ダンジョンウェーブ


 早朝5時。

 俺は静かに目覚める。

 正確には寝ていない。

 デイリーミッションを確認する。

 

 ──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『カンフーマスターの教え その2』


 ジャケットを着る  0/1,000

 ジャケットを脱ぐ  0/1,000

 ジャケットを投げる 0/1,000

 ジャケットを拾う  0/1,000


 継続日数:18日目

 コツコツランク:シルバー 倍率2.5倍

 ──────────────────


 ほう、よかろう。

 カンフーマスターもその2があったか。

 だが、よかろう。全然よかろう。

 確率とかカリバーよりよかろうよかろう。


 ──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『カンフーマスターの教え その2』


 ジャケットを着る  1,000/1,000

 ジャケットを脱ぐ  1,000/1,000

 ジャケットを投げる 1,000/1,000

 ジャケットを拾う  1,000/1,000


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 先人の知恵B(50,000経験値)

    先人の知恵C(10,000経験値)

   スキル栄養剤C(10,000スキル経験値)

    

 継続日数:19日目

 コツコツランク:シルバー 倍率2.5倍

 ──────────────────

 

 ピコン!


 アイテムは全部使います。

 そろそろ、スキルレベル上がってほしいなぁ。上がってもいいんだよ? チラッ。

 

 そんなことを思いながら、ダンジョン銀行アプリを開く。ニヤニヤが昨夜から止まりません。


 ──────────────────

 ダンジョン銀行口座残高 6,708,838円

 ──────────────────


 どうも、ブルジョワ探索者の赤木英雄です。

 総資産6,708,838円暫定。

 670万円ですよ。さて何しましょうか。


 牛丼いくらでも食べれますよ。

 マックも食べ放題です。

 駅前のトンカツ屋にだって「1食で600円かぁ……」とか悩まずに食べちゃいますよ。

 喉が渇いたら、自動販売機で好きな飲み物買っちゃうよ。

 

 あれ? これ670万円なくてもできるくね?


「……やはり、投資か、投資なのか?」


 ついに始まる。

 俺の100万倍計画が。

 投資のことよくわかんないけど、まあ、なんとかなるだろう。


 しかし、矛盾に気づく。

 あれ? 大金が必要ないとわかったのに、なんで俺は100万倍計画を再始動しようとしているんだ? これはホコタテ……矛盾──だ。


 霧のなかにあった思考が我に帰ってきた。

 お金があるからなんなのだ、と。

 

 特にやりたいこともない。

 お金が増えると嬉しいのに、肝心のお金は特に使い道がない。いや、厳密にはあるのだが、大金を得てやるにはちょっとスケールが小さいというか、俺がスケールちいさいせいか、スケールの小さい幸せで満足しちゃうと言うかさ。


 奨学金を返そうかとも思ったけど、まだそういう時期じゃないし。結局、愚妹に2,000円のお小遣いをあげて終わった。


 返信:ありがとー♡

        よしよし、可愛いな:返信

 返信:お兄ちゃん好き〜!

          俺も大好きだぞ:返信

 返信:はい。

        え、もう終わった?:返信

 返信:うん

    ここから先は課金 


 本当にいつからこんなになってしまったのだろう。お兄ちゃん扱いしてもらうのに有料だなんて。


       お兄ちゃんつらい:返信


 返信:とりまガンバ

    なんだかんだ

    お兄ちゃん要領いいから

    平気だと

    思うけど


        あれ。デレた?:返信


 返信:だる

    スパチャして

    先にデレちゃった

    これじゃデレ損

            

 もう完全に俺のことお金くれる人としか思ってないですねぇ。可愛いので1,000円だけペイで送ってあげました。


 その後も無い頭をつかって必死に考えた結果、実家の猫のためにカリカリーナ(爪研ぎ)を送ってあげた。まだまだ使い切らない。


 お金は寝かしておいたら勿体無いと言う。

 だけど、俺はこれを100万倍にする気はない。

 いや、厳密に言えば、どうしたらいいかわからない。

 俺、無知すぎでは?

 よくよく考えれば、200万円を100万倍にして億万長者になろうなんて、めちゃくちゃ無謀なことだったんじゃない?(※今更)


 この資産をどうするべきか悩んだ末、俺は修羅道さんのもとへ相談しにやってきていた。


「赤木さん、待ってましたよ! そういう時はダンジョン証券とダンジョンウォレットの出番ですね!」


 敏腕財団員修羅道さんが火を吹いた。


 無事、俺は修羅道さんにコロッコロと転がされて、証券口座を開設し、仮想通貨ダンジョンコインに金に、債券に、なんかもういろいろわからん(本当にわからん)を買い、資産配分することなった(そもそも資産分配ってなんすか?)


