ダンジョン解放

 ──3日後


 ダンジョンウェーブによる封印が解除されると同時に、たくさんの探索者がダンジョンを飛び出してきた。


 総勢100名以上。


 ダンジョンウェーブによって一時的なダンジョン封鎖が起こった際に、内側に取り残されていた者たちだ。

 

 ダンジョンを飛びだしてくるなり、待機していた自衛隊の方たちが、衰弱した探索者たちへ手を貸し、動けなくなった者は担架で運ぶ。


 俺はドクターと共に少し離れたところでその様子を眺めていた。


「ダンジョンウェーブでは毎回、ああやって大量の探索者が閉じ込められるんじゃ」

「閉じ込められたら大変ですね。4日は封鎖されてたじゃないですか。どうやって生き延びたんですか? みんな食べ物持って行ってたんですかね」

「封鎖された時のマニュアルとしては、最前線の攻略隊がすぐさま引き返してくることになっておる。ほかの探索者たちも同様、みな、ダンジョン1階の入り口まで戻ってくる。探索者の数が多ければ、その中には食糧生産系のスキルを持つ者もいるんじゃよ。さらには、調理系スキル、ソフトドリンク系スキルとかもな」

「なんでもありですね」

「お、見ろ、あれが『歩くファミリーレストラン』と呼ばれる3大A級探索者じゃ」


 言われて見やると、屈強な肉体を誇る白いコック帽を被った男たちがダンジョンから出てきていた。


「右から『フライドポテト』田中、『メロンソーダ』浅倉、『ハンバーグ』後藤じゃ」

「ふざけてるんですか?」

「真面目じゃ! そういう異名なんじゃから仕方ないだろう。おぬしだって『指男』赤木なんじゃぞ」


 そう言われると俺もふざけてる気がしてきた。


「それにしても、A級探索者ですか。すごい貫禄ですね」

「ああ、あそこはもう別次元じゃな」

「B級とA級ってどれくらい遠いですか?」

「そこに”越えられない壁”があると思っていいじゃろうな。ははは、まあ、指男よ、そう生き急ぐんじゃないわい。おぬしは強い。そのことは認めよう。じゃがな、あそこの探索者たちは″別の段階″にいる。ダンジョンの深淵へ踏み込む権利を与えられることとは、すなわちすべての階層への侵攻を許され、異次元の文明と最前線で戦い、押さえ、押し切る、そういうミッションを背負うことなんじゃ」


 A級になると、全階層を解放されるのか。

 ぜひとも辿り着きたいものだな。


 去っていく歩くファミリーレストランを見送りながら、そんなことを思った。



 ────



 ──歩くファミリーレストランの視点


 歩くファミリーレストランは偉大なる探索者である。

 3人とも同じ師匠に指示を仰ぎ、厳しい鍛錬を積んだことで、そこに掛け替えの無い絆を生んだチームである。

 一流シェフたちのA級探索者のなかでも、とりわけ存在感を放つ探索者たちだ。


 3人は地上の皆に歓声に迎えられていた。

 ダンジョンに閉じ込められた多くの探索者の命を救った救世主として、そして、従来どおり単純に顔が良いイケメンシェフとして、皆が彼らに心酔していた。

 

 一旦の休息を取ろうと、3人は足早にホテルへ帰ろうとする。

 その時、一流のなかの一流のうちがひとりハンバーグ後藤が振りかえった。

 フライドポテト田中と、メロンソーダ浅倉も何事かと、続いてふりかえる。


「すべての道はハンバーグに通じる」


「……どうした後藤」

「いつもの悪いクセだぜ。放っておけよ。ポテトが冷める訳でもあるまい」

「指男。やつは只者じゃない。高圧でよくこねられてる。あれはいいハンバーグになる」

「……どういう意味だ後藤」

「かなり揚がってるって話だぜ、5回目の使いまわし油みたいにクセが強い言い回しだが」

「……お前が言うな田中」

「そうカリカリするな。揚がってるわけじゃあるまいし」


 一番の常識人メロンソーダ浅倉は、何言ってるのかわからない幼馴染2人の会話に馴染めずにいた。


(こいつらは頭がおかしい)


「だが、A級ハンバーグとB級ハンバーグのひき肉の差は大きなものがある。やつがこの先どれほどの己をこねあげる事が出来るか、それともここでチキンステーキに逃げるか。すべてはやつ次第だ」

「……チキンステーキは逃げなのか後藤」


 ハンバーグ後藤は、指男から視線を外し、背を向けてキャンプをでる。

 その瞬間、キャンプ外で待っていた歩くファミリーレストランクラスタの女子校生たちが、ダッと3人を英雄を囲んだ。


 イケメン、シェフ、筋肉、探索者、A級。

 今日のダンジョンSNSのトレンドは決まったも同然だ。


 

 ────

 


 ──赤木英雄の視点


 ダンジョンが解放された。

 この3日間は大人しくデイリーをこなしていた。

 デイリーの内訳は『確率の時間 コイン』と『バリー・ボッター』『確率の時間 コイン』の嫌な3点セットだった。本当に辛かった。

 

 試練を乗り越えたので、気兼ねなく、ダンジョンへ挑もうと思う。

 

 ちょこっとレベルもあがった。

 

