失踪者たちの帰還



 その後、おじいちゃんと語らいながら、デイリーミッションが更新されるたびにこなしつつ、クレーターが冷めるのを待った。


 

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 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『日刊筋トレ:腕立て伏せ その2』


 腕立て伏せ 1,000/1,000


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 先人の知恵B(50,000経験値)

   スキル栄養剤B(50,000スキル経験値)

   スキル栄養剤C(10,000スキル経験値)


 継続日数:60日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


 皆さま、ありがとう。

 ありがとうございます。

 ありがとうございます。

 そして、ありがとうございます。

 ついにこの赤木英雄、プラチナ会員でございます。

 経験値の倍率が10.0倍ですって。

 ぶち壊れてます。狂ってます。嬉しいです。

 なんだか涙が溢れてきてしまいますね。


「そろそろ、熱くなくなってきたね」


 俺はクレーターを滑り降りて、上から存在だけは確認できていたソレに手を伸ばす。


 アイテム名は『厄災の軟体動物』ですか。 

 まーた物騒な名前で、財団に見つかったら騒がれそうな……。

 シマエナガさんと同様に生き物タイプの異常物質アノマリーですね。


 黒い……これはなんというか、ナメクジ?

 体長30cmくらいのナメクジさんですね。


 正直気持ち悪いけども、せっかくボス倒して出てきた異常物質だし、手に入れないとね。

 それじゃあ、ちょっと失礼して、よいしょっと持ち上げますよっと。


 あ、意外と温かい。なんか可愛いですな。

 なんとうのだろうか。

 キモカワって言うのかな。

 見た目ほどヌルヌルしてない。

 むしろ、表面はすべっとしてる。

 口のなかは牙がいっぱい生えそろってます。

 ちょっと怖いかな。

 ギギネブラみたいになってる。

 だけど、触覚がひょこひょこ動いてて、うん、総じて可愛いの部類ではないでしょうか。


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 『厄災の軟体動物』

 かつて世界を滅ぼした悪蟲。

 厄災の軟体動物は奔放にたゆたう。

 黒沼◼️怪物を◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 ◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️裂◼️◼️◼️◼️◼️

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 おや。

 今までと違いますね。

 効果がよくわからないではありせんか。

 文字化け? 文字化けなのかい?


「ちーちーちー」

「ぎぃ」


 あらまあ、さっそく仲良くなって。

 って、シマエナガさん! つついちゃだめ!

 ごはんじゃありません! やめなさい!


「油断も隙も無いですね」

「ちー……」

「反省してください、シマエナガさん」

「ちー」


「ぎぃ」


 ふむ。

 この子はぎぃと鳴くのか。

 キモカワですねぇ。

 ぎぃさんと名付けましょう。


「ほう、ナメクジか」

「あ、おじいちゃん。見て、これ、ボス倒したら出て来たんだ」

「ボスを倒すと出て来るのか」

「どうだろうね。すべてのボスがナメクジを出すわけじゃないと思うけど……」


 みんな持ってるのかな?


「おお、これこれ。これだ。これに撃たれたんだ」


 祖父は落ちていたリボルバー銃を拾いあげる。

 

「回転式拳銃なんて久しぶりに見た」


 銃口を明後日の方向へ構える祖父。

 すぐに降ろして「これは危ないから持っておこう」と言った。


「む。これは……? なにかの残骸か」

「あ~たぶん、俺のスマホ……」


 見るも無残に壊れていた。

 新しいのを買わないとだ。


 さて、あらかた回収するものは回収できたかな。

 あとは、ボスがドロップしたアホみたいに大きなクリスタルをどうするか考えるだけだ。

 黒く濁っているが、クリスタルに準じた結晶体なのは間違いない。きっと大金になる。

 

