尾行と恐怖症候群
微睡から浮上すると、すぐに喉がざらついた様な不快感に襲われた。
暖房の効きすぎた部屋の弊害である。
何ということだ。
ホテルが変わったせいで、加湿器の機能が欠如していることを見落とすとは。
流石は群馬。油断すれば命の保障はないということか。
運が良かった。本来なら昨日の時点で俺は死んでいたに違いない。
「ありがとな、『選ばれし者の証』」
最近はなにかイイコトが起こったら、大体これのおかげだと思うようにしている。
顔を洗って、音楽流しながら、デイリーをチェックする。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『名探偵 追跡編』
尾行する 0時間/1時間
継続日数:16日目
コツコツランク:シルバー 倍率2.5倍
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所要時間1時間ですか。
一見して楽そうに見える。
しかし、俺は知っている。
デイリーくんはたいていの場合、サイレントレギュレーションという罠カードを伏せていることを。
想像を絶する困難になる可能性を見越して、俺ははやめにこのデイリーに取り組むことにした。
もちろん、いつでもあの地獄『確率の時間』がはじまってもいいよう、コインを指で弄びながら。
服を着替えて、ホテルの外へ。
キャンプへやってきて、適当な人物を見つけることにした。
尾行する、とあるだけなので、誰を尾行してもよいのだろう。
「よお、指男! 今日もダンジョン潜るのかい! 元気があっていいねぇ、若いのは」
「俺なんて1日潜ったら2週間は休まねえとHPが全回復しねえやい、がははは!」
酒飲み探索者たちに絡まれたので、「あはは」と伝家の宝刀スキル愛想笑いで切り抜ける。
しまった。
わりとここら辺では指男って浸透していたのだった。
となると、俺は尾行できない──ということもない。
俺を知らなそうな人間をさりげなく追いかけてみよう。
ここら辺であんまり見ない顔を選ぶ。
ああ、いた、あんまり見ない人。
ん、なんか今、一瞬だけ目が合ったような気がするけど、
おや、逃げていきますね。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『名探偵 追跡編』
尾行する 0時間0分2秒/1時間
継続日数:16日目
コツコツランク:シルバー 倍率2.5倍
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デイリーが進み始めた。
尾行というからには、あくまで追いかけなくてはいけない。
なるほど。
もう目で見なくてもコインをいじれるようになっていた俺は、適当にコイントスの練習をしながら、ここら辺であんまり見ない人という名の男を追いかけた。
いつの間にか山道へやってきていた。
50分も経つ頃になると、男はこちらをチラチラ振り返りながら、ダッシュで逃げるようになっていた。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『名探偵 追跡編』
尾行する 0時間52分08秒/1時間
継続日数:16日目
コツコツランク:シルバー 倍率2.5倍
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見た感じ気がつかれても尾行してることになってるので、このままいこうと思う。
やり直すの面倒くさいしね。
そのまま、森の奥へ奥へ奥へ。
袋小路へ投げこむ尾行対象。
俺は入り口を塞ぐように立った。
15m先では行き場を失った追跡対象の男性が、あたりをキョロキョロし、そして、俺が袋小路を塞いでいることに気がつき、顔色を蒼白に変えている。
あたりには俺のコイントスの音だけが響く。
少し怖がらせてしまったようだ。
でも、まあ、これでデイリー完了だし、何をするわけでもない。
「
なんかめっちゃ怖がらせちゃったみたいだな。
でも、俺を指男って知ってるってことは、探索者がデイリーに明け暮れてるのも知ってるんだろうな。
「尾行ですよ(デイリーの)、どうもすみません(ご迷惑おかけして)」
そう言って、ペコペコ謝りながら、キャンプへと戻った。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『名探偵 追跡編』
尾行する 1時間/1時間
★本日のデイリーミッション達成っ!★
報酬 先人の知恵C(10,000経験値)
5,000経験値
継続日数:17日目
コツコツランク:シルバー 倍率2.5倍
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無事にクリアだ。
(新しいスキルが解放されました)
おや?
