それぞれの年末──走れよメロス、鳥獣保護法、大都会埼玉、帰郷、旅立つ愚妹、ベーリング海、厄災シリーズ、缶コーヒー、SCCL、嬉しいスーパーエージェント、走りだすスーパー受付嬢

 クラス3群馬ダンジョンが攻略され、一夜明けた朝。


 朝起きて、ぐっと伸びをする。


「ちーちーちー」

「シマエナガさん、おはようございます」


 シマエナガさんは朝から元気に俺の肩に乗って毛づくろいをしていっらしゃいます。あまりにも可愛らしいので食べたくなりますね。


 毎朝の習慣にしている自己デイリーコイントスと指パッチンをこなし、デイリーミッションを確認します。


────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『走れよメロス ver.2.5』


 走る 0/100km


 継続日数:27日目 

 コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍

────────────────────


 やったー、走るだけだー。

 

 あれれー、マラソン100kmで喜んじゃうなんて俺どうしちゃったんだろうー。

 あまりにも色物系をやりすぎたのかなー?


 ランニングに出掛けるため、使い古したシューズを履いて、軽装で部屋をでる。

 ダンジョンに行くわけではないので、サファイアのブローチと黒いブローチは置いていく。


「おはようございます」

「よう」


 部屋を出たところ、隣人のMs.センチュリーと出会ってしまう。

 すごい覇気だ。大航海時代に生まれていたら間違いなく覇王色に目覚めている器だろう、


 俺はこの少女がちょっと苦手です。

 なぜなら「サングラス、ださ」とストレートなご意見を言う人だと知ってるから。


「ダンジョン、終わった」


 おや、ダンジョンの話をしますか。

 もしかしなくてもダンジョン財団の人なのかな。


「ダンジョン終わりましたね。これで皆、気持ちよく年を越せるでしょうね」

「……」


 また無視されたよ……。


「シマエナガ」


 Ms.センチュリーの視線が俺の肩へ。

 ああ、シマエナガさんに気を取られていたのか。


「シマエナガは鳥獣保護法によってペットとしての飼育が禁止されてる。そして北海道にしかいないはず。なぜここにいるのか理解不能」


 いきなり饒舌になったMs.センチュリー……もしかして、鳥が好きなのかな……というか、あれ、飼っちゃだめ系の鳥さんだったのか?


「それはシマエナガ。なんでここに」


 鼻息荒く、Ms.センチュリーは一歩詰め寄ってきます。


「……シマエナガじゃないです」

「(じーっ)」

「ち、違います、本当にシマエナガじゃないです(嘘はついてない。厄災の禽獣だもん!)」

「……。ふむ。シマエナガ、じゃない」


 しばらく、緊張感のある空気が流れた。

 だが、その後はなにを喋るでもなく、Ms.センチュリーは俺の横を抜けていってしまった。

 超高級車を乗り回す少女、

 きっと、シマエナガさんがシマエナガだと気が付いてる。

 俺を見逃してくれたに違いない。


 少女の背中に声をかけた。

 恩人には礼を尽くすべきだ。


「あの、Ms.センチュリー」

「……?」

「よいお年を」

「……。よいお年を」


 謎のイケメン美少女は一瞬とまどってからも、淡白な声調でそう返してくれた。


 そんなに悪い人ではなさそうだ。


 ────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『走れよメロス ver.2.5』


 走る 100km/100km


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 先人の知恵B(50,000経験値)

    スキル栄養剤C(10,000スキル経験値)


 継続日数:28日目 

 コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍

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 100kmのランニングを終えて、お昼になった。

 滲む汗を拭きながら、近くまで来たのでキャンプを外から見てみる。

 すると、黒い装甲車やらトラックやらがたくさん入っていて、入り口は武装した特殊部隊員のような人たちに固められていた。


 修羅道さんはダンジョン財団はここからが忙しいと言っていたが、あれは言葉の通りだったようだ。


 黒い服を着たひとがいっぱいいてなんだか怖い感じだ。


 俺はそうそうにキャンプを後に離れて、ホテルへと戻った。


 汗を流して、なにをしようかと考えながら、ぽふんっとベッドに身を投げる。

 思えば「ダンジョンで一獲千金してくる!」と勢いで群馬までやってきてしまったのだった。


 一応、最終目標への進捗状況は良好と判断できる。


 ただ、まあ、別にこのままどこかへ旅に出る訳でもない。

 いつまでもこのホテルにはいられない。

 高位探索者だから、財団のお金で宿を貸してもらえているだけだ。

 明日までにはチェックアウトしなければならない。


「……帰るか」


 俺はすくない荷物を中学時代から愛用するプライベートバッグと言う名のスクールバッグに詰めて、忘れ物がないかを確認する。

 

