第十七話
ギルドを出て、アレクたちを追いかける。
俺が追っていることは気が付いているはずなのに、アレクの足は止まらない。
昨日はあんなに機嫌が良かったのに、なんでだ。
その辺りの機微に疎い自覚はある。自分が子供の頃は周りは大人が殆どだったし、今だって子供との縁はどうしようとも距離があるものだ。
でもアレクの気持ちはある程度理解できていると思っていたのだが、実際は難しいものだと痛感する。
何の依頼を受けたのかくらい聞いてくればよかったと、俺は後悔した。
E級の依頼なら若草の草原か、行っても新緑の森の浅いところまでだろうが、身に余る内容のものは受けていないだろうか。二人だけで大丈夫な内容だろうか。
反抗期はなんでも自分でやりたがるものだと、以前ラインハルトの言っていたことが頭を過ぎる。あまり構いすぎるなよ、とも。
我ながら過保護なのだろうなと自嘲気味になるものの、メディアナの言葉が思い出された。
――何を持たせたって、何をしてあげたって、心配だもの。
そうだ、そうだな。
反抗期がなんだ。心配して何が悪い。
お前が嫌がったとしても、決してやめてはやらないぞ。
開き直った俺は諦めず、かと言って追い縋ることもせず、一定の距離を保ちながら付いて行くことにした。
何も近くで見守ることが全てじゃない。距離があったって、この程度なら苦でもない。緩く気配隠蔽と身体強化をかけておけば、二人の邪魔にならずに万が一の時は助けられる。
まずはそこからだ。
俺だって甘やかしたいわけじゃないからな。
そんなことを考えながら、二人の後を付いていった。
中央大通りから南へと通りを進む。
グリュンフェルトの街は、徐々に活気を見せ始めていた。店や露天が営業をし始め、通りにも人影が増えていく。
まだ人が溢れていないことは幸いだった。もし午後、更には夕刻であれば、背の伸び切っていない二人は人波に埋もれていたことだろう。
ちらちらとこちらを振り返るエルと視線を交わしながら、南へ続く通りを抜ければ南門へと到着した。
ここからグリュンフェルトの外へ出れば、広い街道が大陸南部へ向けて伸びている。多くの商会や旅行者が利用する街道だ。
この街道を道なりに南へ進めば、いくつかの交易都市を経て、南の大国レオミュール王国との国境へ到達する。途中の都市を東へと向かえば、大陸東部に位置するローザルバ王国やキュアノス連邦共和国へと足を伸ばすことができた。
西門からも同規模の街道があり、こちらはサフィラ教国の南部主要都市へとつながっている。北方へ抜ければ、ヴォールファルトの各都市へと向かうことができる。
これらのことから、グリュンフェルトがヴォールファルト王国にとって重要な都市の一つであることが窺えるだろう。
通りを抜け門が近づけば、二人はいくつかある検問所の一つへと向かっていく。
今日からは、住民や滞在者用の検問を通って、町の外に出ることになる。
新規滞在者も、身分証があれば問題ない。顔見知りなど、視線を交わすだけでよいようだ。
形骸化しているようにも見えるが、悪意を気にしては何もできない。悪用を前提では武器や薬品などを売れないのと同じだ。利便性を重視することは必要なんだよな。
俺は冒険者証を提示しつつ、二人を追って門を出た。
アレクたちは、街道を少し行ったところで東に折れた。
そのまま進めば、『若草の草原』と呼ばれる大きな草原地帯に出る。大陸中央南部の平野部に含まれる平原だ。
膝丈ほどの草むらから始まるこの広大な草原は、開けた場所や小さな丘を多数有しており、柔らかな風の抜ける心地よい場所だ。夏の初めである今は、春の残した花々と夏へ向けて伸び始めた青々しい新緑が美しく彩っていることだろう。
生息する魔物も多く、兎やネズミ、イタチから、狼、羊、野牛など大小様々。トカゲや蛇、カエルの類などもおり、草陰だけでなく美しく流れるいくつかの川でも姿を見ることができる。そこでは、川魚も得られるはずだ。
草原の周りには森が広がり、草原とはまた違う動植物が生息している。草原にも姿を見せるため、得られるものは豊富だ。特に森から飛び立った鳥類は、狩人や冒険者たちの良い獲物になっている。もちろん限度はあるが、材木にも困らない。
特に『新緑の森』と呼ばれる土地は、常に瑞々しい草木が生い茂り、精霊の加護により緑が守られていると言われている。その自然から得られるものや草原へと流れ出る恵みは、とても歓迎されていることだろう。
グリュンフェルトが重要視されているのは、こういった環境も理由の一つだ。
初心者の冒険者は、この草原にて薬草香草をはじめとする素材を集めたり、草食系や小型中型の肉食系の魔物を討伐したりするのが慣例だ。
多分に漏れず、二人も若草の草原から始めるようだ。
草原の北側を東へ抜ける街道を進んでいた。
馬車がかろうじて通れる脇道が森の方へと分かれている。このまま進めば村などにつながっているのだろう。
こういった形で、この草原を走る街道は町や村を繋いでいるのだ。
二人は脇道を気に留めず、草原の様子を窺いながら道を進む。
暫くすると、大きな黒翼を羽ばたかせシュヴァルツが降りてきた。
アレクの左腕に止まる。そうして、草原の中程へ顔を向けると小さく鳴いた。
その仕草は獲物を知らせるもので、辺境でも行われていたやり取りだ。
