ダンジョン終わりは苦くて甘い


 その日、群馬県某所に出現したクラス3ダンジョンが攻略された。

 

 赤木英雄が可愛いペットを手に入れて、収穫の入ったダンジョンバッグを抱え、ホクホクした顔で満足げに地上へかえってくる頃には、攻略後に慣例的に開かれる祝勝パーティもお開きムードになっていた。


 出遅れた感が凄まじかった。


「雪か」


 暗黒の空が白いひらひらと色気づく。

 漆黒の宇宙からの贈り物に、年末特有の寂しげ気持ちになる。


「おーい指男! 遅いではないか! 待っておったぞ!」


 出遅れた赤木英雄を唯一待っていてくれたのは、財団でも爪弾きにされるほどの変人ドクターだけだった。 

 走ってきて、息を切らして、寒さに頬を高揚させている。


「ほう、クリスタルを30万円分回収して来たか。流石は指男、サファイアブローチのプロフェッショナルは違うのう!」

「30万円分だと、G3をG4に出来るんですよね」

「理論上はそのはずじゃ」


 赤木は悩んだ末に、いつもお世話になっている『蒼い血 Lv2』を『ムゲンハイール ver3.5』のなかへ入れた。


 蓋を閉じ、ふたたび開けば、クリスタルの大部分が失われ、ピカピカっと輝く注射器が、デパートのショーケースの高級時計のように鎮座していた。


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 『蒼い血 Lv3』

 古の魔術師がつかっていた医療器具

 MP1で充填。使用すると体力を回復する。

 転換レート MP1:HP40

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「おや、仕様が変わったようじゃな」


 以前より細かく使えるようになっていた。


 Lv2 MP10=HP200

 ↓

 Lv3 MP10=HP400


 さらに、回復総量の点から見ても、MP10あたり200回復だったのに対して、Lv3では400は回復できる。

 格段に性能があがっていた。


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 赤木英雄

 レベル110

 HP 1,000/8,115

 MP 2/1,499


 スキル

 『フィンガースナップ Lv4』

 『恐怖症候群 Lv3』

 『一撃』

 『鋼の精神』


 装備品

 『蒼い血 Lv3』G4

 『選ばれし者の証』G3

 『迷宮の攻略家』G4

 『アドルフェンの聖骸布』G3

 『ムゲンハイール ver3.5』G4

 『厄災の禽獣』G6


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「やはり、仮説は正しかったようじゃな。ありがとう、指男、おぬしのおかげでいいレポートが書ける。次に会う時はわしも一廉ひとかどの発明家じゃ」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。これ返しますね」


 赤木は『ムゲンハイール ver3.5』のなかのクリスタルを素手で回収して、『ちいさな宝箱』のひとつに入れた。ジュラルミンケースをドクターへ返す。


 ドクターは受け取り「うむ」と言ってうなずくと、赤木へ背を向けた。


「ではな、指男。またダンジョンが現れるその日までお別れじゃ」

「はい。ドクター。研究頑張ってください」

「おぬしもな」


 こうして2人は反対側へ歩きだした。

 馴れ合いなど似合わない。

 ごく淡白な別れだった。

 振り返ることもなかった。 


 赤木英雄はしんしんと雪がふるなかを一人で歩き、対策本部テントの査定窓口へ。


「あれ、修羅道さんはいないんですか?」


 赤木が対策本部へおもむくと、そこに修羅道はおらず、本来は査定窓口にはいない財団職員の女の子が立っていた。


「こんにちは、指男さん。修羅道さんは急用でキャンプを離れられましたよ。ほとんどの査定はすでに終わっていますので、残りの業務は私が引き受けることになりました」

「そうなんですね。それじゃあ、このクリスタルの査定お願いします」


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 今日の査定

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 小さなクリスタル 2,096円

 小さなクリスタル 2,609円

 小さなクリスタル 2,000円

 小さなクリスタル 2,101円

 クリスタル 7,296円

 クリスタル 5,963円

 クリスタル 5,209円

 クリスタル 5,396円

 大きなクリスタル 12,060円

 大きなクリスタル 13,640円

 大きなクリスタル 12,100円

 ちいさな宝箱 20,000円

 ちいさな宝箱 20,000円

 ちいさな宝箱 20,000円

 ちいさな宝箱 20,000円

 ちいさな宝箱 20,000円

 ────────────────

 合計 170,470円


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 ダンジョン銀行口座残高 2,166,669円

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 修羅道運用       6,022,983円

 ───────────────────

 総資産         8,169,652円

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 赤木は礼を言い、アプリで入金を確認し、査定所を離れようとする。


「待ってください」

「え?」

「スキルと異常物質アノマリーの更新をお願いします」

「? どういうことですか」

「新しいスキルと異常物質アノマリーについて、財団は詳細に把握して記録する必要があります。探索者には知らせる義務があります。最初に言われませんでしたか」


(やっべ、全然覚えてねえ……うーん、なんだかプライベートを侵されているようでちょっと不安ですけどねえ、本当に教えて大丈夫なやつですかぁ? ていうか、今までそんなのなかったじゃないですか。どうなってんすか、ちょっと!)