 コートを羽織り、サファイアのブローチをポケットにしまう。

 Bランクのブローチはダンジョンの外では目立つ。

 代わりに『選ばれし者の証』だけを胸に乗せた。

 今日も幸運を運んできてくれよ、ブチ。


 長く過ごした部屋をあとにし、俺はホテルをチェックアウトした。


「お疲れさまでした。またのご活躍を期待しております」


 フロントの女性はうやうやしくそう言って一礼してくれる。


「じゃあな、指男! また会おうぜ!」

「お疲れさまでした」


「指男さまとまた会える日を楽しみに待っています!」

「そんな。俺なんて待つほどの価値ないですよ」


 顔見知りの探索者がホテルロビーにいたので、別れの挨拶をして「良いお年を」とお互いに言い合った。


 バスに乗って駅へとやってきた。

 バスに揺られている最中、修羅道さんへなにか連絡をしようか迷ったが、なんと切り出せばよいかわからず、結局、スマホの画面を数十分睨みつけるだけに終わった。


 駅に着いて、お昼ごはんに、とろ〜り三種チーズ牛丼特盛温玉乗せ、を食べながらスマホをいじっていると、ふと胸ポケットで寝ていらっしゃったシマエナガさんがもぞもぞとして起きる。


 牛丼を小皿に分けてあげて、コートの影にて、お食事をしてもらう。 

 そうだよな。シマエナガさんもお腹空くよな。


 そういえば、修羅道さんにシマエナガさんのことを報告するの忘れてたな……でも、修羅道さんは財団の人間。やすやすと見逃してはくれないかもしれない。

 それに、厄災の禽獣って明らかに世界を終わらせる獣に該当してそうだし、ダンジョン財団的にどんな処罰をくだしてくるかわかったものじゃない。


 やはり、このことは修羅道さんには言えないな。

 シマエナガさんは俺は守護るのだ。


 電車に揺られ、未開の土地から日本一の大都会、埼玉県へと戻って来た。

 シティボーイの俺にとって、この都会の喧騒と、眠らない夜の町は懐かしさすら感じた。


「フッ、この町も変わらねえな(※一ヵ月離れただけ)」

「ちーちー♪」

 

 家に帰ってくると、ガレージに見知った車が止まっていた。

 親父がいることを事前に悟る。


「ただいま」

「あ。お兄ちゃん。お帰り」

「愚妹よ、どこへゆく」

「うーん、友達のとこ?」


 玄関を開けるなり、我が愚妹が靴ひもを結んで、おおきなカバンを背負ってどこかへ行く現場に遭遇。なんとなく道を塞ぎます。


 邪魔くさそうにお兄ちゃんを睨みつけてくる我が妹。


「泊ってくるのかね」

「うん」

「男の子のところかね」

「うんん」

「そうかね。うむ、行ってヨシ」

「ははー、ありがとうございます、兄上」


 俺は道を開ける。

 愚妹はぺこりと頭をさげ、行こうとする。

 ふと、ふりかえってくる。


「そういえば、お兄ちゃん、群馬に行ってたんだよね。指男に会ったりしなかった?」

「え? さま?」

「なにその反応。指男さま、知らないの?」

「……。なんだい、それは」

「なーんだ。知らないんだ。お兄ちゃんに喋りかけて損したー」

「喋っただけで損失は発生しません」

「えー、だってこれが中年の汚いおじさんだったらお金取れるんだよー?」

「お兄ちゃんのことをさりげなく中年のおじさん扱いするのやめてね。あと中年の汚いおじさんを足元に見過ぎだからね」


 まったく、最近の女子高生は。


 愚妹はケラケラ笑う。

 なにわろてんねん、こいつはァ。


 ところで指男さまってなんでしょうかねぇ。気になりますねぇ。


「愚妹くん、ちょっと話を聞かせてもらおうか──」

「じゃあね、お兄ちゃん、電車に遅れちゃう!」


 こうして我が妹は去っていきましたとさ。


「たく、なんなんだ、あいつ」

 