「どれ。よっこいしょっと。おお。なかなか重たいな」

「おじいちゃん大丈夫?」

「平気だ」


 俺と祖父はドームの手前の部屋へ戻り、ロープで縛りあげた悪党どものもとへ。


「ま、まさか、邪神様の分身体を倒したのか……?」

「あ、ありえない……こんなの、ありえてはいけない……」

「ひとりでレイドボスを倒すなど……どこまで規格外なんだ……」


 ごちゃごちゃ言ってます。


「あんたらはダンジョン財団につきだす。覚悟しておいて方がいいぞ」


「財団に捕まるくらいなら我らは死を選ぶぞ!」

「ダンジョンごと自爆してやる!」


「ぎぃ」


 仕方ないので指パッチンで少し眠らせるか、と思い手を向ける。

 すると、抱っこしていたぎぃさんが俺の手をするする移動して突きだした腕のひらのうえへ。


「ぎぃ!」


 不気味な声で鳴くと、突如ぎぃさんまわりの空間がたわんで、黒い触手が凄まじい勢いで飛びだした。

 触手たちは邪教徒をぺちんっとはたくと、仕事を終えたとばかりに、空間のゆがみへ引っ込んでいった。

 邪教徒たちは白目を剥いて、たちつくす。

 正気ではないようだ。


「ええい、お前たちなにをしてる! もういい、かくなるうえは私がお前たちごと……」

「だめです、彼らに敬服しなければ」

「敬服、しなければ。我らの神に」


 ぎぃさんの触手に叩かれた者たちは、仲間の邪教徒の首をしめはじめた。


「これがぎぃさんの最初のスキル……もしかして、そのにゅるにゅるで叩いた相手を洗脳できるとかですか」

「ぎぃ♪」

 

 シマエナガさんと違って、あきらか攻撃系スキルじゃないか。

 すでにちゃんと厄災じゃん。

 これは成長速度をちゃんとコントロールしなければ、まずいことになる気がする。


「ぎぃさん、経験値の配分に関して最初に約束しておきましょうね」

「ぎぃ」

「俺、シマエナガさん、ぎぃさんで5:3:2です。いいですか?」

「ぎぃ……」

「ちー……」

「……4:4:2」

「ち~」

「ぎぃ……」


 ぎぃさんもレベルアップ好きな子なのね……。


「……3:4:3でどうでしょうか」

「ぎぃ……」

「ほら、シマエナガさんは先輩だから、ね?」

「ぎぃ」

 

 ようやく納得してくれたご様子。

 シマエナガさんより配分が少ないけど我慢していただかないと、2:4:4とかいいだしかねないからね。

 それにしても、うちの子たちは向上心が高いですね。

 俺は嬉しいです……。いや、本当。とほほ。


 祖父と俺は、悪党どもを連れて、来た道を引きかえし始めた。


 なお帰り道でも、デイリーミッションは容赦なく襲い掛かってきましたとさ。

 

 

 ────



 ──修羅道の視点


 赤木英雄とその祖父が行方不明になってから実に2カ月が経過しようとしていた。


 新年早々、謎のメッセージを残し、消息を絶った者たちのニュースは世間を一時的に騒がせた。


 2カ月。

 一般的に見てそれだけの期間、行方不明ともなれば、もはや希望はないとさえされる。


 修羅道は何度も調査をした赤木の祖父祖母の家へ、再調査に来ていた。

 これで3度目だった。

 

「赤木さん、きっとあの瞬間、ダンジョンを見つけていたんです」


 修羅道はスマホの画面に視線を落とし、2か月前のメッセージを見つめながらつぶやく。


 同行した財団職員2名、エージェント3名とともに、赤木英雄の祖母に許可をとって、裏庭を調べることにした。


 ここも何度も調べた場所だった。

 建物ひとつない、殺風景な庭だ。

 あるのは春に向けてつぼみを付けた梅の木だけ。


「やはり、なにも見つからないのでは」


 エージェントのひとりがつぶやく。


 修羅道は唇に指を立てて「静かに」とジェスチャーをする。

 何か物音が聞こえた気がしたからだ。


 ──コロロロ……

 

 修羅道は聞き逃さない。

 