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赤木英雄
レベル69
HP 2,156/2,156
MP 449/449
スキル
『フィンガースナップ Lv3』
『恐怖症候群』
装備品
『蒼い血 Lv2』
『選ばれし者の証』
『秘密の地図』
『ムゲンハイール ver2.0』
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スキルってあとから増えることあるんだなぁ……ていうか『恐怖症候群』って名前がなんか物騒な気がするんですけど。
ウィンドウの『恐怖症候群』を指で撫でて、詳細を開きます。
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『恐怖症候群』
恐怖の伝染を楽しむ者の証。
他者の恐怖を経験値として獲得できる。
解放条件 獲物に死の恐怖をあたえながらも生かす
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いやいや、楽しんでないです。
他人の恐怖を経験値として獲得って、わりと最低なスキルだな。
絶対に俺はこんなの使わない!
つっても俺は模範人間だからな!
修羅道さんが忙しそうに探索者たちをさばいているのをみて、俺も頑張ろうとやる気をもらい、ダンジョンへ入ります。
さて、では『秘密の地図』で今日の狩場をSNSにアップロードしてと。
おお、投稿から10分で、拡散:20 いいね!:69も集まった。
少しずつ指男の今日の狩場コーナーが浸透してきている証だな!
あれ、でも、昨日投稿した「新しいダンジョンバッグ」のひとことで『ムゲンハイール ver2.0』の投稿にはいいね!:2 しかついてませんねぇ……まだまだ、指男自体に興味を持ってくれてる人は少ないってことかな。
「ま、まあ、別に気にしてないし……」
俺はそっと投稿を削除した。
うんうん、俺は別にチヤホヤされたいわけじゃないしね。みんなに役立つ情報をシェアできれば、それで、いいん、だし……ぅぅ……。
ダンジョン7階層まで降りて、少し慣らしてから、8階層へと降りた。
例のごとく、まずはATK320(7階層チワワ、ワンスナップ・ワンキル圏内)で撃ってから、刻んでいく。
結果、ATK 460で焼けた。
消費はHP23。
弾薬的には問題はない。
モンスターの強さ的にも、もう危うさは感じない。
6階層〜7階層のギャップはあったが、速さには適応できた。
近づかれる前に、指パッチンを一撃たたき込むことは、さほど難しいことではない。
ということで、まだまだイケそうな自信と、そろそろ、階層制限が来そうな恐怖とを抱えて9階層へと降りて来ました。
チワワ発見。もうチワワってデカさじゃないけど。有酸素下なせいでぶくぶくでかくなってるけど。まあ……チワワということにしておこう。
さあ、おいでおいで、消し炭のお時間ですよぉ〜。
「ガルルぅう!」
──パチン
ATK460の爆炎がチワワを包みこむ。
同時、黒煙を破って突進してきた。
すごい速さだ。腹にもろに頭突きを喰らった。
視界がぐわんっとまわって、ダンジョンのひんやりした地面を転がる。
「ガルルッ!」
「カリバー」
俺はジュラルミンケースを放り投げ、両手撃ちを解放し、秒間6回の『フィンガースナップ Lv3』の弾幕をあびせた。カリバーで鍛えられた俺の連射力(※指パッチン)を舐めるなよ。
数秒後。
ATK610分のダメージを与えたあたりで、ようやく燃え尽きて、大きなクリスタルをドロップしてくれた。
「初めてダメージ喰らった……」
心配になり、ステータスを開く。
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赤木英雄
レベル69
HP 1,596/2,156
MP 449/449
スキル
『フィンガースナップ Lv3』
『恐怖症候群』
装備品
『蒼い血 Lv2』
『選ばれし者の証』
『秘密の地図』
『ムゲンハイール ver2.0』
──────────────────
ああ、いくら喰らったかわからねえ……。
HP消費して攻撃してるせいだ。
7階層で何匹倒したっけ、8階層では2体……? わからん! 覚えてないよ!
