指男の噂 2


 世の中の秘密あるところに、その男あり。

 そううたわれる敏腕記者がいた。

 彼はスクープのためなら、戦場だろうと、深海だろうと、宇宙だろうと足を運ぶと言われている。彼の一眼レフからは、どんなスクープも逃げられない。


 今回、彼がやってきたのは上記のいずれよりも恐ろしい野生の王国──群馬だ。


「群馬、気を抜いたら死ぬな」


 記者は覚悟を決め、相棒の小型一眼レフと、そのほかの記者の7つ道具をコートに忍ばせて、対象をとらえるべくダンジョン財団キャンプへとおもむいた。


 

 ────



 ここは青空ビアガーデン。

 群馬の秘境に突如として出現したクラス3ダンジョン攻略も、そろそろ佳境に差し掛かってきた。

 それでも、ここはビアガーデン。

 酒飲みはいつでもたむろしてる。

 なぜなら、ビアガーデンだから。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「おや、あんたぁ、たしか」


 ビアガーデンの1箇所を指定席のように占有する平均年齢48歳の酒飲み探索者たち──のすこし横、青ざめた顔で怪物エナジーをキメる男がいた。


 彼は机に使い古された一眼レフを置いて、じーっと見つめ、向かい合っていた。

 まるでそのレンズに映る自分が、浮世にさまよう幻影ではないことを確かめるように、水疱のように儚く、ふとすれば消えてしまうことがないように、ひたすらに目を見開いていた。


 そうすることでしか、自分の生の実感を得られないでいるのだ。

 

「財団はあなたが指男に接触したという情報を手に入れた」


 酔っぱらった男はびくりとして、その声の主へ視線を向けた。


 黒いフォーマルスーツ。

 黒いサングラス。

 寒くなってきたせいか、黒いコートまで着ている。

 もうマトリックスに出てきてもなんらおかしくない格好だ。リザレクション。


 彼女の名は餓鬼道がきどう

 下の名前は誰も知らない。


「(なんで)怪物(エナジーで酔ってるの?)」

「怪物? ああ、そうさ、あれはまさしく怪物だった……」


 酔っぱらった男は語りだす。


「あの時の俺はなにもわかっていなかったんだ。意気揚々と、まるで、大きなお魚を釣り上げるために罠を仕掛けて、翌朝その仕掛けを確認しにいくかのようなワクワクした気分で、この血の沁み込んだいにしえの大地へやって来てしまった。もし俺が過去の自分に何か伝えられることがあるとすれば、それは『指男だけには近づくな』だ。俺はもう二度と群馬には来ないだろう。なぜかって? 指男との邂逅を思い出してしまうからさ」


 酔った勢いで饒舌になった男は怪物エナジーをガブガブと飲み干す。

 指男について語った分だけ、自分の寿命が削られているとでも言わんばかりだ。

 

「いいかい、財団のお嬢さん。俺はもう記者じゃない。あんたに最後の記事を届けたら、姿を隠す」


 男は声を潜ませて語りだす。


「俺の調査は2日に渡った。初日、俺は指男について出来る限りの情報を集めた。そこから見えてくる人物像は、好青年然としたものだった。とりたてて、おかしな点もない。2日目、俺は指男を尾行しようと思った。なんで、そんなことを思ったのかだって? 俺は甘く見てたんだ。侮っていた。少しずつ、されど確実に存在感を増しつつある指男の正体を、暴いてやろうってな。これでもそれなりに敏腕記者として名前を売ってきた。だから、出来ると思った。あの時の俺はおごっていた。まるで、狩人が猟銃を自慢げにかかえ、獲物を狩ってやろうと白い歯を見せる時のように、俺は侮っていたのさ。獲物(スクープ)を掴んでやるってな。キャンプで指男を見つけ、そして、俺は一眼レフを100mの距離から構えた。ばっちり映っていた。指男の横顔がな。あとでクソコラして、週刊誌にでも流してやろうとかも考えてた。さあ、シャッターを押すぞ。そう思った時だ。指男と目があったんだ。レンズ越しに」


 男は怪物エナジーをひと口飲む。

 手の震えが激しくなり、口調もたどたどしくなっていく。


「や、やつは、指男は、俺をまっすぐに見つめていた。忘れもしない。あの目。あれは、獲物を狩る目だ。100mも離れていたんだぞ? なのに、やつは自分を探ろうとする俺を見つけた。その瞬間、悟った。指男は探られるのを嫌がってるってな。俺は慌てて逃げだした。100mの距離があった。キャンプは人混みで溢れてる。もしかしたら、俺と目があったのは、見間違いかと思った。だが、やつは追ってきたんだ。俺は夢中になって逃げたさ。そして、群馬という秘境に捕まった(※道に迷った)」