アレクは手慣れた様子で褒美の干し肉を与え、再び空へと舞い上がらせた。シュヴァルツは澄んだ青空を優雅に羽ばたいていく。
少し離れたところから見るその洗練された様は、アレクの成長が見て取れて、俺にはとても感慨深かった。
アレクは草原を指しながら、エルに声を掛けた。
「南、中型が五体。多分、狼だな」
範囲探知をしたのだろう、アレクが視線の先の草むらを見つめ数を当てる。
範囲探知は、周辺の自然魔力や薄く広げた自身の魔力を使って、範囲内の魔力をはじめ生命や魔法物質を探したり調べたりするものだ。魔法でもスキルでも行えるが、精度や範囲には技術が必要で、使える者は重宝される。
アレクは訓練の結果、かなりの広範囲で探知が可能だし、精度もなかなかだ。とくに相性の良い光や風のあるところでは、かなりの精密さを有する。
「グレイウルフかな? 毛皮と牙が素材として喜ばれるから、きれいな状態で持ち帰るのがいいね」
「肉はシュヴァルツにやる」
「じゃあ、尚更頑張らないと」
そんな会話をしながら、子どもたちにとっては少し高い、膝上くらいの草を分け入っていく。
なるほど、グレイウルフの討伐依頼を受けたのか。確か、常駐依頼にあったはずだ。もしくは、それのために狩っておこうという算段か。
グレイウルフは、森に住み草原を狩り場としている中型の魔物だ。グリュンフェルト周辺では、街道にまで出没するため、定期的に間引かれている。小規模から中規模の群れで活動するため、舐めてかかると被害につながりやすい。
駆け出しを抜けた低ランクの冒険者たちが、パーティで挑むのに向いている魔物だと思う。
まさか最初に肉食系の討伐依頼を受けたとは思わなかったが、アレクにとっては辺境で散々慣らしたことだ。
エルとて、アレクとともに騎士団の演習として魔物討伐に参加したこともある。
問題ないだろう。
安心した心持ちで彼らの後を付いていく。気配隠蔽を忘れずにかけ、二人の足を引っ張らないよう注意した。
本当は飛行の魔法で上から見守ろうかとも思ったのだが、あまり目立つ行動をしていてはよろしくない。二人に嫌がられるだろうしな。
それに、変に多数の魔法を使ってしまっては、精霊に警戒されやすい。
草原や森は自然が溢れており、いろんな精霊が姿を隠して漂っている。辺境の森では起こり得ないことだ。あそこは魔族領が近すぎて、精霊たちが住みづらいからだ。
姿隠蔽をしながら飛行などしてしまっては、不自然さを精霊たちに警戒され、新緑の森にあるエルフの里から調査に出てくる者も現れるかもしれない。
森里に呼ばれるのは、もう少し余裕が出てからにしたいところだ。しばらく帰してくれなくなるだろうから、色々なことに支障が出てしまう。
そんな理由で、俺も追いかけるように草むらへ分け入った。
数分も進めば、前方から気配が感じられる。
確かに五体、アレクの言っていたとおりだ。それ以外の気配は感じられない。おそらく小さな群れなのだろう。
狼たちも既に二人の気配を察知しており、身を低くし、小さく威嚇の唸りを上げている。
通常の狼よりも一回り、いや二回りは大きな体躯。四肢も逞しく、力強く大地を踏みしめていた。
後頭部から首周りの毛は少し毛足が長くなっており、黒が混ざっている。頭から背を通った一本線にも見える黒い毛並みは太い尾へもつながっており、尾先へ向かえば、まるで黒く変化が始まっているように見えた。
灰色の狼は動物にもいる毛並みだが、グレイウルフのこの黒染まりは、混沌の魔力に侵された故だとも言われている。
鋭い眼光は、現れた者たちへの警戒と敵意が表れているようだ。青みがかった鈍色の瞳の奥には、敵対心が色濃く燃える。
太くがっしりとした印象の口先からは、唸り声とともに鋭い牙が覗く。いつでも交戦できるという意思表示なのだろう。
怜悧な音とともにロングソードを抜いたアレクは、静かに駆け出した。
足にまとわりつく草を物ともせず、素早く駆け寄り一閃する。
急襲に晒された一匹は、横薙ぎに斬りつけられ、一声鳴いた。そのまま、奥へ身を転がす。
アレクは、もう一匹を切り払いながら、転がりから起き上がろうとする個体の首元に刃を突き刺し絶命させた。苦しげな唸りだけが耳に残る。
それから強く走り出して剣を引き抜き、続け様にもう一体へ、首を落とさんばかりに打ち下ろした。
アレクの猛攻を受け、エルの方が脅威ではないと思ったのか、二匹の狼が彼を取り囲む。群れならではの連携だ。
その交互の飛び掛かりを躱したエルは、身をひねりながら獲物を振るった。
小柄なエルが持つには無骨なそれは、見事に頭部を殴打し、高い断末魔を上げて狼は横倒しに転がって跳ねた。
身の丈近い長さの柄に、人の頭程もある
あまりにも似合わないそれを、身体強化とともに打ち下ろす。
これがエルの戦い方だ。
普段の彼からは想像もつかないが、正に苛烈を継ぐに相応しいものであった。
エルがニ匹目を打ち据える頃には、最後の一匹もアレクによって片付けられていた。
魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。 @blaumond
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます