次の目的地は


 俺はゲートボールから帰って来た祖父祖母と一緒にカニ鍋を食べ、シマエナガさんとぎぃさんをお風呂に入れて、一泊し、翌朝、『スキル栄養剤』が詰められた段ボールを抱え、電車に揺られて実家へ帰宅した。


「ただいま」

「え? ああー!! お兄ちゃん?!」

 

 愚妹でも、お兄ちゃんが2カ月ぶりの失踪から帰還すると、そんなリアクションしてくれるのね。ていうか、おじいちゃんおばあちゃん、俺の生存連絡してくれていなかったのかい。流石ファンキーモンスター、訳してファンモンだ。仕方ないねもう。


「え、本物? 本物?」

「本物だ」

「兄は死にましたけど?」

「勝手に殺すんじゃあない」


 妹にぺたぺた触られ実体があることを確かめられ、いくつか質問をされ、ようやく本物だと認めてもらって、家へあがることができた。


「よいしょっと」

「うわ、シマエナガさん、すっごい大きくなってるじゃん!」

「ちーちーちー」

「可愛い~! なにこれすごいもふもふ~!」

「ち~」

「え、やばすぎでしょ。まじでこんな可愛い生物いていいの? 私も群馬で拾ってこようかな……」


 写真を撮りまくる妹。

 流石は我が妹。俺とセンスが似通ている。

 では、こっちも可愛がってくれるだろう。


「なにそのナメクジ?! 気持ち悪ッ! 近づけないでッ!」

「おい、やめろよ、ぎぃさんを悪く言うな」

「ぎぃ」


 ダメだったかぁ。流れで可愛いって言ってくれる気がしたんだけどな。

 あーこらこら、シマエナガさんそんな勝ち誇った風にぎぃさんをつつかないの。


「ぎぃさん? え、そのナメクジに名前つけてるの?」

「そう」

「お兄ちゃん、なにがあったの……なんでナメクジまで拾ってきちゃったの……あ、もしかして、シマエナガさんの餌?」


 やめろよ! 失礼にもほどがある!

 この子だって立派な厄災さまなんだぞ!


「ちょっと妹くん、こっち来てぎぃさん触ってみなさい。好きになるから」

「絶対に嫌なんだけど」

「すべすべしてるから」

「ぬるぬるの間違いでしょ」

「いや、本当、すべすべなんだよ。温かいし」

「キモすぎて無理」


 愚妹はそのまま台所へ逃げてしまった。

 

「ぎぃ」

「そうですよね、世の中には言っていい事と悪い事がありますよね。ぎぃさん、ああいう失礼な輩には触手を使ったお仕置きをしましょうね。では、どうやって生意気なJKをこらしめるのか。文化的な資料映像をつかって学習しましょうか……」

「ちぃ!」

「え? 人間は道徳に沿って生きないとダメだって? いきなり正義漢ぶるじゃないですか、シマエナガさん」


 いや、ぶるというか、シマエナガさん、もともと性格は良いんだったけ。

 経験値がからむと、急にがめつくなって、中抜きピンハネ窃盗強盗やりたい放題世紀末伝説シマエナガさんになっちゃいますけどね。

 

「人格者なら、スポーツマンシップにのっとったレベルアップを心がけて欲しいですけどね」

「ちーちーちー」

「都合悪くなると、ただの可愛いシマエナガさんになっちゃいますよね、シマエナガさんって」

「ちーちーちー」


 だめだ。かあいい。

 許しちゃう。


「あ、そういえば……」

 