「あなたは間違えた」

「そう、俺は敵を間違えたのさ。気がつけば俺と指男だけが、深いジャングルのなかで鬼ごっこしていたんだ。向こうもこの時を待っていたんだろう。俺を追いかけるのに姿を隠すことなどせず、堂々と歩いてあとをつけてきた。俺はなりふり構わず逃げた。その先で、袋小路に逃げ込んでしまった。振り返れば、指男がいた。そうさ、俺はやつにはめられていたんだ(※道に迷った)。手のひらの上で踊っていただけだったんだ(※道に迷った)。俺は猟銃を持った狩人なんかじゃなかったんだ。俺はその時、死というものをハッキリと感じ取った。指男、何をしてたと思う」


 餓鬼道は生唾を飲みこむ。


のさ」

「ッ!(迫真の表情)」

「そして、やつはコイントスをした。俺はバカじゃあない。その状況で、コインを投じた意味を理解できないやつはいない。やつはあろうことか、人間の命を、コインの裏表にかけて、消すか、生かすかを選んでいたんだ!」

「ッ!(迫真の表情)」


 (私の読み通り。指男は人の命を弄ぶ。いつだって狩る側にいる)


 餓鬼道は無言でつくえをバンっと叩いて先をうながす。

 他人から見れば怒っているようにしか見えない。


「『指男……ッ、頼む許してくれ……ッ、君を怒らせる気なんてなかったんだ……ッ!』、俺は必死に懇願したんだ。そしてたら、やつはなんて言ったと思う……?」


 男は一拍おいて続けた。


「『尾行ですよ、どうもすみません』だ」


(『尾行ですよ、どうもすみません』……、っ、まさか──)


 餓鬼道の頭脳明晰な灰色の脳細胞に、ピカーンとライトニングがほとばしった。


「尾行ですよ、どうもすみません──Be cool or death you. Do not see me……hm(考えなおせ、さもなくば死ぬだけだ。二度と俺について探るな)」


(指男は冷酷な殺人鬼でありながら、コイントスによって、人間の生き死にを選ぶ快楽主義者でもある……間違いない)


 餓鬼道はサングラスの位置を直す。

 うかつな内偵はできない。

 下手に近づけば死体がまたひとつ増えることになる(※まだ誰も死んでない)


「よく話してくれた。ありがとう」

「俺が生き残ったのは運命の気まぐれさ。あのコインが裏をだしていれば、俺はここにはいない……お嬢ちゃんも気を付けるんだな」


 餓鬼道はキャンプを離れて、道路脇に停めていた黒塗りの高級車に乗り込む。

 

「あのぉ……ここ停車禁止なんですけど……」


 警察官が申し訳なさそうに注意してきた。


「I don't speak Japanese」

「日本人ですよね?」

「違います」


 餓鬼道はアクセルを踏みこみ、警察官をふりきった。


 時速80kmで公道を走りながら、片手でハンドルを切り、財団SNSで指男をチェックする。


「っ、まさか、指男……もうこっちの正体を……」


 餓鬼道は思わず赤信号をまえにしてブレーキを踏んでいた。

 動揺からそうせずにはいられなかった。


 昨日、指男が新しいダンジョンバッグを手に入れたとかで浮かれた投稿をしていたので、餓鬼道はとりあえず、いいね! をして軽くジャブを打っていたのだ。

 その投稿が今朝になってのである。


「っ」


 餓鬼道は悟る。


 いいね! でジャブを打ち、試したつもりが、すでに指男はカウンターの左フックを餓鬼道へあわせていたのだ。

 

 投稿が消された理由。

 それはメッセージだったのだ!!


 餓鬼道はこれまでの情報を整理して、謎に包まれた指男の性格を分析する。

 FBI時代に学び、鍛えたプロファイリングが火を噴いた。


 指男は指先で命をもてあそび、コインで生殺与奪を決め、ストイックにひたすらに自分を高める修行僧のような男で、雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体の持ち主であり、表面では好青年という仮面をかぶってはいるものの、時折、その背後に隠された血に乾いた獣のような獰猛さをのぞかせ、自分に近づく者は容赦なく、されど遊びながら追い詰める男──である。


「素人じゃまるで歯が立たない。うかつに近づけば消される」


 餓鬼道はアクセルを踏み込み、時速150kmで降りきった踏切の遮断機を突き破った。


 エージェントGの捜査はつづく──。

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