異常物質変化
俺とドクターの間に微妙な空気が流れる。
「あのドクター……俺の地図……」
「まだ焦るような時間ではないぞ」
「それは加害者側が使う言葉じゃないですよ」
ちいさくため息をつく。
ほろりと涙がこぼれます。
俺の地図がぁぁあ……!
「がっかりするのは早いぞ、指男! 見よ、この異常物質を!」
「アイテム名『迷宮の攻略家』……?」
サングラスを掛けてみる。
何も起こらない。
ドクターが「ダンジョン内じゃ無いと効果を発揮しないタイプかもしれん」と言うので、1階層に入ってみることにした。
黒いレンズ裏に立体的な地図が現れた。
これは3Dマップというやつだ。
この階層全体を示している。
狩場の場所もわかる。
機能は『秘密の地図』とよく似ている。
もしや、これは『秘密の地図』が進化した結果、アイテム名まで変わった……ということだろうか。
詳細を見てみる。
───────────────────
『迷宮の攻略家』
冒険において宝の獲得ほど心躍る瞬間はない。
モンスターの頻出地域がわかることに加え、迷宮に眠る財宝の位置を暴く。
───────────────────
間違いない。
これは『秘密の地図』から進化──いや、変化した
性質が若干変わっているが、全体的に上位互換といえるだろう。
欠点があるとすれば、SNSにて今日の狩場を更新する際に、スマホで撮影しづらくなってしまったことだが──
「なんか出た」
テンプル──耳にかける部分──からレンズ横へかけて指でシュッと撫でると、黒いレンズの中にしか存在しなかった立体マップが、目の前の空間に出てきた。
まじか。シェアも出来るじゃん。
ていうか、とんでもないハイテクだ。
あれ? 完全上位互換ですか?
すごいです。
気になるグレードは──
「ステータス」
──────────────────
赤木英雄
レベル101
HP 4,856/6,992
MP 420/1,160
スキル
『フィンガースナップ Lv4』
『恐怖症候群 Lv2』
『一撃』
装備品
『蒼い血 Lv2』 G3
『選ばれし者の証』G3
『迷宮の攻略家』G4
『アドルフェンの聖骸布』G3
『ムゲンハイール ver3.0』G4
──────────────────
ああー! G4になってる!!
えらい! えらいぞ『迷宮の攻略家』!
『秘密の地図』G3からちゃんと成長してるじゃないか! えらいえらい!
「なるほどのう。G4の『ムゲンハイール ver3.0』で強化すると、同じくG4の『迷宮の攻略家』を獲得できた、とな。ふむ」
「何か分かりましたか、ドクター」
「まだ確かなことは言えんのう。わしは科学者じゃ。曖昧な段階での断言はせん」
まともな科学者に見える。
そんないきなり科学者ぶられても……反応に困っちゃうよ。
「見たところ『ムゲンハイール ver3.0』は安定しておるようじゃ。一旦わしが回収する。明日もどうせダンジョンに来るのじゃろう? 朝になったら、また取りに来るといいじゃろう。そしたら、引き続きの試用をよろしく頼むぞ」
「徹夜するんですか?」
「え? おぬしせんのか? わし実は2徹目じゃけど? え? おぬし、ゼロ徹?、あ、そうかぁ。ざこぉ」
このじいさん。いきなり大学生並みに活きがよくなったな。
「この怪物エナジーがあれば3徹まで余裕じゃよ」
だから、大学生なのかよ。
ツッコむ隙もなく徹夜マウント・ドクターは『ムゲンハイール ver3.0』を回収して行ってしまった。
俺はホテルに帰る前に、ダンジョンにもどり、このサングラス『迷宮の攻略家』をちょっとだけ試用することにした。
1階層の入り口の近く、なにやら見慣れない記号があった。
近寄ってみると、ダンジョンの岩肌の物陰にちいさな石の小箱のようなものが置いてあった。
「宝箱か?」
開いてみると、青白い粒が俺の身体のなかへ入ってきた。経験値だろう。箱の中身はクリスタルだ。
なるほど。迷宮に眠る財宝とは宝箱のことなのか。
ちょっとした経験値とクリスタル。
もしかして、異常物質が入っていることもあるのだろうか。
ほう、いいじゃないか。
こういうので良いんだよ、こういうので。
いやね、俺も迷宮にやってきて、日がな一日チワワを火葬するのはどうかと最近少し疑問を感じてたところだったんだよ。