でも、体感的にあんま痛くはなかった。
このHPが1,000を下回っていたら「うっわ、めっちゃ減ってるじゃん!」って感じでヤバかったかもしれないけど、見た感じ、さほど減ってないような気もする。……というか減ってるか? ダメージゼロなんんじゃ……。
でも、速いには速かった。
これはつまり、Lv的には9階層を攻略することは可能だけど、俺の本体スペック(反応速度、リアル経験値、状況対応能力)などがステータスのLvに追いついていないということだろうか。
うーん、悩みどころだ。
体感的には9階層でATK610なら次の階層も行ける気がするが……──。
『警告! 探索者ランクが足りません!』
相変わらず、すぐに来るよな、この警告はよ。
でも、仕方ないか。
ここまで順調すぎるくらいだったし、そのせいで俺自身がステータスにLv負けしてるんだ。
ここら辺で鍛え直そうじゃないか。
その日は9階層でランニング狩場ルーティンを回した。
さて、帰ろうか、といったあたりで『ムゲンハイール ver2.0』を使うことに。
もちろん、なかにはたんまりとクリスタルが入っている。
ここに
試しに『秘密の地図』を入れてみる。
蓋を開ける。
「変わった……? ん? いや、変わってないか……」
クリスタルも減ってない。
なんだ。ダメじゃないか。
俺の推測は間違っていたというのか。
それとも、この進化機能が消耗品で、一品まで進化可能みたいな?
現状では知る由もない。ドクターを見つけたら聞いてみよう。
「赤木さん、おかえりなさい! お疲れ様です! ダンジョンバッグ投稿なんで消しちゃったんですか! 恥ずかしくなったとかじゃないですよね! まさかね、あはは!」
帰ってきてそうそうにグサリッ! やめてぇえ! それは俺に効く! ていうかいいね!してくれてたの修羅道さんだったのか! ありがとう、ちゅき!
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今日の査定
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小さなクリスタル 2,096円
小さなクリスタル 2,609円
小さなクリスタル 2,000円
小さなクリスタル 2,101円
小さなクリスタル 2,093円
小さなクリスタル 2,215円
小さなクリスタル 2,609円
小さなクリスタル 2,000円
小さなクリスタル 2,101円
クリスタル 4,869円
クリスタル 4,963円
クリスタル 5,200円
クリスタル 5,936円
クリスタル 4,869円
クリスタル 4,963円
クリスタル 5,200円
クリスタル 5,078円
クリスタル 7,296円
クリスタル 5,001円
クリスタル 5,963円
クリスタル 5,209円
クリスタル 5,396円
大きなクリスタル 10,725円
大きなクリスタル 10,210円
大きなクリスタル 13,079円
大きなクリスタル 16,906円
大きなクリスタル 14,076円
大きなクリスタル 11,909円
─────────────────
合計 166,132円
ダンジョン銀行口座残高 382,027円
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「大きなクリスタルが6つも! 赤木さんは愛され探索者さんですね!」
「愛され探索者?」
「ダンジョンに愛されてるということですよ! 大きなクリスタルは10階層以降でのドロップ品として一般的には認識されてますから、9階層でめぐり会えるだけでも、幸運なことなんです! それがこんなにたくさん!」
幸運……。
俺は黒いブローチ『選ばれし者の証』を撫でる。お前が引き寄せてくれたのか、ブチ……(名前つけた)
ピコン!
ん?
今レベルあがった?
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赤木英雄
レベル73
HP 1,590/2,960
MP 150/630
スキル
『フィンガースナップ Lv3』
『恐怖症候群』
装備品
『蒼い血 Lv2』
『選ばれし者の証』
『秘密の地図』
『ムゲンハイール ver2.0』
──────────────────
上がっている。
なんでだろう。
モンスター倒した訳じゃないのに。
「どうしたんですか、赤木さん?」
「いや、なんでもないです」
特に気にする必要もないだろう。
きっと判定が遅れただけだ。
──この時の俺は知る由もなかった。どこかの誰かを追い詰めた結果、『指男』に関する身のすくむような暗い恐怖の伝染がすでにはじまっていようことなど。
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