宣伝する彼女(人)

キャロットケーキ

第1話

「いらっしゃいませ!どうぞ!見て下さい!」

華やかな柄のワンピースで バッチリお化粧をした大柄の美知子さんは 個展会場入口で 朝一番のお客様を迎え入れている。

「私は近くで お好み焼き屋の“山ちゃん”をやっています!!」三人連れで 賑やかに入って来られた女性客に向かって 大声で話し掛けている。

「こちらの作品を造られた先生ですか?」

三人共 話しを止めて 声を掛けた方へ 一斉に顔を向けた。

「いいえ 先生は奥に居る人です。」と真弓を指差して答えた。

「まあ!貴方が先生かと思いました!元気の良い方ねえ!」さざめきながら最初のお客様が入って来られると その声に引き寄せられたようにつぎつぎに 入って来られるお客様。



前もって個展のお手伝いボランティアを募った時、入ったばかりで新人のお弟子さんなのに、真っ先に手を挙げて 「お手伝いします!」 と申し出て下さったのは 自分のお店の宣伝をする為だったの!?

毎回お手伝いをして下さるお弟子さんは

「お客様とお話ししたり、作品の造り方を説明するうちに 意外な気付きが有ったり、解らない時は 先生が引き取って答えて下さるので、とても勉強になります。」

「何より 会場の華やかな雰囲気が 非日常で楽しいです。」等と言って下さる方が殆んどなのに

この方は‥‥‥‥‥‥‥‥。



そのうちに 隣の県から通って来ているお弟子さんが、三台の車に分乗して、ご家族や友人と大勢で入って来られて、一気に忙しくなった。いつもこうして盛り上げて下さって 感謝しかない。

今が午前中のピークだ。


真弓はお客様のお相手に、お弟子さん達はコーヒー運びに、慌ただしく時間が過ぎて行く。

真弓は彫金と七宝焼(求められれば洋裁も)の教室を数ヶ所持つほか、たまに注文品やリフォームもしている。又、作品が溜まると 時々個展を開いている。

今回は「蔵」をリフォームした 風情有るギヤラリーを借りて 一週間の会期で行っている。

案内葉書のデザインと文章を決めて、印刷所に手配する事から、毎回来て頂いているお客様や友人、知人に葉書を出すのは勿論、新聞の「今週の催し」 コーナーに載せて貰ったり、地域情報誌に連絡して、初日取材に来て貰ったり、経費の面も考えて 全て1人で準備している。案内葉書は お弟子さん達にもお願いして、行きつけのカフェや美容院に置いて貰ったり、お友達に手渡しを お願いしている。

個展前日には 作品搬入、(重い作品は父に運んで貰う) 飾り付け 、ところどころに生花を活けたり、母の友人の書道の先生に書いて頂いている看板を置いたり、忙しい事 このうえ無いが 充実した楽しい 一日でもある。



初日の朝は 、 沢山来て下さるかしら?ご覧頂いたお客様は どんな反応をされるかしら?とドキドキしながら待つのである。

真弓はいつも サッと口に出来る 一口お握りや簡単な惣菜を入れた お弁当を持参しているが、お手伝いの人には お昼前から 「順次ランチに行って下さいネ、何か買って来ても良いですよ。」

とポチ袋にランチ代を入れて渡している。

午後、お客様が少し途切れた頃 離れた場所に美知子さんを呼んで、「ここは私の個展会場なので、お店の宣伝は止めて欲しいのですが‥‥‥‥」とお願いすると プンと口先を尖らせて 「どうしてですか?別に迷惑は掛けて無いですが!!」と逆切れされてしまった。



次の日からも 彼女は会期中毎日、お昼前頃から午後早い時間迄“手伝い” と称して 通って来られた。

そして お客様を見送りながら、そっと自分のお店の割引券を渡していた。彼女のお店は、土日祝を除いて 平日に開けていて、夫婦とアルバイトの女性一人と三人で回しているから、 平日のお昼時は忙しいはずなのに?‥‥‥‥‥まさかランチ代目当てでは無いと思うけれど。



美知子は、この先生は何かどんくさいなぁ~と思う。大きな家に住んで、親は裕福らしいけど、どこかすましていて、どうもいけ好かないタイプだ。東京帰りらしいし、それらしい言葉遣いだけど、私だって少し前まで、東京で生命保険レディーとしてバリバリ仕事をしていた。歳老いて一人になった母親の世話をする為に、大好きな東京を引き払って、実家の跡地で夫とお好み焼きの店を始めたのだ。もともと亡き父親がうどん屋をやっていて、店が忙しいので幼い自分の世話に子守

りのおばさんを雇ってくれていた。私も十分お嬢さん育ちのはず。

考えるとイラッとするけど、七宝焼を続けるには他に教えて貰えそうな人は居ないのだから、我慢して通うしかないと腹をくくった。



彼女が入会して来た時、丁度、古くから居る大山さん達お弟子さんと同席する時間帯だったので、後に「派手な人が入って来ましたね!」「態度も身体もデカイ!」と言った。確かに朱赤のスーツにショートの髪、言葉遣いも 失礼で 珍しいタイプのお弟子さんだなぁ と思ったけれど、教室を開いている限り 入会したいと言う人に、気に入らないから断わると言う訳にはいかない。

後々大きなトラブルを起こさなければ良いけど、杞憂である事を願った。

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