第十四話
全員の様子を認めた後、こくりとうなずいてエドは話し始めた。
「まず、一番大事なことを伝えておくな。びっくりしすぎて目玉溢すなよ」
「なになに、勿体ぶるじゃん」
「それくらい大事なんだよ。一応ギルドの上の方は知っているが、それ以外には他言無用だ」
興味津々なミリアの茶々にぴしゃりと返し、エドワルドは念を押す。
向こうの三人は顔を見合わせた後、こくりとうなずいた。ミリアは更に数回繰り返す。
「いいか、よく聞けよ。ヴァルさんはな」
エドワルドに視線が集中する。
エドは一瞬だが俺の表情を確認し、言葉を続けた。
「――今代の勇者ヴァルなんだ」
その言葉を聞いて、三人が一斉に俺を見る。ミリアなんて、目玉が零れ落ちそうなくらい目を見開いていた。
数回の瞬きの後、わっと三人娘が俺に向かって体を乗り出す。
「えええええ! ゆゆゆ勇者ってあの勇者なの!?」
「まぁ勇者様……! あぁお会いできて光栄でございます!」
「ほんもの、本物の勇者様……!」
それからわたわたと立ち上がって、三者三様の言葉を以て俺に詰め寄る。
傍にいたアレクとエルは、危険を感じたのが少し距離を取っていた。
「歓迎してくれるのは嬉しいが、三人とも些か飲み込みが良すぎないか……?」
そうだ。
勇者だと紹介されたところで、誰がはいそうですかと信じられるだろうか。
特に俺が成した討伐は、もう十五年も昔のことだ。どれだけの人が覚えている、どれだけの人にとって事実であろう。
そう思う俺に対し、モニカがゆったりと頭を振った。
「エドが言うことです、信じますわ」
モニカがふふっと品良く、そしてエドへの信頼を感じさせる笑顔でしっかりとうなずいた。
エドワルドは、少々口は悪いがお人好しで不必要に謀ったり陥れたりしない。それを彼女も重々承知しているのだろう。
「わぁー、ご利益とかないかしら!」
そう言いながら、ミリアはこちらへ手を伸ばし俺の体を撫で回した。
なんか、すごく距離が近い子だな。
俺が慄いていると、慌てて駆け寄ったエドがミリアを引き剥がす。
「ミリア、失礼なことすんな!」
「いいじゃない、減るもんじゃなし!」
「減るに決まってるだろ!」
腕を引っ張るエドワルドに、果敢に抵抗して頬を抓るミリア。二人の様子を見ると、彼女の距離感の近さは理解できるな。
そんな二人を尻目に、メルフィナは俺に対し丁寧に一礼した。
「ヴァルさま。あなたのお陰で、私はテネブラエ山の氾濫から生き残ることができました。感謝しております、とても言葉では語り尽くせません」
更に一度、今度は深く深く頭を下げた。
それを聞いた俺は、少し目を瞠る。
――テネブラエ山の氾濫。
もう十年以上前の話だ。
混沌の魔力が溜まりに溜まったテネブラエ山から数多の魔物が溢れ返り、ヴォールファルト王国との国境へと押し寄せたのだ。前代未聞の大規模なスタンピード。
魔王を討って役目を終えていた俺は、ヴォールファルトの軍とともにその氾濫を抑えるべく前線に立った。あれは正直、魔王討伐よりも大変だった。倒しても倒しても押し寄せる魔物たちを退けるため、随分と無茶をしたのだけは覚えている。
たしかエドワルドとラドウェルは国境の領土出身で、氾濫に合わせて辺境から避難してきたのだったが――。
「メルフィナは、同郷なんすよ。近隣の町の生まれで」
「そうか。メルフィナ、君が無事であったことを心から喜ぼう。我が力が君を救う一端になれたのであれば、俺としても本望だ」
俺の言葉を受けた彼女の笑みは穏やかで、今の彼女があの氾濫から立ち直っているのだと感じさせてくれた。
俺の関わったことが少しでも人のためになっているのであれば、俺の中の色々なものが浮かばれる気がする。
「勇者様の話は後でたっくさん聞くとして、このかわいい子たちは誰?」
