第3話「銀髪金眼の貴公子現る!」ヒロイン視点

「魔王がいない……倒されたのか?」


魔王の部屋に凛とした声が響く。声がした方に目を向けると銀色の長い髪に金色の瞳の見目麗しい青年が立っていた。


「魔王は倒されているし、モンスターが集まってはしゃいでいるし、可愛らしいお嬢さんは柱に縛られているし、いったいこの部屋で何があったのかな?」


銀髪の美青年は黒のジュストコールを華麗に着こなし、身長の三分の二はありそうな長剣を背負っていた。美青年が洗練された身のこなしで優雅にこちらに向かって歩いてくる。


な……! なんですかこのゴージャスなお方は!!


なぜ魔王城の最深部にこんな見目麗しい青年が!


今までグレゴアが一番の美形だと思っていたけど、銀髪金眼の彼に比べたらグレゴアなんて鳳凰ほうおうの隣にいるアヒル、ドラゴンの足元にいるゴブリン! レベルが違いすぎるわ!


青年は私の前まで歩いて来ると、長い爪を振るい縄を切ってくれた。間近で見た青年の爪は異様に鋭く、耳も尖っていた。


よく考えたら魔王城の最深部に普通の人間が単身でたどり着けるわけがない。目の前にいる目の覚めるようなイケメンさんはいったい何者なの?


「大丈夫ですか? 麗しいお嬢さん」


青年が優雅なしぐさでひざまずき、私の手の甲に口付けを落とした。

 

はわわわわ……! イケメンさんに手の甲にキスされてしまった!! 麗しいお嬢さんって私のこと……?! そんなこと言われたの初めてだわ!


「へっ……、平気…れしゅ……!」


かっ、噛んだ! 


「平気れしゅ」ってなによ、かっこ悪い!


し、仕方ないわよね! この世のものとは思えない美形を目の前にしたら緊張して噛んでしまうものよね!


「私の名はフィリップ、大魔王をしています」


「あっ、これはどうみょ……わたしゅは聖女えるにゃ」


また噛んだ! 「エルニャ」って誰よ! 我ながらダサいなほんと!


そんなことより、この麗しい青年の名はフィリップ様とおっしゃるのね! 美しい人は顔だけでなくお名前も美しいわ!


じゃなくて…………今なにかもっと大事なことを言わなかった?? 【大魔王】とかおっしゃいませんでした??


「フィリップ様は大魔王なんです……か」

「お久しぶりですね、エレナ。再会して早々なんですが、私と結婚してください!」


私の言葉が言い終わる前にフィリップ様が自身の言葉を被せてきた。


はい喜んで! グレゴアに婚約破棄されたので今フリーです!


いやいやそうではなくて! 相手は大魔王よ! 人類の敵よ!


絶世の美男子でも相手は人類の敵、魔王より格上の大魔王、そんな方と結婚する訳にはいかないわ、怒らせないように丁重にお断りしなくては。


それにしても【飲めるラブ非常灯】の効果はすごいわ、人類の敵でたある大魔王すらとりこにしてしまうなんて。 


「ひゃい、喜んで……!」


なのに私の口から出てきたのは了承の言葉だった……。


というか断るなんて無理!! この世のものとは思えない超絶美系の青年に、お目々をキラキラされて懇願されたら断れないでしょう!!


えっ? グレゴアのことが好きだったんじゃないのかって……? 隣国の皇女と結婚するために婚約破棄を宣言して、元婚約者を魔王城の最深部の柱に縄でぐるぐる巻にして、怪しげな薬を飲ませておとりとして置いてくようなゴミクズの存在なんか、とっくの昔に忘れたわ。


「ありがとうエレナ! 嬉しいよ!」


フィリップ様がニッコリと微笑み、私をお姫様抱っこしてくるくると回りだした。


フィリップ様の笑顔拝顔させていただきましたーー! 超絶クールなお方がニッコリとほほ笑まれる瞬間を間近で目にしてしまいました!! 胸のときめきが止まりません!!


あれ? でもどうしてフィリップ様は私の名前を知っていたのかしら? 私自己紹介するとき緊張して「エレナ」を「エルニャ」と言ってしまったのに?


それにフィリップ様がおっしゃっていた「お久しぶり」「再会して早々」……ってどういう意味? 私、前にもフィリップ様に会ったことがあるの? そんなはずないわよね、相手は大魔王だし、聖女になるまで田舎の村に住んでいた私と接点があるわけがないわ。


「エレナ、愛してる!!」


フィリップ様に熱い口づけされて、そんな疑問は雪のように溶けて、忘却の彼方かなたに消えてしまったのでした。














それから私はフィリップ様と結婚して、フィリップ様の手下のモンスターたちにも懐かれて、魔界にある大魔王の城で幸せに暮らしています。


【飲めるラブ非常灯】の効果については、フィリップ様には話していない。


【飲めるラブ非常灯】の効果で、相手を惚れさせたことには罪悪感を覚えるけど、本当のことを話してフィリップ様に幻滅されたくない。


魔王の部屋に【飲めるラブ非常灯】の瓶が落ちていたけど、フィリップ様に【飲めるラブ非常灯】について問われたことはないし、多分フィリップ様には【飲めるラブ非常灯】の存在は気づかれていないはず。


【飲めるラブ非常灯】の効果を利用して、私はフィリップ様にお願いした。「私が生きている間はモンスターたちに人間を襲わせないで」と、フィリップ様は笑顔で了承してくれた。


【飲めるラブ非常灯】の効果で自分に惚れてる相手に、己にとって有利な約束をさせるのは卑怯かもしれない。


例え卑怯者とそしられようとも、人間の世界の平和には替えられない。


【飲めるラブ非常灯】の秘密は墓場まで持っていきます、罰は死後に受けます。


ごめんなさいフィリップ様、私の寿命が尽きるまでの間、私の恋愛ごっこに付き合ってください。


パパ、ママ、神父様、村長様、村のみんな、村に帰れなくてごめんなさい。パパとママが余生を穏やかに暮らせるよう、健康に気をつけて、出来る限り長生きして、人間界の平和を守るから許して、これが私に出来る精一杯の恩返しです。

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