指男の噂 3
指男の朝は早い。
朝起き、ベット脇サイドテーブルに置いてあるブチ──『選ばれし者の証』──を上質なクロスで磨いてやり、ついでにサファイアのブローチも磨く。
隣の部屋から物音が聞こえる。
お隣さんも朝早いらしい。
ちょっとした同族意識を持ちながら、毎朝の習慣コイントス100回×3セット、指パッチン100回×3セットをこなす。
シャワーを浴びて、ポカポカになり、頭を拭きながら、今日1日が良いものとなるか悪いものとならかを決める運命のデイリーを確認する。
「ふう、よし……しゃー……よし、ふう……よし、しゃー……よし……デイリーミッションッ! ヤー!!」
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『鋼のメンタル パワー』
道ゆく者を「パワー!」で呼び止める 0/100
継続日数:23日目
コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍
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俺は察する。
まずい系が来た──と。
色物を送りつけてこないで欲しい。
頼むから毎朝「ほう、いいじゃないか、こういうのでいいんだよ、こういうので」と無難なデイリーに舌鼓を打たせてほしい。
嘆いても始まらない。
初めてのデイリーミッションかつ、色物系ということは、想像を絶する試練となる可能性がある。
「道ゆく者をパワーで呼び止める、か、力づくで止めろってことか」
いつも通りブローチを着けて、『アドルフェンの聖骸布』を着る。
ついでに、修羅道さんに似合ってると言われたサングラスもかけてしまおうか。
部屋を出る。
隣人も同時に出てきた。
タイミング悪くバッティングだ。
なんか気まずいなーと思いながら、ダンジョン財団の関係者や探索者かもしれないので、何も話さないわけにもいかず、挨拶くらいはしようと思い口を開く。
隣人は変わった女性だった。
大人びた印象である、
ただ、俺よりは年下な気がする。
黒のロングコート。サングラス。黒いスーツに黒ネクタイ。ほとんどマトリックス。それだけで格好の説明はこと足りる。
顔立ちが丹精なので、可愛らしいというよりは、美しい……あるいはイケメンという類いに当てはまるのだろうか。
「おはようございます」
「よう」
挨拶したら、かなり気さくな感じで返された。
見た目のわりに結構、陽気な人なのかな。
しかし、二の句が出てこない。
沈黙が辺りを支配する。
「あの……」
「……」
なにこの空気。
って、おや? この人、手に車の鍵を持ってるぞ。ああ。この車は、あれだ、この前、停まっていたやつだ。あの後、調べたんだよ。たしか政治家とか皇族が乗ってるって言う高級車だ。……え? 俺より年下のこの子の車?
「……そ、そのキー、センチュリーですよね。すごく高い車ですよね。最近、ちょっと車のこと調べてて……」
「……」
「カッコいいですよね……クラシックな古き良き外観というか……その、ね」
なんで無視され続けているのだろう……悪い事したかな?
「……(こくり)」
少女はうなづいた。
反応された、ってカウントしていいのかな。
「サングラス、ださ」
少女はそれだけ言って、しばらく俺の顔を観察するように見つめ、横を通り抜けて行ってしまった。
『サングラス……ださ……』一体どういう意味だ……もしかして、ダサいってこと……? いや、どう考えても、それ以外に考えられない。だよね。うん、いや、俺も気づいてたよ。ファッションアイテムとして通用するのはミュージシャンとSPとキアヌ・リーブスくらいだもんね。
修羅道さんに似合ってるって言ってもらえたけど……あれは知り合いとしてのリップサービスで言ってただけだったんだな……。
流石に毒吐きの修羅道さんと言えど「いや、ダサすぎィイ!」とは言わないもんよね……。
俺はそっとサングラスを外して、胸ポケットにしまった。
朝からつらいです。まる。
ホテルを出る。
道ゆく通行人を発見。
群馬の地でこうも簡単に村人を発見できるとは幸運だ。
さて、気を取り直してデイリーミッションだ。
パワーで道ゆく人を止める、だったか。
「あ……」
声をかけようとしたが、無理だった。
キャンプ地とは違い、話しかける難易度が高すぎる。
しかもパワーで止めろだと?