いつの間にか回り込んでいたミリアは、後ろからアレクとエルら二人の肩に腕を回す。
たくさん聞かれるのか……。面白いことなんて何もないぞと思いつつ、彼女の大らかさは気を回してくれている結果なのだろうと思い至った。
新たな目標に据えられた二人はというと。
エルは焦げ茶の瞳をぱしぱしさせながら、ミリアのテンションを何とか理解しようとしているようだ。アレクの方はもうどうしていいか分からないと言った顔で、視線で俺に助けを求めていた。
「二人は……、あー、ヴァルさん、どこまで話していいんですか」
「なら、俺が説明しようか。二人は『
「ちょっとヴァルさん! アタシたち、もうパーティメンバーでしょ」
遮るように言うミリアがにししと笑う。
そうか、そうだな。
「『我が燈火』で面倒を見ることになった新人冒険者の、アレクとエルだ。二人も皆に挨拶を」
二人はミリアの両脇からうなずき合って、自己紹介を始めた。
もちろん、ミリアには捕まったままだ。
「僕はエルと言います。今まではサフィラ教国の神殿本部に住んでいて、今日からはここでお世話になります。よろしくお願いします」
「アレクだ。いつもはヴァルの世話になってる。これからよろしく頼む」
「かわ、かわかわ、かっわいいー。二人ともお利口さんじゃん!」
そう言って、二人の頭をわしゃわしゃと撫でるミリア。
彼女は、アタシはミリアだよ、よろしくねと愛らしく八重歯を見せた。
明るいミリアと大人しい印象のメルフィナとモニカ。ここにはいないが戦士のラドウェルもミリアに近い質だから、エドワルドが緩衝材や橋渡し役となってバランスが取れているのだろう。メンバー同士、親しくできているというのは良いことだ。
そう感じて暖かい気持ちになった。
そこで俺は気が付く。
四人、四人だってエドは言っていた。
「なあ、エドワルド。ラドウェルはどうしたんだ」
俺は思わず尋ねる。
その質問に、エドワルドの方が驚いて返してきた。
「え、連絡行ってないんですか? ラドの奴、一番にヴァルさんに知らせたって……」
「いや、何も聞いていない。何があったんだ」
俺の様子に焦りを感じたのだろう、エドは安心させるように笑う。
「いつも通りぴんぴんしていますよ。去年結婚して、専属冒険者に転職したんです」
そうか、よかった。俺は心から安堵した。
冒険者には危険がつきもの。万が一があったとしたらと肝が冷えたが、杞憂でよかった。
「ギルド経由で手紙を出したって言ってましたけど……。たぶん来週、ギルドへ定期報告に来るはずなんで、その時に捕まえましょうか」
「ああ、是非。俺も久方ぶりにラドウェルに会いたいところだな」
ラドウェルの安否も確認したところで顔合わせは一旦終わりとし、各自に部屋を割り振ってもらった。住むかどうかの最終決定は後日として、今日から数日は滞在させて貰えることになったのだ。
エドワルドに礼を伝えると、「今まで俺がしてもらったことに比べたら、少しも返せてないですよ。覚悟しておいてくださいね」と愉快そうに笑っていた。
その日の夕飯は、モニカたちが作り始めてくれていたものに、俺たちの分も追加で作ることになった。肉が足りなそうだというので、インベントリから辺境の森で狩って捌いておいた鹿肉を取り出すと、大変喜ばれた。
エドからは熊の干し肉を摘みに欲しいと言われ、それも出してやる。「ヴァルさんなら絶対持ってるって思ってました」と嬉しそうに笑いながら細く割いていたので、俺の分も割いてもらえるよう頼んだ。
俺たちも食事の準備を手伝おうとしたが、「今日はお祝いの席なので、お手伝いはさせません」と畏まった口調のミリアに阻まれる。
メルフィナもモニカも賛同するものだから、そのまま言葉に甘えることになり、男四人はダイニングに押しやられた。
アレクとエルは、荷物を解くと言って一旦部屋に戻った。
