Bランク探索者


 ダンジョンウェーブによってダンジョンが封印されてしまった。

 つまり、ダンジョン自体に入れなくなってしまった。


 数日で封印は解除されるとのことだ。


 俺はひとりで怪物エナジーを飲みながら、キャンプの串焼き屋さんのテラス席で、プライムでアニメを見て時間を潰していた。


 ふと、影が視界の隅をかすめ、同時にワイヤレスイヤホンがひょいっと外されてしまう。


 誰だ、このブルジョワ探索者・赤木英雄さまのイヤホンを取る不届きな輩は──と、内弁慶でイキリながら、イヤホン泥棒の顔を見上げる。


「こんなところにいたんですね! 赤木さん!」

「あ、修羅道さん」


 思わずたちあがる。

 修羅道さんは「いえいえ、お構いなく!」と、俺の向かいの席に座って、俺の串焼きを1つ取ってモグモグ食べはじめた。修羅道さんのほうがお構いなしですね。かあいいのでヨシ!


「ダンジョンウェーブの後処理がひと段落したので、報酬をお渡ししに来ました!」

「ダンジョンウェーブって報酬あるんですね」

「もちろんです! 参加した探索者の皆さんに報酬は出ますよ!」


 ドロップした全クリスタルを完全に分配することは困難な為、貢献度に応じて、一定額を分配する方式だそうだ。

 今回の俺の取り分は全体から見て、かなり大きな割合を占めると言う。


 ダンジョン銀行の口座を見る。


 ───────────────────

 ダンジョンウェーブ報酬 +1,205,000円

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 となっていた。

 

 ───────────────────

 ダンジョン銀行口座残高 約1,913,838円

 ───────────────────


 120万?! すごい。めっちゃ貰える!

 

「こんなハイソサエティな額の報酬もらちゃって良いんですか?」

「もちろんです! 実際は、この額でも少ないくらいですよ! 赤木さんは本当によく戦ってくれましたから! えらいです!」


 修羅道さんは「えらいえらい! えらい!」と俺の手をさすさす撫でて来る。

 すべすべしてて、柔らかくて、ちっちゃくて、可愛くて、なんでしょう、こんな幸せ、女の人に触られるのすごく楽しいです(※童貞)


「というわけで、3日くらいはダンジョン突入は禁止になると思います! というか、物理的に入れないです! 指パッチンで突破しようとか、無理なことしちゃだめですよ!」

「しませんよ、流石に。あ、そういえば、訊きたいことが」

「なんですか!

「ダンジョンウェーブってなんで起こるんです」

「海外の学術誌が言うには、ダンジョンの攻略が迫ると、後続を断つという意味で、ダンジョンが内包するモンスターを外界へ放出するんだとか!」

「それじゃあ、最前線の探索者たちがダンジョンボスの部屋を見つけたとか?」

「その可能性が1番高いと思いますよ! このダンジョンも終わりが近いですよ! あと1週間で攻略完了といったところですかね!」

「あ、ダンジョン終わるんですね……意外と早いですね」

「これでも長い方ですよ! 今回のダンジョンはかなりの大物ですから!」


 修羅道さんはそう言って「では、失礼しますね!」とテントのほうへ戻っていく。まだまだ仕事があるらしい。俺と違って忙しそうだ。


「ここにいても仕方ない、か」


 しばらく、ダンジョンには入れない。

 ダンジョンに入りたい。

 ゲームやアニメよりダンジョンにいたい。

 身体がそうなってしまった。

 レベルアップの快楽というのだろうか。

 お金を集めるのが好きなのだろうか。

 自分の気持ちがよくわからない。

 でも、ダンジョンが好きだ。

 

 翌朝。

 

「デイリーミッション」


 ──────────────────

 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『日刊筋トレ:スクワット その2』


 スクワット 0/1,000


 継続日数:19日目 

 コツコツランク:シルバー 倍率2.5

 ──────────────────


 こういうので良い系だ。


 さっさと、こなしてしまおう。


 ──────────────────

 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『日刊筋トレ:スクワット その2』


 スクワット 1,000/1,000


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 先人の知恵B(50,000経験値)

   スキル栄養剤B(50,000スキル経験値)

   スキル栄養剤C(10,000スキル経験値)


 継続日数:20日目 

 コツコツランク:ゴールド 倍率5.0

 ──────────────────


 あ゛ッ゛ッ゛!!?

 来たァァ!!


 皆さん! 来てしまいました!

 ゴールド会員です。本当にありがとうございました。ついに来てしまいましたかぁ!

 

 それでは、経験値5.0倍になってしまったわたくしブルジョワ探索者にしてゴールド会員の赤木英雄が、僭越せんえつながらエナジードリンクも古本もどんどん使わせていただきます。


 ピコン!