不審者通り越して通報モノではないか。
「えぐいよ……」
確実にゴールド会員を殺すためにあるようなデイリーだ。
「あのっ!」
「ひえ?! な、なんですか!?」
なんとか1人、力づくで止めた。
「人違いでした」
「ぇ?」
道ゆく者はとても危ない人を見る目を残しながら去っていった。
これで満足かデイリーくん。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『鋼のメンタル パワー』
道ゆく者を「パワー!」で呼び止める 0/100
継続日数:23日目
コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍
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え?
なんでカウントされないんだ?
ウィンドウを開いたまま固まる。
俺は察してしまった。
「パワー!」で呼び止めるって……まさか……。
背後からひとりの女性が歩いてくる,
俺は勢いよく振りかえり──
「パワー!」
「うわぁあ?!」
「……(真顔)」
「……ぇ? あ、あの……ぇ? ぇ?(困惑)」
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『鋼のメンタル パワー』
道ゆく者を「パワー!」で呼び止める1/100
継続日数:23日目
コツコツランク:ゴールド 倍率5.0倍
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パワーで呼び止めるってそういうことか。
「パワー!」と、叫んで呼び止めろと。
神よ。
それはあまりにも残酷ではありませんか。
「ぇ? ぁ、え? あの、なんですか……?」
「なんでもないです(真顔)」
俺は女性の横を通り過ぎた。
とてもじゃないがその場で顔を合わせ続ける勇気はなかった。
いいだろう、デイリー。
もう覚悟は出来た。
やってやるよ。パワー!!
────
──餓鬼道の視点
エージェントの朝は早い。
暗い時間から目覚め、逆立ち腕立て伏せ100回を3セット、懸垂100回を3セットこなし、軽く滲んだ汗をタオルでぬぐう。
シャワーを浴び、曇り濡れた鏡に映る自分と向きあう。
歩けばそれだけで女子を女子たらしめ、男子を女子たらしめ、惚れさせる冷徹な青い宝石の眼差しが、己を見つめ返して来ていた。
表情に乏しく、昔から口下手だった。
笑顔の練習をしたり、コミュニケーションの講師にお願いしてマンツーマンで練習したこともあった。努力した。
だが、あまり変われた気はしていなかった。
オーラを纏っているせいか、いるだけで空気を緊張させてしまい、みんなを畏まらせてしまい、親しい友もできやしない。
およそこの少女は、普通という事をしてこなかった。
人の人生の蓄積は顔に現れると言う。
善人なら潔白で柔らかい表情になる。
悪人なら卑しくいじわるな表情になる。
餓鬼道にはなにもない。
鏡を見ていると、自分というものがひどくちっぽけで薄っぺらいものに思えた。
シャワーを止め、濡れた髪を乾かす。
ふと、隣から物音が聞こえて来た。
パチパチパチパチパチパチ──
ピンっ、クルクルクルクル──
(なんの音だろう)
謎の音だが、隣人が起きていることには違いない。
早朝を制する者は人生を制する。朝を勝ち取る者どうし、ちょっとした同族意識を持ちながら、餓鬼道は身支度を整えて、黒いネクタイをビシッと締め、最後にサングラスを手に取ると、優しく添えるように掛けた。
先月、祖父から譲り受けたセンチュリーのキーを手に取り、ご機嫌に指でくるくる回しながら部屋をでる。
すると、お隣さん──赤木英雄も同時に部屋を出たらしく、ちょうどバッティングしてしまった。
「おはようございます」
「(おは)よう(ございます。いい朝ですね)」
餓鬼道本人は流暢に返事をかえしたつもりであった。
鼻を鳴らしてご機嫌な表情(無表情)だ。
「? あの……」
困惑する赤木英雄。
赤木英雄をまっすぐに見つめる餓鬼道。
「そのキー、センチュリーですよね。すごく高い車ですよね。最近、ちょっと車のこと調べてて……」
餓鬼道は面食らっていた。
隣人が赤木英雄だったからではない。
彼の付けているサングラスが、彼女の趣味にビターんっとハマっていたからだ。