俺は解くほど荷物がない。エドと一緒に食器を出したり干し肉を割いたりして待った。
調理が終わり運ばれてきた食事は、とても豪華なものだった。
肉料理も野菜料理も大皿にたくさん盛られており、それを皆で取り分けて食べた。
アルクは、茹でた細い野菜を肉で巻いて焼いたものを食べながら、これ今度作ると俺に伝えてくる。楽しみにしていると返すと、嬉しそうに微笑んだ。
エルは白いソースがたっぷりと乗ったグラタンが気に入ったらしく、何度も皿に盛って食べていた。
俺はというと、ベーコンとチーズのパイやハムを摘まみながら酒を口に運んでいたら、横からアレクが俺の皿に野菜を運ぶ。アレクが「ちゃんと好き嫌いせず食え」と言うと、モニカとメルフィナがアレクくんはしっかりしていますねと微笑んだ。ミリアは「アレクお父さん!」と笑っていた。
騎士団の連中と飲みに行ったりはするが、そういうこと以外で大勢でテーブルを囲むのは久方ぶりだった。俺自身もとても楽しく食事ができたと思う。
珍しく酒が進み、エドワルドと飲み比べて当然のように勝った。エドにお酒で勝てる人がいるなんてと、お嬢さん方三人は驚いていたが、まあ耐性は俺の方が上なので当然だったが黙っておいた。
エドワルドが食べきれなかった干し肉は、俺の腹に収まった。
食事も酒席も終わり、俺がエドワルドを部屋に運んでやる。
エドワルドを酔い潰れている状態で放置するのは心配だったので治癒をかけてやると、目を覚ましたエドは「ヴァルさんがいると酔えるまで飲めるんで嬉しいです」と言って笑った。俺もだと伝えたら「そう言ってくれたら、俺嬉しくて泣いちゃいますよ」と少し潤んだ目を綻ばせた後、ゆっくりと閉じた。
シーツと毛布をかけてやり、魔導具を操作して灯りを消す。その頃にはエドの静かな寝息が聞こえていた。
音をたてないように扉を閉め、俺も部屋へと向かう。
俺に割り当てられた部屋は昔使っていた部屋で、家具は変わっているものの配置は同じ、埃もなく綺麗にされていた。
案内された時、中を確認して思わずエドワルドを見たが、あいつは何も言わずただ微笑んでいた。
そういうことがあったものだから、今の俺は程よく酒が回り、気分もいい。まあ、実のところは、魔法で抵抗力をがっつりと下げてるから酔えてるだけなんだけどな。ちょっと物悲しい事実はあるけれど、今晩はこの酔いのまま寝たいと思った。
ただ食事が終わった時点で部屋に戻った子供たちが気になるところで、様子を見に行くことにした。
二人は二つベッドが置かれた部屋に割り当てられた。二人部屋なら安心だろうと配慮してもらったのだ。今日は色々あったから疲れて寝てしまっているかもしれないが、見ておきたいと思ったのだ。
庭にある小さな厩舎に置いてきたシュヴァルツの様子も見てやらねばな。厩舎も清潔さが保たれており、どうも庭はメルフィナ、各所の清掃はモニカの趣味――そう彼女は趣味だと言い切っていた――だそうで、普段使わないところも綺麗にされていて驚いたものだ。
餌も水も与えてはあるが、初めての場所だ。こちらも気にかけてやりたいのだ。
まずは、部屋着寝間着兼用の薄着に着替えることにする。
インベントリから必要なものを取り出して、着替えていく。脱いだものはそのままインベントリに入れておけば、散らかりようもない。明日にでも整理はしなくちゃならないが。
手際よく準備を終えた俺は、軽く羽織るものを手に部屋を出ようと扉へ足を向ける。
丁度その時、部屋の扉がノックされた。
誰だろうと思い返事をしながら扉を開けると、アレクが一人立っていた。袖が少し短めのチュニックに、柔らかいズボンを履いている。俺が寝巻用に持たせたものだ。
アレクは、少し俯き所在なさげにぽつんと立っていた。
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