの懐を調べられたら、ふっくらしすぎてお腹に隠しているシマエナガさんたちが見つかっちゃう!


 お願い、鳴かないでシマエナガさん! 動かないでぎぃさん! あんたたちが今ここで見つかったら、赤木英雄の奇行はどうなっちゃうの? チャンスはまだ残ってる。ここを耐えれば、収容生活にならずに済むんだから!


 次回、「厄災、見つかる」

 デュエルスタンバイ!


 

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