 靴を脱いで、居間にやってくると親父がこたつで黙々と漫画を読んでいた。


「ただいま」

「おう。帰ったか」

「うん。兄貴いる?」

「有馬記念」

「またかよ。あいつってどこから金作ってるんだろ」

「お前の奨学金用の口座。どうやらまた勝手に開いたらしいな。あいつの嗅覚はするどい」


 どうやってんだよ……もはや、そういうスキル持ちだろ、兄貴の野郎……。

 今回ばかりはもう許さん。

 徹底的に詰める。


「制裁の時が来ました」

「殺るなら勝手に殺れ。俺はとめん」

「父上」

「お前が俺をそう呼ぶときはたいていろくでもない」

「兄貴の制裁にお付き合いください。父上の子ゆえ、手心は加えますが、それでももしかしたらやってしまうかもしれません」

「……そうか。あいつもツケを払う時が来たか」


 親父は面倒くさそうながらも、ゆっくりとこたつから這い出てくれた。


 

 ──北海道の極北の某港

 


 極寒の海を一望できる港で、痛いほどの冷風が吹きつけていた。


「おい、冗談だよな、父ちゃん、英雄?!」


「冗談を疑いたいのは俺だよ、兄貴」

真人まさと、大人は責任を取るから大人なんだ。大人しく逝ってこい」


「頼むから!! 真面目に働くから!! お願いします!! 助けてぇえええ!!!!!」


 俺と親父は、船に乗せられ遠くの海へ旅立っていく兄貴を見送っていた。


 俺の兄貴、赤木真人は極寒の荒海で40日間にわたるカニ漁に挑むことになった。

 カニ漁を成功させれば、消費者金融への借金・俺への借金・親父への借金・母親へのの借金・愚妹への借金・そのほか友人知人への借金、あわせて1,200万円をなんとかできるかもしれない。


 米国アラスカ州とロシア連邦の間にある、荒れ狂う地獄の海──ベーリング海で元気にやってくれることを願おう。

 

「俺もいつまでも守ってやれん」

「大丈夫だよ、兄貴は生命力だけはあるだろうし」

「そうだな。お母さんにカニ買って帰るか」

「お、いいねえ」


 俺と親父は二人で東北をめぐりながら家へ帰ることにした。

 ダンジョンでの日々を語る俺の話を、親父は静かに聞いていた。

 こういう時間がたまにあっても悪くはない。



 ────



 ──ドクターの視点


 ドクター含めた研究者たちは武装した兵士たちに護衛されながら″死んだダンジョン″へやってきていた。


 ダンジョンが生きているうちは、とても通常人類が足を踏み入れることはできないが、死んだ後ならば、防護服を着ての活動が可能だ。


「死んだダンジョンなど、いくら調べても仕方がないと思うがね」

「そう言わず。このダンジョンには『厄災シリーズ』が封印されていた可能性があるんです」


 老いたベテラン博士を、若い博士がたしなめる。


 ふと、皆が足を止めた。

 12階層の調査をしている時のことだった。


 ドクターは「どうしたのじゃ」と若い博士に尋ねる。


 が、答えを聞かずとも、前方へ視線を移動させれば原因はわかった。

 皆がなぜ足を止めたのか。


 クレーターがあったのだ。

 通路のど真ん中に。


 向こう数十メートルまで至っている。

 通常、ダンジョンという神秘の構造物はとても頑丈にできており、壁に穴を空けるだけで、大量の火薬を使う必要があるされている。


 だというのに、目の前のクレーターは、とてつもなく大きい。

 それは、ここに遥かなるバケモノがいたことを示唆していた。


「な、なんだこれは……」

「信じられない……なにがあった?」

「一体どれだけのエネルギーがあれば、こんなことが可能になるんだね」

「見てください、あまりにも高温で溶解した跡があります」

「膨大な熱エネルギーがここに生まれていたのは間違いないだろう」


 博識者たちは、お互いに意見をぶつけ合わせる。未知の状況に遭遇した時ほど、推理合戦が盛り上がることはない。


 ただ、誰も納得のいく説明をすることはできなかった。


 ふと、一番活発な、若い博士が口を開いた。


「推測でしかありませんが、おそらくG6級……『厄災シリーズ』の一柱がここに降臨したのではないですか?」

「「「……っ!」」」

「巨大なエネルギー……例えば、火球……でしょうか。火球がここに出現したんですよ。おそらく火球の中心温度は太陽の表面温度を上回ったはずです。炎系のスキル、かつこれだけの火力を出せる探索者は、財団にも数えるほどしかいません。そして、いたとしても、12階層のモンスターにそれだけのパワーをぶつける必要がない」


 若い博士の活発な推理に、場に沈黙がおとずれる。


 ただ、ドクターだけはキョトンとして「え? 普通に指男じゃね?」と言いたそうな顔をしていた。彼だけは知っている。指男の探索者としての稀有けうな才能を、卓越たくえつした戦闘能力を、そして、突拍子もない能力を。


