Aランク探索者


 千葉県にたどり着いたら最初になにをするか。

 そう、ご名答、熱々のコーヒーを飲みますね。

 電車を乗り継いで3時間。

 長旅で疲れちゃったし、もう真っ暗だし、とりあえずゆっくりしたいかな。

 

 雰囲気の良い喫茶店に入りますよと。

 さて、ではどんなコーヒーを頼もうかな。


「おや、君、県外から来たのかな」


 相席になった客が話しかけてきました。

 ダンディなおじさんですねえ。

 ふんわりオールバックが渋く、加齢による頭皮の減退を感じさせません。

 蒼瞳は魅惑の輝きを放っていて日本人離れして見えます。

 リアルなイケおじです。もしかして実写版ウィッチャーに出演されてました?


 小綺麗に切り揃えられた髭、清潔感のあるシャツ、静かながら上品なスーツ、主張しすぎないスイス腕時計。

 身なりに気を遣った綺麗な40代と言ったところだろう。


「こんにちは。千葉人の方ですか」

「こんにちは。挨拶ができてえらいね、若者よ。だけど、いきなり千葉人かどうかを問うのかナンセンスだ。それではこの土地では生きていけないよ」


 ダンディなおじさんからの忠告だ。

 覚えておこう。だってダンディだもん。


「″コーヒーの終わり”とかいう強気な商品があるだろう。頼んでみたまえよ。千葉に来たのなら注文するべき品だ」


 本当だ。

 メニューの端っこにいかめしい文字列がある。


 なんだか空手を終わらせた男くらい迫力ありますね。

 コーヒー界の最終兵器リーサルウェポンかな?


 まあね、こう見えても、俺ちゃんコーヒーにはうるさいよぉ?(謎に通ぶるおじさん風)

 ばしばしダメだしちゃうからね?


 ダンディのアドバイス通り注文する。


 目が覚めるほど綺麗な顔立ちの女子高生のウェイトレスが来ました。

 うーん、現状120点。コーヒーの終わり、合格です。


「お待たせしました、コーヒーの終わりです」


 黄色い缶がゴトっと机に置かれました。

 

「あ、あの、これがコーヒー……?」

「そうだよ、これが千葉の誇るコーヒーだ」


 ダンディは目で「ささ、飲んでみるといい」と言ってくる。


 缶コーヒーとはなかなか強気ですな……これが千葉……。


 とりあえず飲んでみよう……甘ッ!!

 甘すぎて骨が溶けるかと思ったぜ。


「驚いたかな」

「はい、なんですかこれ」

「これは千葉人が日頃から愛飲している劇薬だ」


 むっ、この缶、よくみたらMAXコーヒーで描かれてるじゃないか。


「黄色と黒の警戒色……」

「ようやく正体に気がついたようだな、若者よ。そうとも、この色合いはまさしくプルトニウムなどの核物質にも使われるハザードマークのカラーリングだ。知っているかい。プルトニウムを舐めると……実は甘いんだ」

「核物質を喫茶店で提供しているとは……」

「ただそれは千葉という独立国家の誇るひとつの側面にすぎない。より恐ろしいのは、千葉人たちは『コーヒーは千葉発祥』と思い込んでいることだ。その証拠に彼ら千葉人たちの誇るマックスコーヒー……いいや、そんな隠語を使うのはよそう。その正体はプルトニウムコーヒーなのだから。彼らはこのプルトニウムコーヒーを原初にして最高のコーヒーだと語る」

「はじめて聞きましたけどね……流石にこんな劇物を最高のコーヒーだなんて……」

「その証拠にやつらは、このプルトニウムコーヒーに『マックスコーヒー到達点』という忌み名をつけ崇拝しているのだよ」


 そ、そういうことだったのかァァ〜ッッ!


 すぐ横の席を見れば、躊躇なくマックスコーヒーをがぶがぶ飲む千葉人の姿がある。

 圧巻だ。何の迷いもなく核物質を体内に取り込む姿に、人外じみたものを感じる。

 否、実際に人間かどうかも疑わしい。

 これからは千葉人ではなく、千葉に住む人型生命体と呼称した方がいいのかもしれない。


「県外から来た、右も左も分からない若者だと思って、たくさん話しすぎてしまったかな」

「ダンディは、千葉は長いんですか?」

「いや、先程、入国したばかりだよ」

「詳しいんですね」

「たくさん危険地帯を渡り歩いてきたからね。アフガン、シリア、イラク……グンマ、キョウト、フクオカ、カゴシマ、ホッカイドウ……そして、チバ」


 すごい。本物じゃないか。


「危険地帯を渡るうえで心構えがある。それは、いついかなる時も油断しないことだよ」


 ダンディは腰をあげ「では、よい千葉ライフを」と言い残して、優雅に立ち去っていった。


 俺はマックスコーヒーをもうひと口。  

 さっきはダンディの迫力押されたが普通に美味しく飲めた。

 これで俺もプルトニストの仲間入りか。


 お会計をしにレジへ。


「お連れの方からすでにいただいております」

「え?」


 もしかしてダンディ?