──────────────────

 赤木英雄

 レベル99

 HP 6,560/6,560

 MP 1,080/1,080


 スキル

 『フィンガースナップ Lv4』

 『恐怖症候群 Lv2』

 『一撃』


 装備品

 『蒼い血 Lv2』 G3

 『選ばれし者の証』G3

 『秘密の地図』G3

 『アドルフェンの聖骸布』G3

 『ムゲンハイール ver3.0』G4


──────────────────


 あとちょっとで100レベだ。

 ダンジョンウェーブが凄まじかったのと報酬だけは豪華なデイリーのおかげだ。

 それと、たまに何故かレベルアップする音が聞こえる事がある。

 なんなのかは未だによくわかっていない。


 胸に黒いブローチとサファイアのブローチを乗せて、茶色くて温かい外套を来て、ジュラルミンケース片手にキャンプへやってきた。

 

 さっきは手ぶらだったので、一旦ホテルに戻って来なおしたのだ。


「『ムゲンハイール ver3.0』の謎の解明、よろしく頼むぞ、指男」


 たまたま出会ってしまったドクターに見送られて、俺はダンジョンへ足を踏み入れた。


 さっそく『秘密の地図』を開いて狩場をSNSへアップする。


 おお。アップした直後から反応をもらえるようになった。だいたいサラリーマンの方が多い。経済の動向を通勤時チェックするより、指男の狩場コーナーをチェックしてくれてるようだ。


 資源ボスまた見つけちゃったりして、とか淡い期待をしながら、9階層まで降りて来た。


 いざ、10階層へ。

 新天地です。


「10階層、か」


 ダンジョンの様子が変わった。

 これまでほんのり明るい天然洞窟のような外観だったのに対して、10階層は人間の手によって作られた迷宮のようになっていた。

 石煉瓦を組んでつくられ、整頓整理された通路に、なんとも言えない不気味さを覚える。

 

 『秘密の地図』を開いて、狩場を見つけ、カツカツと靴裏を鳴らして向かえば、すぐにモンスターを発見できた。

 小柄なチワワレトリーバーだ。

 

 ダンジョンウェーブで倒したチワワレトリーバーがいかほどの強さだったのかは知らないが、これまでの法則から言って小さいほうが弱いはずだ。

 なので、9階層一撃圏内の『フィンガースナップ Lv3』でAT600の炎で焼いた。

 爆炎がチワワを包む。

 しかし、流石は10階層チワワ。難なく炎を切り抜けて、牙を剥いてくる。

 

 ここ最近のチワワは強靭度があがってきている。

 スーパーアーマーをつかってごり押ししてくる脳筋チワワばかりだ。


 だが、俺の指パッチンは遠距離かつ命中率100%。

 スーパーアーマーも敵ではない。

 

 刻み、刻み、刻み──


 結果、HP10 ATK1,000で倒せた。

 901〜999のHPということになる。

 流石に硬くなって来た。

 ただ……


──────────────────

 赤木英雄

 レベル99

 HP 6,550/6,560

 MP 1,080/1,080


 スキル

 『フィンガースナップ Lv4』

 『恐怖症候群』

 『一撃』


 装備品

 『蒼い血 Lv2』 G3

 『選ばれし者の証』G3

 『秘密の地図』G3

 『アドルフェンの聖骸布』G3

 『ムゲンハイール ver3.0』G4


──────────────────


 はっきり言おう。

 余裕しかない。

 たぶん、ダンジョンウェーブとゴールド会員、なにより『フィンガースナップ Lv4』のチカラだろう。いや、まじ強すぎだってこの指パッチン。下方修正されないよね?

 

 ただ、まあ、敵の強さの上昇率が跳ね上がって来てるのも事実だ。

 焦らず、10階層から詰めて行こうと思う。


 ランニング狩場ルーティンを1日まわして、今日もいい汗をかいて帰路に着く。

 ちなみにほとんど消耗はない。

 やろうと思えば徹夜できるが、徹夜しつづけていると「こんなに頑張ってるんだから昇級してくれるよね?!」みたいな圧力を修羅道さんにかけてるみたいで申し訳なくなる。


 残業して頑張ってるアピールするのに通じるものがある。

 俺はそういう悪いところはマネしないいい大人になるのだ。


「やあ、指男」

「ドクター」

「今日も一日中潜っていたのか。流石のスタミナじゃな」

「そんなステータス無いですよ」

「隠されているのじゃよ。ステータスウィンドウには表示されていないがのう」


 そうなのか。


「ところで、その『ムゲンハイール ver3.0』は順調かね?」

「はい。クリスタルが取り出せないこともなく、爆発することもなく、ちゃんとダンジョンバッグとしての使命を全うしてますよ」

「ふむふむ。して、進化機能は?」

「まだ試してません」


 ということで、俺とドクターはキャンプの隅っこで、実験することにした。

 まわりから「変人どうし気が合うのかな」「うわ、あの変態じじと指男仲いいんだ」「しっ! 見ちゃダメ!」とか不名誉なささやきが聞こえる。


「……やはり、やめようかのう。これまでどおり、わしひとりで実験を続けるとしようかのう」

「ドクター」


 去ろうとするドクターを呼び止める。


「あなたは俺の友人だ。手伝わせてください」

「指男、ぉ……っ」


 うるうるした瞳を向けて来るドクター。


「では、さっそく実験開始じゃ!」


 『秘密の地図』をバッグに入れる。

 中には概算で30万円前後のクリスタルが入っている(おおよそで計算できるようになった)


 蓋を開けると、クリスタルの大部分が消失していた。地図も無くなっていた。

 想定外の事態に俺とドクターは顔を見合わせる。


 同時に、ジュラルミンケースのなかにポツンと鎮座する”黒いサングラス”を見下ろした。

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