「大丈夫ですよ! 赤木さんはお世話はぜーんぶ私がやってあげます!」


 もし修羅道さんに裏切られたら、もう仕方ないです。その時は諦めます。全部あげます。でも、たぶん俺は死にます。

 だって完全に財布の紐握られてますもん。

 もういっそ修羅道さんに飼われよっかな。あれ、名案じゃない?


 ──────────────────

 ダンジョン銀行口座残高 6,708,838円

 ──────────────────

      ↓-600万円

 ──────────────────

 ダンジョン銀行口座残高 708,838円

 ──────────────────


 600万円は修羅道さんに任せた。


     ──────────────

New!! 修羅道運用 6,000,000円

     ──────────────


「600万円は私が大事に育ててあげます! 赤木さんでは到底扱えない金額だと思いますので!」


 毒ぅ、効くぅ、無能扱いされてるの癖になりそうぉ……。


「赤木さんみたいなズボラな人はちゃんとお財布の紐を管理できるしっかり者のパートナーが必要ですね! 例えば、その、ほら、私とか、なんちゃって、えへへ──」

「指男、いいところにいた! こっちへ!」


 修羅道さんの声を遮って、財団職員が駆け寄って来た。最後の方よく聞こえなかったけど、にへらって可愛らしく笑っていらっしゃるので、そんな大事な話でもないだろう。


「修羅道さん、それじゃあ、またあとで。いろいろありがとうございます。資産の勉強しておきます」


 しっかり者の修羅道さんに笑われないよう、俺も知識を身につけていかなければな。


「ところで、なにかあったんですか。そんなに慌てて」

「ダンジョンウェーブがはじまったと、ダンジョンの入り口の監視員から報告があったんです!」

「ダンジョンウェーブ?」


 職員は説明してくれた。

 ダンジョンウェーブ。

 それはダンジョンからモンスターが溢れて来てしまう現象のこと。ダンジョンで見られる異常現象のひとつで、波のようにモンスターが押し寄せるさまから、名付けられた。

 ダンジョンモンスターは通常人類では抗えない為、1匹でも外へ逃げ出すと、町が機能停止に追い込まれるほどの被害になるそうだ。


 ……って、なんかやばい話だ。


「ダンジョンウェーブは本当に危険な現象なんです。今、動ける探索者を集めてる最中ですが、朝早いせいで皆、起きてなくて。頼れるのが指男、あんたしかいない」


 ダンジョンの入り口までやってきた。

 探索者たちとダンジョン財団の職員、警察に自衛隊といかめしい者たち総出でバリケードを作っていた。


 元からバリケードはあったのだが、さらに増強するカタチで、自衛隊の装甲車が並べられている。


 そんな、やばいんすかね、ダンジョンウェーブ。


 ろくな説明も受けないまま「絶対にモンスターを外に出してはダメです」と釘を刺されて、バリケードの奥へ行くよう言われる。

 ダンジョン因子を持つ探索者たちだけが、バリケードの内側で迎え撃つようだ。


 ふと、警察官やら自衛官の方々の視線が集まっていることに気がつく。


「っ、指男だ」

「本物だ」

「20日でCランクに上がった鬼才……」

「やつに近づいたら消し炭にされるって噂だ」

「平凡な顔して、イカつい奴だな」


 いや、俺からしたらあんたたちの方がよっぽど物騒よ。うん、よっぽど。


 バリケードの奥で酒飲み探索者たちを見つけた。ダンジョンウェーブについて俺は知識ゼロなので、もっと説明を聞こうと思う。


「最後に別れた妻に会っておくんだった……」

「5年ぶりのダンジョンウェーブだ……へへ、大丈夫さ、遺産相続の話は済ませてあるんだ」


 みんなここで死ぬと思ってるようだ。


「ッ、き、来たぞ!」


 誰かが言った。

 集まる視線。

 ダンジョンの奥から、地を鳴らす音と振動とともに、大量のチワワたちが一斉にせまってきた。

 サイズから推測するに、1階層〜9階層のモンスターたちがごちゃ混ぜになっている。


 数が多い。30〜40体……いや、その奥からもどんどん来てる。


 なんだこれ?

 なんでこんな事が?