 払ってくれたの?

 うわ、カッコよ。



 ───────────────────



 ──ダンディの視点


 混沌の染まった世を見渡すには幅広い見識と本質を見抜く眼力が必要だ。

 ダンディはいつだって物事の裏を見抜いてきた。

 だから、Sランク探索者として今日にいたるまで活躍できている。


「あの若者が上手くやれるといいが」

「誰(のこと?)」


 餓鬼道は”おじ”を助手席に乗せ、市街を時速100kmで駆け抜ける。

 ハンドリングが一流なので事故を起こしていないのがせめてもの救いだ。


「知らない若者だよ。だが、いつかきっとめぐりあう。そんな気がする若者だよ。ところで、エージェントG、法定速度というものを知っているかな。流石に飛ばしすぎだと思うのだがね」


 うなづく餓鬼道。

 アクセルを踏みこみ加速する。


(なぜ加速を? うちの姪はたまに難解な行動をとるが……いや、違う、なるほど、そういうことかエージェントG。君はルールの裏を読んだ……ここは落花生独立国家、つまり法定速度なんて存在しないのだと)


「やられたよ、エージェントG。本当に立派になったね」

「(こくり)」

「この危険地帯バトルフィールドに速度の秩序があるとすれば、それは第一宇宙速度くらいだね」

「(なにいってるん)だろ(この人)」

「だろ……? (うちの姪はたまに言葉遣いがファンキーになる。だが、それも可愛い)」


 ダンディが餓鬼道の言葉の裏を読む一方で、餓鬼道もまたスーパーエージェントの推理力を発揮していた。


(ダンディは『速度のルールがあるとすれば、それは第一宇宙速度くらいだね』と言った。海外暮らしの長いおじは遠回しなレトリックを使って話す。つまり、本当の意味は──『はは、姪ちゃんのセンチュリーは第一宇宙速度も出さないのかい?』という挑発!)


「(その挑戦)乗った」


 センチュリーはエンジン全開で市街地を駆け抜けていった。

 この血筋に車を与えてはいけない。



 注釈:第一宇宙速度 時速28,400km



 ────



 ──赤木英雄の視点


 

 ちょっとした千葉観光を終えると、すっかり深夜になってしまった。


「ちー……」

「ぎぃ」


 みんなお腹が空いてしまったようですので、はやいところホテルに行きましょう。


 ダンジョン財団の確保してくれているホテルにチェックインして、部屋に入り、荷物をおろします。


 ぎぃさんを薄くお湯を張ったお風呂に浸けておきます。ぎぃさんは水分だけあればオッケーな子です。

 シマエナガさんには、外の牛丼チェーン店でチーズ牛丼を買ってきました。


 さて、では、さっそくダンジョンへ行ってみようか。


「でもなぁ、シマエナガさんもぎぃさんも、キャンプに連れていくのはまずいよな」


 ぎぃさんはそこそこデカいし、シマエナガさんもふっくらしちゃったし。

 絶対に警報が鳴る気がする。


「ぎぃ!」

「ん? ぎぃさん?」

「ぎぎぎぎ……ぎぃ」


 ぎぃさんの呼び声を受けて、浴槽をのぞいてみる。すると、手のひらサイズのナメクジに縮んだぎぃさんがいた。


 ちっちゃくなれるんかい。


「ぎぃさん、えらいえらい。これでポケットナメクジですね」

「ぎぃ♪」


「ちぃ!」

「ん? シマエナガさん?」


 今度はシマエナガさんの呼び声を受けて、ベッドのうえを見やります。

 すると、最初に出会った頃と同じサイズまで縮んだシマエナガさんがいるではありませんか。


 君もちっちゃくなれたのかい。


「シマエナガさん、えらいえらい」

「ちぃ♪」


 シマエナガさんを胸ポケットに。

 ぎぃさんを袖に隠します。

 

 見た目では厄災を2匹も隠し持っているなんて見えない。あらびっくり。


「装備品扱いになってたら台無しだけどね」


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 赤木英雄

 レベル146

 HP 22,523/22,523

 MP 3,740/3,740


 スキル

 『フィンガースナップ Lv5』

 『恐怖症候群 Lv6』

 『一撃 Lv6』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv6』

 『蒼い胎動』

 『黒沼の断絶者』


 装備品

 『蒼い血 Lv3』G4

 『選ばれし者の証』G3

 『迷宮の攻略家』G4

 『アドルフェンの聖骸布』G3


────────────────────


 よしよし。

 袖のなかに入っているだけから装備品扱いにはなってない。

 ていうか、ぎぃさんはシマエナガさんみたいに指輪がないから、そもそも装備という概念がないのか? シマエナガさんも胸ポケットに入れてるだけなら装備品扱いにならないし。