「上……?」


 視線を空へ。

 何も見えない。

 だが、啓蒙高めの修羅道には、そこになにかが潜んでいるのはわかった。


 エージェントから拳銃を借りて、おもむろに気配へ発砲する。2発の炸裂音が初春の空に響く。


 火花が散り──同時に宙から蒼い血がこぼれた。

 

「な、なにかいるんですか!?」

「ひぃいいい!?」


 一般職員たちは、頭を押さえて、悲鳴をあげる。脳が震えだしていた。

 一般人にはいささかキツい精神への直接攻撃である。


「人の知覚を越えた存在か」

「我々には見えないタイプの異常物質アノマリーだ」

「お前たちはこの場を離れ、至急応援を要請しろ、はやく」


 エージェントたちは拳銃を抜いて、なにもない中空へ銃口を向ける。

 彼らにはなにも見えていない。

 ただ、仕事上、超常の異常物質アノマリーには慣れているのでひるまない。


 ゴゴゴゴゴゴっと音がして、見えないソレは姿を現した。

 修羅道だけがソレを視覚でとらえていた。


 言葉で形容するには異質な姿をしていた。

 ヤドカリと表現するのがもっとも近しいだろうか。

 青黒い、細長い脚を無数にもったヤドカリだ。


 ヤドカリは古びた蔵を背負っていた。

 修羅道に撃たれて負傷したのは、脚の付け根の柔らかい部位だったらしく、そこから粘質な蒼い血がぼたぼたと流れ落ちていた。

 ヤドカリはとても痛そうにしている、

 攻撃されて怖気づいたのか、ゆっくり蔵を地面に降ろした。


「これは」

「どうしたんですか、修羅道さん」

「カニですね」

「……」

「見たところ下位の眷属です。なにかを守っていたのでしょう」


 ヤドカリは修羅道をじーっと見つめると、再び不可視化して消えてしまった。


「カニはどこにいますか?」

「もう消えましたよ」

「追わなくていいんですか?」

「大丈夫です、すでにペイント弾は撃ちましたから」

「え? あ……いつの間に……」


 修羅道は2回だけ発砲した。

 1発は鉛弾。1発はペイント弾だ。

 一発目を放つとき、修羅道は自前で持っていたペイント弾を手動で薬室チャンバーに装填し放ったのだ。

 普段、人前に出ることが多い彼女は銃を常備することを嫌い、このペイント弾を自身のスキルではじき出して使用することが多い。


「はい、これ返しますね、ありがとうございます!」

「ああ、はい」


 修羅道は拳銃をエージェントへ返す。

 ついでに空の薬莢と、ペイント弾を撃つために薬室から抜いた9mm弾も。

 

 修羅道はテクテク歩いて、蔵へと近寄った。

 エージェントたちは心配そうな顔をして「危険では?」と勇敢すぎる上司を止めようとしたが無駄だった。


 修羅道は蔵に入るなり、全体を一瞥すると、奥まったところにある落とし戸に気が付いた。


 近寄る。

 と、その時、パチンっ──っと乾いた音が聞こえた。

 落とし戸が下から勢いよく開いた。

 爆風で開いたかのようだ。

 

「ようやく戻って来た」

「英雄、後ろがつかえているぞ」

「あ、そっか。ごめん、おじいちゃん」


 落とし戸から続々と出て来る不審な男たち。


「なんですかあなたたちは、まるで、いにしえの闇墜ち仏教徒系ヴィランみたいな恰好して!(※そんな日本語はない)」

「あれ、その声は修羅道さん?」

「あ……っ、赤木さん!」


 穴からひょこっと現れたのは赤木英雄だった。

 修羅道はその姿を見るなり瞳を潤ませた。

 同時に疲れた笑みもうかべた。


「もう……本当に仕方のない人ですね、赤木さんは」

「? 修羅道さん?」

「赤木さんがちょっとやそっとのことではどうにもならないのは信じてましたが、2カ月も消息を絶つなんて……いえ、こんな湿っぽいのは似合いませんね。流石は修行僧系探索者さんです。おかえりなさい、赤木さん!」

「はい、ただいまです」


 修羅道は涙を拭い、弾ける笑顔でそう言った。


 

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