 ただいま平日なので春休みの高校生たる妹がいるのはいいとして、もいるのではないだろうか。


「兄貴さ、帰って来た?」

「うん。普通に帰ってきた」

「どこいる。200万とその後の追加徴収、あわせて230万回収しないと」


 妹いわく部屋にいるとのこと。

 俺は音を立てずに二階へあがり、兄貴の部屋を無言で開ける。


「ラグッ! ふざけんなよ、どこ住みだよ! Wi-Fiでプレイしてんじゃねえよ!」

「……」

「ん? ……ぇ」


 扉の隙間から、FPSに熱中してる兄貴をじーっと見ていると、ついぞ俺に気が付いた。


「お帰り。生きてたんだ」

「ひ、英雄……! て、てめえ、俺はてめえだけは許さねえって決めてんだ!」


 兄貴はコントローラーを放り捨て、部屋の隅の木刀を手に取った。

 かつては全国大会までいった剣の冴えと踏み込みで、一刀を打ちこんでくる。


「ベーリング海で鍛え抜かれた一撃を喰らえぇえ! 秘剣・荒波ッ!」

「くだらねえことしてねえで、金返せよ」


 素手で受け止め、握りつぶして、木刀をへし折る。


「ッ?! べ、ベーリング海で強くなったはずなのに……」

「探索者舐めるな」

「まじで強くなってんのかよ……俺もう武力で勝てねぇじゃん……」」

「金。230万。カニ漁から生還したってことはお金はあるんでしょ」

「……ああ、ある。あとで振り込んでおくよ」


 ん、やけに素直だな。

 でも、まあ、振りこんでおくというなら、それでいいけどさ。


 その後、俺は新しいスマホを契約しに出かけた。

 川越で最新のモデルを契約し、帰路についた。ちなみに川越とは大都会埼玉のなかでも取り立てて栄える繁栄の都である。日本経済の中心地として名高い埼玉県のなかでも際立って煌びやかだ。俺のようなシティボーイは月に一回はKAWAGOEへ行く。


 帰宅すると、父と母にそこそこびっくりされた。そこそこかよ。

 

「お前は生きてると思った」

「ちゃんと大学卒業できるんでしょうね」


 全然、俺の事心配してないんですけど。

 俺の家族どうなってんすか。妹が一番まともよ。


 ただ、特別に母親の言で、生還パーティーとかいう日常ではまずない祝宴を開いてもらえた。大好きなマグロの赤身をぱくぱく食べていると、ふと兄貴のことを思い出す。


 今朝はすこしやりすぎたかもしれない。

 あの木刀、兄貴が修学旅行で買ったお気に入りだったもんな。

 ずいぶん素直になってたし、きっと更生してくれたんだろうな。

 

 これからのことも考え、地球上にただひとりしかいない兄貴と仲直りしようと、兄貴に食事をとり分けてわり、部屋へ持って行ってく。

 扉をノック。返事がない。

 もう一度ノック。やはり返事はない。

 一言断ってから、扉を開くと……ヒューっとまだ冷たい初春の夜風が吹き抜けた。

 窓が開いていたのだ。

 見やれば、木刀の残骸をおもしに、書置きが残されていた。

 

『英雄へ


 兄ちゃんにお金はありません。方々へ借金返済した結果、借金がなくなった開放感から、再び借金を重ねてしまい、兄ちゃんの借金は1,500万円に膨らんでしまいました。世の中は理不尽です。お兄ちゃんは被害者です。可哀想でしょう。こんな兄ちゃんからお金を取り立てることができますか。世界でただひとりの兄から、困窮し、四面楚歌どころか八面楚歌な兄から取り立てる事ができますか。できないですね。


