新年明ける。そして、謎のダンジョン。



 新年あけましておめでとうございます。

 どうもブルジョワにしてゴールド会員にしてBランク探索者の赤木英雄です。

 毎日デイリーをこなしながら、実家で年を越しました。

 いやはや、実家はいいですね。無限に食べ物が出てくるもん。

 そして、お雑煮が美味い。愚妹のお雑煮です。

 なのに、なんと無料! すごいです。元旦の妹は優しいですね。

 うーん、餅がもちもちしててたまりませんなぁ。美味い。

 兄貴がベーリング海で凍えていると思うとなおさら美味い。


 こたつで親父と妹、俺と3人でお雑煮をすすります。

 親父が一足先に居間を出て行きます。

 すると、愚妹が口を開きました。


「指男さまに会えなかった」


 ん?


「女の子の友達に家に行ってたんじゃないのかね」

「群馬に行ってたんだよ。言ったじゃん」


 言ってないですよ。


「わざわざ未開の土地まで行ったのに……ああ~!」

「そうかぁ。餅もう一個欲しいですな」

「1,000円」

「父上には500円でしたよね、妹くん」

「1,000円」


 あれえ、お兄ちゃんだけ高いですねぇ。


「お兄ちゃん割引はないのかね」

「うーん、2,000円」

「『割って引く』と書いて『割引』なんですが……」

「3,000円」


 だめだ、こいつ!

 もう俺をお金をくれる人としか認識していない!!


 お餅は諦めます。


「お兄ちゃん、ダンジョンにいたんでしょ。指男さまに会ってないの?」

「どうして指男さまなんだい」

「指男さまはどんなモンスターも指先一つで倒しちゃう超すごい探索者なんだよ。お兄ちゃん、そんなことも知らないの遅れてる~」

「知ってるよ。すごいよね、指男」

「さま、つけて」

「……。指男さま」

「噂じゃダンジョン財団が隠していた秘密兵器とか、SCCL適用異常物質だって話だよ」

「えす、しー……え、なんて?」


 お兄ちゃんより、ダンジョンとか異常物質とか詳しくなってないすか……。

 SCCL? なにそれ。英語多くてなんかカッコいいね(アホ)

 

「見て見て、これちょーかっこよくない」


 妹がスマホで写真を見せて来る。

 ハリウッド映画で主役張ってそうな外国人のイケメンが映っていた。


「だれこれ」

「指男さま」

「いや、全然違うわ!」

「?」

「あっ……お兄ちゃんは違うと思います。指男はもっと庶民的じゃないかと。そうお兄ちゃんは思うけどなぁ」

「じゃあ、こっちの人かな」


 今度は日本人の画像を見せて来る。

 ただ、これまたイケメンの筋骨隆々で……ってこれハンバーグ後藤じゃねえか。


 情報が錯綜さくそうしているようだ。

 愚妹よ、ネット社会のほら吹きたちに踊らされているぞ。


 でも、なんか面白いのでこのままでもいいか。

 この妹は最近、拝金主義者のような影が見えている。

 華の女子高生、遊びたい気分もわかる。 

 だが、このお兄ちゃんを蔑ろにするのはいただけない。


 頑張って指男の正体にたどり着いた先で、正体が俺だったということを知ってぜひ惚れ直して欲しいものだ。ほらね、こういうのって自分から正体言うのはダサいじゃん? 相手自身に気づかせるから胸キュンするのであって──


「そろそろ、着替えてこよーっと。はい、お餅いらないからあげる」


 愚妹は自分のお雑煮からお餅をひとつ俺の器にくれた。

 汁を飲み干し、台所に空の器を置いて、ダンダンダンっと階段を登っていった。


「……先にデレて来たな。これは課金しないと」


 結局、お餅くれるんかい。

 こんなんで優しくされてもこれまで虐げてきた分は許してやらないんだからな。

 お兄ちゃん騙されませんよ。

 だから、1,000円だけしかあげません。



 ────



 ダンジョンがなくてもデイリーは毎日こなす。

 なぜかって。それはデイリーだから。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 美味しくお雑煮を食べた俺は、自室でコインを指の背でくるくるまわしながら、本日の日課に挑む。

 