「ダンジョンウェーブってどうして起こるんですかね」

「そんなことどうでも良いだろう! 今は生きて帰ることだけ考えるんだよッ!」


 めっちゃ怒られました。

 訊いただけなのに……。


「行くぞ! 絶対に外へ出すなッ!」


 まず初めに遠距離攻撃ができる探索者たちが、一斉にスキルを放ちはじめた。


 火の玉、石の礫、水の刃、砲丸(?)、投げナイフ、ビリヤードの玉、ボウリング、和弓の矢、煙、普通に銃弾などなど──実に多彩な遠距離攻撃が繰りだされる。


 スキルとは、探索者の経験や技能が昇華した異能力だ。

 俺は指パッチンだったけど、ほかの探索者たちは以前の職業だったり、学生時代の部活だったり、趣味だったり──身につけてきた能力がスキルとして昇華するのだ。


「弾けろ! 《ボンバーボウル》!」


 高速回転するボウリング。

 しかし、チワワは鼻先で弾いて、獰猛に突っ込んでくる。

 構図的には、なかなかにシュールなものがある。


「くっ! 俺の《ボンバーボウル》じゃ4階層のモンスターは厳しいッ!」

「どけ! ここは俺がやる!」


 出てきたのは強化系スキルを持っているらしい探索者。前職は消防士だろうか。魔法剣を手に地を風のようにかけてモンスターをぶった斬ります。おお。すご──


「うぁあああああ?!」


 チワワを斬ったと思ったら、魔法剣を噛み砕かれて、逆に首を噛み切られそうになってます。


 放っておいたら死体を見ることになりそうなので、急いで助けます。


 ──パチンッ


 砕け散り、燃え尽きるチワワ。

 アーメン。


「はぁ、はぁ、はぁッ! た、助かった、指男……ッ!」

「剣なくしたのなら下がってていいですよ。あとはやりますから」


 俺はジュラルミンケースを元消防士にあずけて、両手を自由にして、ダンジョン入り口へ向き直り──指を鳴らした。

 HP30ATK600。

 これだけあれば8階層のチワワは即死、9階層のチワワでもほとんど瀕死だ。


 大爆発がダンジョンの入り口を襲う。

 まとめて数十匹のモンスターが灰燼と帰した。


「っ、だ、だれのスキルだッ?!」

「ッ、ゆ、指男だッ!!」

「巻き込まれるぞッ!! 離れろッ!!」

「下がれ下がれッ!」


 威力をATK600に固定して、モンスターの群れをまとめて吹き飛ばしていく。

 

 探索者たちは後ろへ下がっていく。

 範囲攻撃とは言え、生き残ったモンスターたちは出てきてしまう。

 なので、取りこぼした細かいのはほかの探索者の方々にさばいてもらう。

 分業体制が自然と出来上がっていった。


 視界の横にステータスウィンドウを開いて置いておきながら、HPが200減ったら左手で左太ももに『蒼い血 Lv2』を打ち、安全に戦う。


 ピコン……ピコン……ピコン……ピコン

 

 めっちゃレベルがあがる。


 殲滅範囲攻撃を続けること10分。

 ようやくダンジョンウェーブの勢いが落ちてきて、やかて数匹がチラホラ出てくるだけとなった。


 流石にATK600だとHPがもったいないと思い、威力を下げて、あとは雑に刻んで倒していく。そろそろ、終わりかな。

 

 そう思った瞬間、何かが視界を横切った。


「指男ォォオ! 避けろォォオッ!」


 言われずとも身を捻って、おおきく上体をそらす。

 身体があった場所を鋭い爪が空振りする。


 見やれば、デカいチワワがいた。

 ゴールデンレトリバーくらいはある。


「あれは11、12、いやそれ以上の階層からあがって来たんだッ!」

「まずい、流石の指男でもまだCランク、格上だッ! 逃げろ! そいつは危険すぎる!!」


 そうかな……みんなが心配してる風にはならないと思う。


「ガルルゥ!」

 

 上体そらし──からの、バク宙返りで、チワワレトリーバーから距離をとる。

 突っ込んでくるチワワレトリーバー。

 ATK600で顔面を爆破する。

 それでも、ひるまずに噛みついてくる。

 なんという強靭力なのだろう。

 スーパーアーマーでも持ってるみたいだ。


 俺はヤクザキックでモンスターの顔を蹴り、押し返して、ふたたび距離を取った。

 後へと下がりながら指パッチンを刻む。


 1回、2回、3回──


 死なない。全然死ぬ気配がない。


「ガルルゥッ!」

「カリバー」


 42回、43回、44回、46回、47回、48回──


 少しずつチワワレトリーバーの動きが鈍くなって来た。

 なおも秒間4回の連続『フィンガースナップ Lv3』を叩きこむ。


 結果、合計でATK2120、HP106分を叩き込んで、ようやくチワワレトリーバーは力尽きた。


「ぁぁ、106かぁ……流石に硬いな」


 暗算しながら、ちょっと熱った指をプルプルと振る。これを何匹も相手にするとなると、HP(弾薬)の減りが早そうだ。


「やばいだろ……なんだよ、あれ……」

「これが上位15%、Cランクと俺たちの差……」

「俺、探索者引退しよっかな」


 まわりの皆が引きつった眼差しを俺へ送って来ていることに気がついた。

 居心地が悪くなり「ケース返してください!」とちょっと上擦った声で消防士からひったくるようにダンジョンバッグを取り返し、俺はバリケードから離れ、人混みのへ逃げこんだ。


 やめてくれよ、その変な人を見る目。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る