 ただ、言えない。同僚たちと違って、彼はまだなんの功績も持っていない木っ端科学者だから。発言するのが恐いのだ。


「我々はどうやら、すでに重大なミスを犯してしまったのかもしれないな……」

「暗黒の時代がやって来る、ということか」

「すでに厄災は解き放たれた。我々にできるのは、来るべき日に備えることだけだ」


 ドクターは腕を組んで考える。

 

(うろ覚えじゃが、指男のステータスをチラッと見えたんじゃよなぁ…………たしか、装備の下のほうに『厄災の禽獣』とかいう装備があったような……)


 このドクター、覚えていた。


(でも、査定窓口で財団が回収した感じはなかったしのう。つまり、指男はなんらかの方法で隠した……『厄災の禽獣』を隠した……)


 驚愕の事実に気がついてしまうドクター。

 確証はない。ステータスだって、チラッと見えただけだった。


 ただ、仮に。仮にだ。

 仮にでも、厄災シリーズを私有していることがバレれば、しかも、悪意を持って、財団からその存在を隠蔽し、キャンプから持ち出したと知れれば……指男に明日はない。


「ドクター、君の意見も聞きたい」

「っ! な、なんじゃ……」

「なにを慌てている。君はこのダンジョンキャンプにいたのだろう。もしかしたら、探索者のなかに厄災シリーズの封印に関わった者がいたかもしれない。心当たりはないかね」

「……。わかりませんなぁ。わしはこれといって探索者と関わりを持って、上手くやれるタイプではありませんから」


(指男。おぬしがどういうつもりは知らないが……信じてみることにしよう。おぬしがわしを信じてくれたように)



 ────



 ──餓鬼道の視点


 

 大晦日。

 餓鬼道は愛車のなかでひとり静かに缶コーヒーを飲んでいた。


 年の瀬だろうと彼女の日常は変わらない。


 スマホを開き、親族から送られてきているメッセージの通知を見る。


 父上:今年は帰ってくるのか

    財団の仕事が忙しくてもたまには帰ってこれるだろう

    返信をよこしなさい

    お前にはその義務がある


 そっと画面を暗くする。

 家族と呼べるだけの関係を築こうとしなかった男だ。

 餓鬼道はもうなにも言うはないと考えていた。


 暗い夜を、沈黙で見つめる。


 愛車センチュリーの外では、真白い雪がしんしんと夜の闇から降ってきている。

 フロントガラスの向こう側、30mほどの地点では、財団の特殊部隊員たちが、緊張の面持ちで銃を構えていた。

 かじかむ指先は、恐怖と寒さに震えている。


 ここは群馬クラス3ダンジョン跡地。

 ダンジョンボス討伐から数日が経過したこの地では、財団による特殊作戦が遂行されている。


「た、隊長、気分が……」

「お前、目が赤いな。下がってろ。医療班、こいつに鎮静剤を。今回のは発狂と洗脳と喪失の三重の精神攻撃力を持ってる。絶対に無理はするなよ」


 数十人の隊員が入れ替わり、立ち替わり、ソレを監視するために人員配置を繰りかえす。

 ソレは見ただけで、精神に異常をきたす類いの危険な存在だ。


 餓鬼道は温かい車内からつまらなそうにソレらを眺めながら、現場を俯瞰していた。


 白衣を着た研究者たちが、ソレへ近付く。

 いよいよ、収容の瞬間だ。


 ソレ──”死んだダンジョン”の深淵から引きずりだされた異常物質アノマリーは、抽象化された絵画の中の生き物のようで、蠢いており、胎動していた。

 アイテム名は『夜海の遺児』。

 この異常物質は、特別収容管理法適用異常物質──通称:SCCL適用異常物質── Special Containment Control Law Application Anomaly──であると財団は判断を下した。


 よって、財団の収容管理部はアイテム詳細と、いにしえの文献による情報から、この異常物質アノマリーの特別収容の草案を作成し、その最初の捕獲作業を、今まさに実行に移そうとしているのだ。