「これまでは修羅道さんが更新してくれていましたが、私にははないので、今日のところはご自身で更新をお願いします」


(それって修羅道さんには特別な能力があるってことかな)


「あちらのエージェントの方のもとへ行ってください」


 そう言って、テントの一角の席に座らされ、ステータスを開くよう言われ、財団の職員の近くで更新作業とやらを行った。


「それアメジストですよね。知ってますよ。最近、宝石のことも動画で調べてて」

「ああ、酒に酔わず、真実の愛を守る。気高さと信念の石だ。だから、エージェントはアメジストのブローチを身に着ける」

「へえ」


 なんかカッコいい。


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル110

 HP 1,000/8,115

 MP 2/1,499


 スキル

 『フィンガースナップ Lv4』

 『恐怖症候群 Lv3』

 『一撃』

 『鋼の精神』


 装備品

 『蒼い血 Lv3』 G4

 『選ばれし者の証』G3

 『迷宮の攻略家』G4

 『アドルフェンの聖骸布』G3


────────────────────


 エージェントは赤木のステータスを見て「すごいレベルだな……」と驚愕に目を見開きながらも、ステータス情報をタブレットに入力していく。

 赤木は装備品からいつのまにか『厄災の禽獣』が消えていることに気が付いた。


(あれ? シマエナガさんもいなくなってる……ていうかいつ指輪外したっけ……?)


「著しく消耗しているが、何かあったのか?」

「『厄災の禽獣』っていうモンスターと戦ったんですけど、いや戦ったというか間違えてフルバーストしたというか……」

「『厄災の禽獣』? なんだそれは」

「G6の召喚モンスターで──」


 赤木が言いかけた瞬間、財団職員はタブレットを落とす。

 話し声を聞いていたほかの財団職員たちも、赤木の発言に言葉を失った。


「神器級の異常物質を見つけたのか……?」

「指男それは今どこにいるんだ!!??」

「どうしてそれを黙っていた?! なんのつもりだ!?」

「本部に連絡だ……ッ、まずい、まずいぞ!」

「嫌だ、嫌だ、まだ死にたくないッ!!」

「この地域ごと焼き払われることになるぞ、俺たちもろとも……!!」

「病気が、病気が、細菌が……っ! 嫌だぁああ!」


 テントの中は大パニックに陥った。

 赤木は目を丸くして、あたふたするしかない。

 

「待て! 皆、落ち着け!」


 赤木のステータスをチェックしていたエージェントは大声を出して場を制した。

 静まり返ってから、質問を続けた。


「指男、そのG6はどこにいる?」

「え……いや、そのさっきまで胸ポケットで寝てたんですけど……今はいないですね。どっか行っちゃいました」


(ちょっと待って、わからんわからん。なにが起こってんのよ)


「続きを聞こう」

「このテントにやってくる頃には、いなくなってて……どっか行っちゃったとしか言いようがないですね……」

「そうか。いなくなってた、か……ふふ、ふははは!」


 財団職員たちがホッと胸を撫でおろし、安堵の表情を浮かべる。


「騙されるところだった、指男。だが、私たちはそうたやすく引っかかってはやらない」

「あーびっくりしちゃった。ジョークだったのね」


(え? ジョークじゃないっすけど?)


「だいたいG6の生物型異常物質に遭遇して、普通に帰ってこれるわけがない」

「冷静に考えれば、わかることだった」

「いや、本当にいたんですよ、壁の裏にたくさんパーツが散らばってて、一日かけて集めて……」

「もういいって。指男は財団をまだよく知らないだろうが、我々はプロフェッショナルだ。嘘はわかる」

「どうやって、わかるんです?」

異常物質アノマリーは特別な磁気を発していてな。放射線と言い換えてもいい。厳密には違うが。異常物質アノマリーのなかには民間の探索者の手には負えないものも存在する。そういうのは決まって『異常性アブノーマリティ』が高いから、財団が回収する手はずになってる。そのために、キャンプに張り巡らされた66個の最新センサー群が、異常性アブノーマリティが高いG5G6を感知すれば、すかさず警報が鳴る。G4の異常物質でも異常性アブノーマリティが高ければ警報が鳴る」

「だから、俺は嘘をついていると」


 エージェントは深くうなづいた。


「もう行っていいぞ。君の装備には財団が関知するほどの人類にとっての脅威となるものは存在しない」


 テントを後にした赤木。

 話を信じてもらえなかった悔しさ以上に、G6という異常物質アノマリーについて考えを巡らせない訳にはいかなかった。

 

(シマエナガさん……財団に見つかったらきっと捕まっちゃうんだろうな……職員のみんなのあの反応……シマエナガさんがどれだけ可愛くてふわふわだろうと、G6という言葉を聞いただけであの騒ぎ。ダメだ、シマエナガさんを財団に渡すことはできない。きっと酷い目に遭わされてしまう。あれはうちの子だ! 俺が守護しゅごらねば!)