 危なくなったらシマエナガさんにぎぃさんを連れて逃げて貰おう。


 というわけで、千葉ダンジョンキャンプへやってきた。

 問題のダンジョンは、映画館のなかに生成されてしまったらしい。

 映画館を中心に半径100mに渡って警戒網がしかれていて、ホテルを出て少し歩いただけで最外殻エリアに着いてしまった。

 すでにお祭りみたいになっており、SNSに画像がアップされまくっている。


 ダンジョン対策本部は、映画館のフロントおよび売店スペースに設営されていた。

 ちなみに映画館の向かい側には、ファミレスがある。こちらも財団が貸し切っている。


 広範囲に渡り、交通規制も敷かれていて、今は車道も歩道もいっしょなので、徒歩10秒で食事処に辿り着ける計算だ。


 以前は未開の土地ゆえ、大規模にテント群を設営し、食堂や購買を設置していたが、今回は市街地ゆえに、そこにある店と臨時的な契約を結ぶことで、キャンプ関係者たちの福利厚生としているらしい。


「こんばんは、来ましたね、赤木さん!」

「こんばんは、来ましたよ、修羅道さん」

「お腹空いちゃいましたね。いきなりですが、夕食をいっしょにどうですか、赤木さん!」


 腹ペコ修羅道さんだった。

 修羅道さんは欲望に忠実だから仕方ないね。

 いっぱい食べる君が好き。


「あそこのサイゼリアに行きましょう!」


 サイゼリア……千葉を聖地とする激安の殿堂系ファミリーレストランらしいが……果たして安心できるだろうか。先のプルトニウムのこともあるし、激物の殿堂でなければいいのだが。


 店内に入り、マルゲリータを注文。

 修羅道さんはペペロンチーノ大盛りとミートドリアを注文。


「あ、辛味チキンも食べたいですね!」


 シマエナガさんには見せられない。ちぃ。

 

「追加でエスカルゴのオーブン焼きもお願いします!」


 ぎぃさんにも見せられない。ぎぃ。


「では、料理が届く前にこちらを渡しておきますね」


 修羅道さんは懐から黒い箱をとりだしました。

 見覚えのあるやつです。

 開くと案の定、ブローチが入っています。

 Aランクのブローチには、真っ赤な宝石が輝いていますね。


「それはルビーです。赤い輝きは太古より勝利を呼ぶ魔力があるとされて来ました。持ち主に困難を克服する力を与えてくれます! 4カラットの大物かつ、ブローチの彫刻も世界的な芸術家の手による品なので、絶対に無くさないでくださいね!」


 青い輝きのサファイアのブローチをコートから外して、修羅道さんへ返還する。

 代わりに炎のように輝く大きなルビーを胸に乗せた。

 

 すると、不思議なことにブローチの形状が変化した。

 さっきまで、かなり凝ったかっちょいい彫刻があったのに、今ではツルツルに退化してしまい、ただ金属の型にルビーがはまっているみたいになっている。


「修羅道さん、俺のブローチが雑魚になっちゃいました……」

「あはは、安心してください、それは仕様です!」

「仕様?」

「ダンジョン財団にとってAランク探索者というのは特別な人材を意味するんですよ。なにせ全探索者のうち上位0.5%だけが辿り着ける領域ですからね。Aランク探索者には、それぞれの活動に応じてポイントが割り振られていって、序列が着くようになってるんです! 形状は順位に応じて週に一回変化します!」


 序列……。


「赤木さんはAランク探索者になったばかりなので最下位の61位です!ここから頑張って順位をあげてくださいね。最下位が続くと降格する可能性もありますから……赤木さんなら問題もないと思いますけどね!」


 うわぁ、降格とか一番つらいやつやん。

 頑張らないとだなぁ。

 せっかくルビーブローチになったんだし、順位あげて、ツルツルから、ごつごつ彫刻に育ててあげたいよ。


 胸に乗せる輝きをそっと撫でる。


 今日から俺もAランク探索者です。


「あ、料理が来ましたね! 実は私、マルゲリータも食べたいと思ってて……はい、ペペロンチーノとマルゲリータを交換こです!」


 本日の修羅道さん交換レート

 ペペロンチーノのフォーク一巻き:マルゲリータひと切れ(6分の1)

 

 なるほど、これが為替リスクか。


 





























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マックスコーヒー美味しい

   by ファンタスティック小説家

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