 「デイリーミッション」


 ────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『ショーシャンクの壁に』


 壁に金づちで穴を空けてくぐる 0/10


 継続日数:34日目 

 コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍

────────────────────


 難しくはなさそうだ。


 さて、今日も元気にこなしていくかな。


「お兄ちゃん、もう出るよー」


 階段下から妹の声が聞こえてくる。

 思い出した。今日は元旦。

 祖父祖母の家に行かねばならないのだった。


「しまった……っ! あーどうしよ、支度してない!」

「ちーちーちー!」


 シマエナガさんが俺のコートを足で掴んで持ち上げている。


「シマエナガさん、身支度手伝ってくれるんですか!?」

「ちーちー!」


 シマエナガさんの手をわずらわせないよう、俺は急いで服を着替え、寝癖を適当に直し、コートを羽織る。

 でも、ふと思い直す。

 流石に普段で『アドルフェンの聖骸布』を着るのは変な気がする。

 コートを脱いで、ハンガーにかけておく。


 代わりの服を選ぼうにも、はてさて、どうしたものか。

 最近は『アドルフェンの聖骸布』を羽織っておけばだいだいファッションチェックをクリアできていたせいで、服を選ぼうと思うとなかなかに悩ましいものがある。


「ちーちーちー!」

「ん? シマエナガさん、また『アドルフェンの聖骸布』を……それは着ませんよ」

「ちーちーちー!」

「え? そんな執拗に……ちゃんと押し入れにしまってください!」

「ちーちーちーッ!」

「超推してきますね、その装備……それ着ていったほうがいいんですか?」

「ちーちー!」

「ブチも? サファイアのブローチも? 『蒼い血 Lv3』も? え、全部もっていったほうがいい?」


 シマエナガさんが部屋中のダンジョン装備を掴んで、ポイポイっと俺に渡してくる。


 祖父祖母の家に行くだけなのに、フル装備というのもな……。


 ふと、スマホの画面にメッセージが届く。

 差出人は修羅道さんだ。



  修羅道:新年明けましておめでとうございます。

      修羅道です。今年も一年よろしくお願いします



 修羅道さん、あけおめです。

 こんなしがない赤木にわざわざ個人メッセージをいただけるんですか? 

 知り合ってちょっとしか経ってない俺に?

 わざわざ個チャでくれるなんて……俺、嬉しすぎて泣いちゃいますよ。

 でも、なんだろう。

 ちょっと雰囲気が違うね。

 修羅道さんってメッセージ上だとこういう硬い雰囲気なんだ。



  修羅道:世間はすっかり気の抜けた日和に包まれています。

      しかし、探索者はダンジョンとの邂逅に備えなくてはいけません。

      ダンジョンに対抗できるのは探索者だけなのです。

      日頃の心掛けが、ダンジョンの早期発見に繋がります。

      ダンジョン財団を代表してご協力をお願い申し上げます。



 あ……これ探索者みんなに送信してるタイプのメッセージの文面や……。

 俺だけに特別に送ってきてくれたと思ってたんだけどね……うっわ、浮かれてる俺キモいなぁ……ちょっと優しくしてもらっただけで、もう彼氏面してんじゃん。



  修羅道:ダンジョンとの出会いはふとした時に潜んでいるものです。

      準備を怠ってはいけませんよ、赤木さん。



 あれ? ん? このメッセージは……俺オンリー?



  修羅道:実はこれは赤木さんだけに送ってます。

      びっくりしましたか?



 もてあそばれていた!

 というか俺の心理操作するの上手すぎませんかね!


「お兄ちゃんッ! なにしてんの! もう行くって言ってるじゃん! うわっ……なにスマホ見てニヤニヤしてんの、キモ……」

「っ、こ、こら、勝手に開けるんじゃない!」


 妹を追い出し、身支度に戻る。


 ダンジョンとの出会いはどこにでも潜んでいる、とな。

 賢者・修羅道さんのお言葉だ。

 シマエナガさんの激推しもあるし、いつもどおりフル装備で気張っていこう。

 

「ちーちーちー」


 俺は装備を整え、最後にシマエナガさんを胸ポケットにいれ階段を駆け下りた。



 ──1時間後

 

 

 祖父祖母の家に着いた俺は、挨拶をすませ、出前寿司を食して、一家団欒いっかだんらんの時を過ごしていた。

 ちなみに寿司はマグロが好き。

 マグロならどこでも好き。

 赤み、中トロ、大トロ。全部好き。

 マグロしか勝たん。


「おや、真人まさとは?」


 祖父が兄貴のことを訊いてくる。

 緊張感が走る。

 流石に荒海に追放したと知れたら叱責されるのではないか?

 親父殿、どうしますか!


「ベーリング海です」


 普通に答えたー!?

 親父殿、すこしオブラートに包むべきでは!?


「おお、そうか、ベーリング海は寒いだろうなぁ」


 いや、それでアンタも納得するのかい! 