 不甲斐ないお兄ちゃんを許してください』


 許すか。カス。


 俺は紙を親父に見せる。


「なるほど」

「父上」

「お前がそう呼ぶときはたいていろくでもない」

「今回ばかりは、やつを殺してしまうかもしれません」

「ふむ。ベーリング海の冷たさでも、やつは変わらなかったか」


 親父はそっと立ちあがり、会社帰りだと言うのに、ネクタイを締めなおした。



 ──数時間後


 俺たちは兄貴を確保し、しかるべき場所へ連行した。


「嘘だろ!? 嘘って言ってくれよ、父ちゃん! 英雄ぉお!!」


 俺と父は夜の港で、黒服たちに脇を押させられ、豪華客船に連行されていく兄貴を見送っていた。

 船の名は『Last Hope』──最後の希望という意味だ。

 遥か遠洋上で行われるゲームには、莫大な借金をし、自力で借金を返せないどうしようもない債務者だけが参加できる。

 債務者たちは自身の運命をゲームに委ね勝負し、勝てば大金を獲得して借金を返済し下船、負ければ借金を返すために数十年に渡る地下強制労働をさせられることになる。

 まさに、手に負えないどうしようもないバカのための、最後の、最後の、最後の希望。最後のチャンス。

 勝てばいい。ここで勝てばいいんだ。

 勝たなきゃゴミだ。


「父ちゃん! 英雄ぉお!!」

「真人、大人は筋を通さないといけない」

「兄貴、頑張れよ」

「ちーちーちー」

「ぎぃ」


 俺たちは夜の闇へ旅立っていく豪華客船を見送った。


「明日も仕事なのに、手間取らせてくれる」


 夜中、帰宅して、親父が手際よく作ってくれた夜食のおにぎりとインスタントのお味噌汁で、兄貴捜索の疲労を癒し、床へ就いた。


 とはいえ、もうほとんど朝だった。

 寝るのを諦めて、ぎぃさんを伸ばしたり、シマエナガさんをにぎにぎして、遊んでいると、一階がごたごたしだした。

 赤木家は両親共働きサラリーパーソンなので朝がとっても早い。

 

 そんなとき、スマホが震えた。

 修羅道さんからだ。


 ───────────────────

 今日の査定

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 特別に大きな黒沼のボスクリスタル 

             11,253,552円

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 合計 11,253,552円


 ───────────────────

 ダンジョン銀行口座残高 13,420,221円

 ───────────────────

 修羅道運用       6,090,983円

 ───────────────────

 総資産         19,511,204円

 ───────────────────


 

 上記の査定結果が修羅道さんから送られてきた。

 修羅道さんに頼んでおいたメタルダンジョンのボスからドロップしたクリスタルの査定結果だ。すげえよ。1,125万って……牛丼食べ放題じゃないか。

 やっぱり、レイドボスは報酬額が違いますねえ。



──────────────────────────────────────

 修羅道:あのクリスタル

     もしかして

     ダンジョンボスのドロップですか?


           そうですよ:赤木英雄


 修羅道:どうして早く言ってくれなかったんですか。


        言おうとしました:赤木英雄

  でも、タイミングが合わなくて


 修羅道:そういうことを言うんですね。

     わかりました。

     覚悟しておいてください。


               え:赤木英雄

         許してください

       なんでもしますから


 修羅道:わかりました。

     では

     レイドボスをひとりで倒してしまう

     わるいわるい赤木さんには

     とてもわるい赤木さんには


       ごくり(スタンプ):赤木英雄


 修羅道:Aランク探索者になってもらいます


──────────────────────────────────────


 とのことです。

 やったよ。

 俺、Aランクだって。


「お兄ちゃん、おはよう、なにニヤニヤしてんのキモいよ」

「キモいはやめなさい。全男子が一番効く言葉第3位だから」

「1位と2位は」

「臭い。汚い」

「お兄ちゃんくっさ。きたな」


 このメスガキがきゃぁ……。

 今に見てろ、ぎぃさんの英才教育が終わったら触手を使っていろいろお仕置きしてやるんだからな……っ! うっへへへ。


「ちーちーちー!」

「痛いッ、イタタタっ!」


「お兄ちゃん、このニュース見てよ」

「な、なんだ、妹よ、痛い痛い、シマエナガさん、痛いです……!」


 シマエナガさんに邪気を察知され制裁を受けながら、俺は朝のニュースに視線を送る。


「千葉に大きなダンジョンだって。探索者で生きていくんでしょ。行かなくていいの?」

「……千葉、ね」


 千葉……自分を東京だと勘違いしている謎の県民性を持つ落花生独立国家。

 県民全員が落花生から生まれる落花生星人だけで構成される民族が住むまぼろしの大地と聞くが……果たして、安全なのだろうか。


 不安になりながらスマホに視線を落とす。


──────────────────────────────────────


修羅道:今度私の配属されるダンジョンが

    千葉に決まりました

    赤木さんにぴったりな歯ごたえのある

    ダンジョンだと思います

    ぜひ攻略しにいらしてください


      圧倒的にすぐ行きます:赤木英雄


──────────────────────────────────────


 俺はすぐに返信した。

 次の目的地は……千葉だ。

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