 成功すれば『夜海の遺児』は財団の施設で慎重に収容され、その異常性を念入りに調査されることになる。


 餓鬼道はの保険としてここにいる。


 ──コンコン


 黒いスモークガラスがノックされる。

 修羅道だ。かじかんだ手に吐息を当てている。

 寒さのせいで頬は赤くなっている。

 ビーっと窓を開くと、冷たい空気が入って来た。


「外はとっても寒いです、入れてください、餓鬼道ちゃん!」

「……」


 黙したままスモークガラスをビーっと閉める餓鬼道。 

 無慈悲に見捨てられる修羅道。


 情け容赦ない女子高生へ、修羅道は泣きそうな顔で抗議の目線を送る。


 仕方ないので、助手席のロックを解除した。

 修羅道はぱあーっと顔を明るくすると、ササっと車内へ入って来た。


「温かいです、こんな温かい車内にひとりだけいるなんてずるいです! あ、しかも温かい缶コーヒーを持っていますね! じー……」


 修羅道は黙したまま、何を言いたいのかありありと伝わるように、実に、誠に、露骨なまでに、じーっと餓鬼道の手に持つコーヒーを見つめる。


「(絶対にこの)コーヒー(は)あげ(ない)」

 

 『コーヒー、あげ』そこまで言った瞬間、修羅道は餓鬼道の手からコーヒーを拝借していた。達人の早業であった。

 代わりに餓鬼道の手には、国民的インスタント蕎麦『グリーンのたぬき』があった。


 修羅道必殺のすり替えの術である。

 

「交換こしましょう!」

「(なんで蕎麦を持ち歩いてるの、この人)」

「なんで蕎麦を持ち歩いてるの、この人って顔していますね! ふっふふ、餓鬼道ちゃんはデキる受付嬢のスキルの高さを知りませんね~」


 修羅道はどこからともなく電気ポットと取り出し、熱湯をグリーンのたぬき二つへ注いでいく。だからなんで持っている。


「あ、もう2分で年越しですよ! いっしょに年越しジャンプしましょう!」

「(しない)」

「しないって顔してますよ、餓鬼道ちゃん! むー! こうなったらお姉ちゃん本気出しちゃいます! えい! うりゅうりゅ! 参りましたか? まだ参りませんか! まだまだ続けちゃいます、うりゅうりゅうりゅうりゅ──」

「(だるすぎ、この人)」

「あー! そういうこと思うなんてお姉ちゃん悲しいですよ!」

 

 修羅道にうりゅうりゅされ、餓鬼道は実に面倒くさそうにする。

 おかげで車内は賑やかになった。

 餓鬼道の鋼のような無表情も、今はどことなく柔らかい。

 普段は他人から餓鬼道へ踏み込んでくれることは滅多にない。

 修羅道の姉を名乗る不審な立ち回りは、餓鬼道にとってもまんざらでもないのだ。


「3、2、1! ぴょーん! ハッピーニューイヤー!」


 結局、2人は車からわざわざ出て年越しジャンプをした。

 車内にもどり、グリーンのたぬきを一緒に食べる。

 

「あれ! 私のたぬきにかき揚げが二つも入ってます!」

「(かき揚げが嫌いだからこっそり移したことはバレていない。所詮は受付嬢。Sランクエージェントには敵わない)」

「あー!! 餓鬼道ちゃんのお蕎麦かき揚げ入ってないじゃないですかー!!」

「っ(ちっ、バレた)」

「可哀想に、きっと工場で入れ忘れちゃったんですね! 私のかき揚げをあげます!」

「……」

「餓鬼道ちゃん……もしかして、かき揚げ嫌いでしたか……?」

「…………。ありがと」


 餓鬼道はなんとも言えない気持ちになりながら、勇気をもってかき揚げを食べてみた。 


「どうですか、お姉ちゃんのかき揚げは!」

「……うまし」

「よかったです! かき揚げがないと寂しいですからね!」


 たらふく食べてお腹いっぱい。

 餓鬼道はうとうとしながら椅子を緩く倒す。


(こんな年末も悪くないかもしれない)


 餓鬼道は薄れゆく意識のなかでちょっぴり温かい気持ちになっていた。


「今年もお疲れ様でした、来年もよい年にしましょう!」

「ちょっと静かに……(すやぁ)」

「あらら、もう寝ちゃいましたか。まだまだお子供さんですね」


 居眠りをはじめた餓鬼道を見届けて、修羅道は車の外へ。


「さて、体も温まりました。餓鬼道ちゃんもネムネムのようです。ならば、大人でお姉ちゃんな私がお仕事を頑張らないとですね」


 どこからともなくスレッジハンマー取り出し、修羅道は遠くを見据える。

 財団職員たちをなぎ倒して逃げようとする怪物。

 発狂した隊員が銃を乱射して、大変な騒ぎになっている。

 ゆえに逃走者がノーマークになってしまっている。


 ならば、彼女の出番だ。

 修羅道は異常物質アノマリーを強制収容するために風のように駆けだした。


「待てぇええ、そこの異常物質アノマリーぃーっ! 逃がしませんよーっ!」


 みんなのスーパー受付嬢は大晦日だろうと大忙しだ。


 






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