 ベーリング海に孫がいるって聞いて『寒いだろうなぁ』でかえすおじいちゃんはいないんよ。

 俺の親父もちょっとおかしいけど、その父の祖父もたいがい感覚イカれてんな。


「ちーちーちー」

「よしよし。マグロ食べたいかぁ」

「お兄ちゃん、なんでシマエナガがいるの……」

「え? あー、群馬で拾った」

「へえ。群馬ってシマエナガ落ちてるんだ」

「うん」


 一家団欒の時をすごし、そろそろデイリー『ショーシャンクの壁に』をやるかと思いたち、祖父の家のガレージへやってきた。


 祖父がいたので「壁に穴空けていい?」と訊いてみた。

 普通に「いいぞ」と返って来た。

 我ながらイカれた会話だ。


 ガーレジで金づちを見つけた。

 修羅道さんがよく持ち歩いてるスレッジハンマーだ。

 『フィンガースナップ Lv4』を使えば穴など一撃だろうが、デイリーくんのレギュレーション的にノーカンされるだろう。

 だから、今回はハンマーが必要だ。


「そうだ、英雄、穴を空けたいのなら、ちょうど裏庭にくらがあってな」


 祖父に連れられ、古びた大きな蔵へやってきた。

 こんな蔵あったのか。

 毎年来ているのに知らなかった。


 蔵のなかは空っぽだった。

 ハンマーを振って、軽く壁に穴を空けた。


「すごいパワーじゃないか」

「探索者だからだよ、おじいちゃん」

「ほう」


 俺は穴をくぐる。


────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『ショーシャンクの壁に』


 壁に金づちで穴を空けてくぐる 1/10


 継続日数:34日目 

 コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍

────────────────────


うん。これでいいらしい。

もう一度くぐってみる。


────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『ショーシャンクの壁に』


 壁に金づちで穴を空けてくぐる 1/10


 継続日数:34日目 

 コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍

────────────────────


変わってない。

つまり一度くぐった穴は判定的にくぐり済みとなってしまう訳か。

穴は毎回新しく空けろと。そういうことですかデイリーくん。


「探索者ということは、ダンジョンを攻略しているのか、英雄」

「そうだよ。これで生活していこうと思って」


 祖父が見守る中、俺は穴を空けて、くぐってを繰り返した。


────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『ショーシャンクの壁に』


 壁に金づちで穴を空けてくぐる 10/10


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 先人の知恵B (50,000経験値)

    先人の知恵C (10,000経験値)

    スキル栄養剤C(10,000スキル経験値)


 継続日数:35日目 

 コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍

────────────────────


 よし完了。


「英雄、ちょっといいか」

「なに、おじいちゃん」

「見て欲しいものがあるんだが」

「?」


 祖父は蔵の奥へ足を進める。


 暗く湿った床を指さす祖父。

 そこには地下への通路があった。

 入り口は固く閉じられており、南京錠と鎖で封印されている。

 ……ってか、こんなのあったっけ?


「5年前の夏ごろだったかな、いきなり床がひび割れて、ここに穴ができたんだよ」

「穴? ……なかはどうなってるの?」

「まるで迷宮のようだった。どこまでも続いていて──」

「それで?」

「収納に便利だから、蔵のなかの物を全部穴の中にしまったんだ」

「だから、蔵が空なんだ」


 って、ちげえだろ。

 このタイミング、謎の穴だって?

 しかも、中は迷宮のようになってるって……。

 修羅道さんのアドバイスに合致してる……もしかしてダンジョン?!


「時折、うめき声が聞こえるんだ。あれば人間のものじゃない」


 ダンジョンだ。


「そうそう、変な妖怪もたまにでてきたな」


 絶対ダンジョン。


「ほうきで何度叩き返しても出てくるんだ」


 いや、おじいちゃんすげえな。


「しまいに50匹くらいの群れで攻めて来た」


 それダンジョンウェーブじゃない?


「ほうきで叩き返した」


 もうあんたがSクラス探索者だよ。


「勝手に妖怪が出てきたら近所迷惑な気がしたから、こうして入り口を封鎖しているんだ。だがな、最近、物音がすごいんだ」

「へ、へえ、とりあえずダンジョン財団に報告しよっか……」

「ちょっと見てくれないか、英雄」

「開けない方がいいんじゃ……」

「まあそういわず」

「いや、だからとりあえずダンジョン財団に……」

「カギは確かここに、ああ、あったあった」

「開けない方がいいよ!」

「いや、ちょっと見るだけだから」


 だから、開けるんじゃねえこのジジイ!!


 流れるように封印を解除する祖父。

 床の扉を持ち上げた。

 その瞬間、中から黒い腕が伸びてきた。

 無数の腕が祖父をがっちり捕まえて、なかへ引きずり込んでしまう


「っ、ひ、英雄ぉおお!」

「おじいちゃあああん?! だから、開けるなってあれほど!」

 

 やばいやばい、まじでやばい!

 

 とにかくダンジョン財団に連絡をしないと!

 修羅道さんへメッセージすれば助けてくれるだろう!



          修羅道さん!:赤木英雄

      変なダンジョンみっつ



 メッセージを打ち終わる前に、腕が伸びてきて俺のスマホをがしっと掴んだ。

 4秒ほど綱引きした結果、スマホを奪われてしまう。


「ああ! ふざけんな、スマホ返せ!」


 無我夢中で怪しげな穴へ飛びこんだ。

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