(カッコいい……ほしい……)
「サングラス(どこで買ったのか……教えてく)ださ(いますか?)」
「っ」
餓鬼道は赤木英雄をじーっと見つめる。
(答えは沈黙。なるほど。つまり、口外禁止のマーケット、会員制か紹介制の特別なオークションで手に入れた物品だと言うこと。流石はサファイアプローチを持つ探索者。言葉ではなく、沈黙で語るとは。名も知らない人だけど、この人はただ者じゃない。Mr.サングラスと覚えておこう)
餓鬼道は冴えわたる推理能力ですべてを理解し、納得顔になると赤木英雄の横を通りすぎて行った。
(今日も指男の周辺情報収集頑張る)
餓鬼道のポリシーは徹底的に対象の周辺の情報を洗うことだ。
能力に恵まれてはいる。やり方もセオリー通りだ。しかし、ひとつだけ間違えているのが、あまりにも周辺を洗いすぎてしまうこと。
肝心の対象の個人情報やら顔やら……普通のエージェントならそこら辺から攻めていくが、スーパーエリートエージェントの餓鬼道は、さらに外側の周辺情報を攻めてしまうのである。
ゆえ、本日までエージェントGは指男の顔すら見たことがなかった。
想像を絶するポンコツだ。
愛車に乗り込み、餓鬼道は今日もクールに捜査へ乗りだす。
1日の捜査結果、どうやら指男こと赤木英雄という人物が、駅前で道ゆく者たちに奇声を発して呼び止めていた、という情報を得た。
(指男……一体なにを企んでいるのだろう。パワーっと叫び、人々を困惑させるなんて、ただの変態としか思えない。だけど、指男のこと、なにか理由があるはず)
「パワー……パワー……。っ、まさか! ──power! 指男はpower! と言っていた?(※正解)」
珍しく真実にたどり着く餓鬼道。
しかし、スーパーエリートエージェントはまだ頭を悩ませる。
「powerじゃまるで意味不明……もっと深い意味が……っ、まさか! ──power?(力が欲しいか?)と言っていた?!(※不正解)」
(指男は道ゆく者たちに邪悪な力との契約を持ちかけていた……!)
餓鬼道は衝撃の事実に勘づき、急いで報告書をつくりエージェント室へ。報告を受けたエージェントマスターは再び頭を抱えることになった。
報告書だけでは終わらない。
餓鬼道の正義の心は『指男の噂』という名のスレッドをネット掲示板に立てた。
餓鬼道としては、指男の情報収集と、指男について警鐘を鳴らすための、水面下での工作活動のつもりである。
しかし、彼女は知らない。
このスレッドのせいで、増幅された指男のイメージは少しずつ、着実に、電子の世界に広がりつつあることを。
それらの噂により、伝播する恐怖の指男像が、またしても何も知らない赤木英雄のもとへ、大きなエネルギーとなって集まっていることを。
「指男、一体なにを考えているの」
お前が何を考えている、と言いたい。
エージェントGの捜査は続く──
────
ピコーン!
赤木英雄の耳元に甲高い音が響いた。
「うぉああ?! あ、またレベルが上がったのか……?」
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赤木英雄
レベル105
HP 7,355/7,355
MP1,250/1,250
スキル
『フィンガースナップ Lv4』
『恐怖症候群 Lv3』
『一撃』
装備品
『蒼い血 Lv2』G3
『選ばれし者の証』G3
『迷宮の攻略家』G4
『アドルフェンの聖骸布』G3
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「寝よう」
たまにレベルアップすることに慣れてしまった赤木英雄を速攻で寝なおした。
もちろん、恐怖症候群が寝てる間にレベルアップしていることなど知らない。
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『恐怖症候群 Lv3』
恐怖の伝染を楽しむ者の証。
他者の恐怖を経験値として獲得できる。
Lv3では獲得経験値に3.0倍の補正がかかる。
解放条件 100人に恐怖症を伝染させる
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指男の恐怖はまだまだ広がる──
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