「ちーちーちー」

「あっ」


 夜の闇のなか。

 キャンプの内郭を抜けたあたりの枝でシマエナガさんを発見した。

 口には白と黒の蛇が絡み合ったリングをくわえている。

 白と黒って禍々しいよね。

 世界の創世と終焉を表してたりするのかな。


「シマエナガさん、もしかしてキャンプの警報装置に気が付いて勝手に逃げたんですか?」

「ちーちー」

「頭が良すぎませんかねぇ……う~んよちよち♡ 撫でられるのが好きなのかぁ♡ 可愛いなぁ♪ ぺろぺろ、くんくん、食べちゃうおうぞ、ぱくぱく」

「ち~♪」


 IQ3まで低下した赤木の奇行を受けるも、シマエナガさんは心なしか嬉しそうだった。



 ────


 

 ──赤木英雄の視点


「終わったなぁ」


 シマエナガさんを守り抜くと決めながら、夜の寒さに黄昏る。

 キャンプの隅っこの串焼き屋で怪物エナジーを片手に、どこからともなく聞こえてくる祭囃子まつりばやしに耳を傾けていた。


 ダンジョンの出現から攻略完了まで、地域ではお祭り騒ぎになる。それは、ダンジョン関連の政策で、国と財団からさまざまな助成金が地方自治体に入ること以上に、より直接、探索者の活躍を祝うという意味が込められている。


 探索者とはすなわち現代の英雄ヒーローなのだ。


 なので、夏祭りの時にしか活躍しない地元の男たちは神輿をかつぐし、太鼓を叩くし、笛を吹くのだ。


 もう年も終わる。

 なんとも季節外れな音色だが、悪い気はしなかった。


 ただ、心残りなのは、最後に修羅道さんに会いたかったということ。


 祭囃子のなかでそんなことを思っていると、なんともノスタルジックな気分になるもので、かつての記憶に思いを巡らせたい衝動に駆られた。


 中学生2年生の8月。

 夏祭りに好きな女の子を誘うか誘わないかで、熱が出るほど頭を悩ました。

 結局、俺に誘う勇気はなかった。

 遠くで聞こえる太鼓の叩く音を聞きながらベッドに突っ伏してふて寝をした。

 SNSをのぞけば、友人と女の子の楽しげな写真が投稿されていた。

 普通に泣いた。


「ぐっ、闇の思い出が……」


 もう大学生も終わるというのに、俺はあの頃から何も変わっていないようだ。


 ホテルへ帰ろうと思い席をたつ。

 

 と、その時、俺の頬に熱い感覚が走った。


「アツッ?!」

「あはは、慌てすぎですよ、赤木さん!」

「しゆ、修羅道さん?」


 気がついた背後からホット缶コーヒーによる不意打ちを喰らっていた。

 未開の土地・群馬で最も恐れられる部族の酋長の娘の対人暗殺スキルの一端を垣間見た気がした。


「修羅道さん、いたんですね」

「もちろんですよ! いつでもキャンプにいますよ!」


 明るく微笑み「お腹すいちゃいました、交換こしましょう!」と言って、俺の串焼きを奪い、代わりに缶コーヒーを俺の手にはめてくる。相変わらず交換レートがあってない気がするが……それも修羅道さんらしい。


 なんだかいい雰囲気だ。

 俺は勇気をだすことにした。

 過去の自分との決別の意味も込めて、さあ、お祭りに誘うのだ。


「キャンプの外にも屋台が出てるみたいですね。修羅道さん、よかったら一緒に──」

「それじゃあ、私はこれで! ダンジョンはすぐに崩壊がはじまるでしょう! ダンジョン財団はこの地から撤退しなくてはいけません! ですが、その前にSCCL適用異常物質を発掘しなくてはいけません! 確実に収容するのが財団の使命! 気を引き締めなくては!」

「あ、あの、修羅道さん?」

「ではでは、さようなら、赤木さん! 良いお年を~!」


 修羅道さんは「また次のダンジョンで会いましょう〜!」と串焼きをパクパクしながら行ってしまった。


 しんみりして、俺は缶コーヒーを開ける。


「はぁ……苦いな」


 年末の夜空に、白い吐息がのぼっていく。


「赤木さーん!」

「あれ?」


 見やれば、修羅道さんがタッタッタッと戻って来ていた。


「はい! 連絡先を交換しましょう!」


 スマホをひょいっと奪われる。

 

「これでいいですね! では、また次のダンジョンでお会いしましょう! 今度こそさようなら〜! 束の間の休暇、しっかり休まないとダメですよ、赤木さん!」


 修羅道さんは今度こそキャンプの奥へと行ってしまった。


 缶コーヒーを一口飲む。


「はぁ……甘いな。これ微糖だったのか」


 俺は寒空のした、コートのポケットに深く手を突っ込んで、スキップしてホテルへ帰った。



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