宝箱とかわくわくしちゃうよ。
俄然、探索が楽しみになった。
というか、このクリスタル、1階層のクリスタルにしてはデカい。
これ一個で1階層を1日歩きまわるのと同等の成果に相当しそうだ。
ボーナス(宝箱)を回収していったら、結果的にさらなる収穫を期待できそうだ。
「流石は宝箱。見つけて嬉しい、開けて嬉しいというわけだな」
俺は『迷宮の攻略家』の仕様変更を完全に理解し、クリスマスプレゼントが入っていた箱に本日の収穫をいれて切り上げることにした。
「おかえりなさい、赤木さん! おや、それは宝箱じゃないですか! スモールサイズの宝箱でも滅多に見つからないと言われているのに、流石は愛され探索者さんですね!」
「この箱、なんだか可愛いですよね。持って帰ってインテリアにしてもいいですか?」
「ダメですよっ! なにを馬鹿なこと言ってるんですか、赤木さんは! もう!」
すっげえ笑顔で否定された。
いや、そんな罵倒しなくてもぉ……。
─────────────────
今日の査定
─────────────────
クリスタル 7,296円
クリスタル 5,001円
クリスタル 5,963円
クリスタル 5,209円
クリスタル 5,396円
大きなクリスタル 10,960円
大きなクリスタル 10,440円
大きなクリスタル 12,096円
ちいさな宝箱 20,000円
────────────────
合計 82,361円
───────────────────
ダンジョン銀行口座残高 1,996,199円
───────────────────
修羅道運用 6,000,963円
───────────────────
総資産 7,997,162円
───────────────────
俺の宝箱が容赦なく査定マシンに値段をつけられていた。
あぁ、そう、その箱も絶対に買い取られるタイプなのね……ひとつくらい部屋に置いておきたかったなぁ……。
「今日も一日お疲れ様でした! また明日も頑張ってくださいね!」
「そういえば、修羅道さん、預けたお金が少し増えてるみたいなんですけど」
「資産運用とはそういうものですよ! そんなことも知らないんですか!」
イタタ、痛い、それは効くよ、修羅道さん。
ごめんなさい、無知蒙昧で、だから、許して、そんな笑顔で罵ってこないで。
「ほうっておいても勝手に成長していくことが期待できますから、気が向いた時に確認してみてくださいね!」
「へえ、なにもしなくても増えてくれるなんて凄いですね」
資産運用がすごいのか、修羅道さんの采配が優れてるのかは知らないが……まあ、とりあえずヨシ!
「ところで赤木さん! そのサングラス……」
まずい。
なんだかわからないけど、すごく俺が傷つくことを言われる気がします。
「結構、似合ってますね!」
あ、嬉しい。
絶対に「クソダサいですね!」とか言われると思ってたもん。
修羅道さんのファッションチェックを越えたのは大きいですよ。
頬が緩んでしまいます。えへへ。いっひひ。おっほほ。
「でも、夜道をサングラスかけて歩くのは危険なのでちゃんと外さないとダメですよ! 外さない悪い子は……えいっ! こうしちゃいます!」
修羅道さんはサングラスをひよいっと取って、たたむと、俺のコートの胸ポケットに入れて来た。可愛い、すごい。良い匂い。美少女とじゃれあうのってすごく楽しい(童貞)
「おい! 後ろ詰まってんぞ!」
「はやくしろよー!」
「誰だ窓口でちんたらしてるトーシロはよ!」
「おい、ばか、やめろ、指男の番だぞ!」
「指男さまだろうが、口をつつしめ!」
俺の後ろで長蛇の列をつくった探索者たちが騒がしくなって来た。
この時間帯は査定ラッシュなので仕方がない。
「それじゃあ、また明日」
「はい! また明日! おやすみなさい、赤木さん!」
俺は静かな足取りでキャンプ内郭地を出て、警察官に挨拶して、外郭も抜けて夜の闇へ。
我慢できずにスキップしだします。
「ブチ(黒いブローチ)、えらいぞ〜、よーしよしよし、また磨いてやるからなぁ」
今日も修羅道さんと距離縮められたぞ、
浮かれた気分のままホテルへ帰りました。
今日も一日疲れたなぁ。
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