(スキルレベルがアップしました)


 ──────────────────

 『フィンガースナップ Lv4』

 指を鳴らしてあらゆる困難を砕く。

 生命エネルギーを攻撃に転用する。

 転換レート ATK100:HP1

 解放条件 ワンスナップ・ワンキルで20万キル達成(または、短い期間に同条件で5,000キル達成)

 ──────────────────


 神。

 ゴールド会員とこれだけで今日満足です。

 ええと、なになに、HP1でATK100出るの? はい、神。SSGSS。

 もう無敵だわ。負ける気がしない。これ100階層までイケるっしょ。


 試し撃ちしたい。


 まあ、ATK100の発火攻撃はシャレにならないので、いくら未開の土地・群馬だろうと、モラルのある模範人間な俺は乱射などしない。


 シャワーで汗を流し、ベッドに身を投げる。


「もうやることなくなった……」


 実家にいれば、がっつりPS5に精を出すのだろうが、出先なので暇潰しもできない。

 俺はどっしり構えて、ゲームを嗜むタイプの紳士なので、モバイル版のゲームはあんまり興味がないのである。


 ゴロゴロして、アニメを見ながらゆっくり過ごすかぁっと思っていると、ふと、エメラルドのブローチが目に入った。


 ああ、そういえば、CランクなったのにSNSに投稿してなかった。


 エメラルドのブローチを撮ってアップする。

 添える一言は「まずひとつ」。

 これは一攫千金を狙う俺にとって、エメラルドのブローチは通過点に過ぎないということを示している。

 

 さっそく、Cランク昇格の投稿にいいね! がついた。

 この人、いつも俺の投稿にいいね! を付けてくれる人だ。


 名前はエージェントG。

 いったい何者なのだろうか。


 あ、コメントが送られてきた。


 エージェントG:快楽主義者


 っ、これは、もしや、俺がCランクにあがって浮かれていることを痛烈に批判してるのか?

 いやぁ〜//// 恥ずかしい、恥ずかしすぎる!

 もうだめだ、開き直らないと、自我を保てん!


 エージェントG:快楽主義者

         何か問題でも?:指男


 うわっ、文面だけ見たら怒ってるリプライみたいになっちゃったよ。

 恥ずかしいし、逆ギレする変な人みたいになっちゃったし、もういいや、消そう……。


 投稿を消して、ベッド上で悶絶する。


 余計なことしなきゃよかった。

 『フィンガースナップ Lv4』分のプラスがこれで収支ゼロになっちゃったよ。


「調子が出ないなぁ」


 指の背中でコインをくるくる回し、アニメを見ていると、ふと、車の広告が流れてきた。


 なんとなく、車とか買ってみようかなという気分になる(単純)

 ホテルを出て、ふら〜っとダンジョンキャンプへやってきた。

 道路脇に停められた黒塗りの高級車が目に入る。

 

 あの車、カッコいい。

 あんな車が持っていたら、修羅道さんをどこかへ連れまわせるだろうか。

 いや、連れまわしてどうすんだ。

 夜景見る趣味もないし、ドライブに憧れてもない。なんなら、家が一番好きだった系の俺なのに。まずい、自分を見失っている。大金を持ったことで可能の幅が広がったせいだろうか。


 黒塗りの高級車から視線を外し、キャンプのなかへ。


 昨日の今日なので、もちろん、ダンジョンは封鎖されたままだ。


「あっ、指男だ……」

「指男……さま……」

「ダンジョンに選ばれし探索者……」


 ざわめきが聞こえる。


「赤木さん! ちょうどいいところに来ましたね! こっちへ! ささ!」


 ダンジョン対策本部のキャンプで、修羅道さんが手招きをしてきていた。とっても可愛いので、すたこらさっさーっと寄っていきます。


「なんですか、修羅道さん」

「朗報です! どうやら、昨日のダンジョンウェーブで赤木さんが活躍したことが本部の耳に届いたらしく、今朝方、本部エージェントがこんなものを!」

「っ、こ、これは!」


 渡されたのは黒い箱。

 高級感あふれるその箱には見覚えがある。

 開ける。ブローチが入っている。シンプルながら、装飾の細かい彫りに目を惹かれる。

 推定2カラットの青の宝石が、深い海の底から注がれる神秘の色彩をたたえていた。


「きっと、本部の方が偶然にキャンプに来ていて、ダンジョンウェーブでの一幕を見ていたのでしょうね! ここから先は真のプロフェッショナルの領域、探索者のなかでも、上位2%だけがたどり着ける境地です! 正直言って赤木さんならAランクの審査も通る気がしますけど……とにかく、おめでとうございます!」


 俺はエメラルドのブローチを返還する。

 代わりにサファイアのブローチを付けた。

 『選ばれし者の証』の漆黒の装飾の隣で静かに青は映える。


 ここから先は上位2%の世界。

 真のプロフェッショナルだけに許された領域かぁ。

 

 指パッチンも進化したし。

 ゴールド会員になったし。

 Bランクになったし。


 今日は絶好調じゃないか。

 新しい階層に行くのが楽しみだ。

 

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