第十三話
六年ぶりに訪れた『
中央の建物は、柔らかな色合いの白の漆喰壁に、赤褐色の屋根。並ぶ窓はきれいに磨かれ、低く射し込む橙色の光を反射していた。この周辺は小高くなっていることから、二階からは街を一望できたはずだ。
煙突からは煙が上がり、夕食だろういい匂いも漂ってくる。
入口に目を向けると、暗めの焦げ茶の扉に木製のプレートが掛けられていた。
夕日に佇むそれは、まるで絵本や物語に描かれていそうな可愛らしく暖かな家だった。
「本当に、ここか……?」
「なんすか、建物は変わってないでしょうに」
俺は思わず、へらっと笑うエドワルドの顔と様変わりした拠点を交互に見る。
「メンバーの中に庭いじりが好きな子がいてですね。好きに触っていいって言ったらこんな感じに」
ちょーっと可愛らしすぎるとは俺も思うんですがね、とエドは綻ぶ。昔と同じ鈍色の瞳が楽しそうだった。
そうか、変わるものもあれば変わらないものもある。その逆も然り。そういうもんだもんな。まあ、家の変化は想定外過ぎたが。
「可愛いおうち。僕たちもここに住むの?」
「ああ、三人が良ければな。宿暮らしより生活しやすいだろうし、金も貯まるぞ。生活にかかる金は出してもらうが、それでも懐は安定するはず」
エルの尋ねに、エドワルドは意気揚々と答える。
歓迎してくれているからこその提案だ。
「他の人は? 相談しなくても大丈夫?」
メンバーということに気になっていたのか、焦げ茶色の瞳は不安そうだ。
こういうことをちゃんと気にするのが、エルの良いところだな。
「大丈夫。書類を書いてる時に連絡しておいたから。エル、心配してくれてありがとうな」
そう言って、エドワルドはぽんぽんとエルの頭を軽く叩くように撫でた。
少し驚いたような顔をしたあと可愛らしく微笑んだエルは、アレクや俺に視線を向け理解したというような顔で話す。
「エドおじさんがヴァルおじさんと仲良しなのが分かった気がする」
そうして、嬉しそうにふふふと笑った。
当のエドは「お、おじさん……」とやや引きつった顔で呟いている。
諦めろ、俺なんて今のお前より若い頃からおじさん呼ばわりだ。
扉を開いたエドワルドにさあどうぞと案内され、拠点へと足を踏み入れる。
玄関は床にきれいなタイルが貼られ、落ち着いた臙脂色のドアマットが置かれている。細身で背の高いチェストの上には、シンプルな花瓶に数本のマーガレットが生けてあった。
小さなエントランスには来客用に瀟洒なソファも置かれており、品の良い調度品、行き届いた手入れと、客人への心遣いが感じられる。
「なあ、エドワルド」
「なんですか、ヴァルさん」
「ここ、本当に『我が燈火』の拠点か?」
はははそう思いますよねと、エドは笑う。
エドワルド、ラドウェル、俺の三人が住んでいた頃は、調度品は実用性重視、物は必要最低限、そんな簡素な状態だった。何がどうかなんて、比べるまでもない。
俺が信じられないものを見たという顔でいると、エドワルドが俺たちを促した。
「奥へ案内しますよ。ついて来てください」
奥にある扉へと向かっていく。
エドワルドに続く俺たちは、外套を脱ぎ腕に抱えた。アレクは完全に借りてきた猫のように大人しく、エルは子猫のように好奇心に溢れた瞳で拠点の中をキョロキョロと眺めていた。
通された居間のソファに、腰を下ろした。アレクとエルも俺に倣う。
柔らかなソファは軽く沈み、背もたれに置かれたクッションも質の良いものだった。エルは、柔らかーいと嬉しそうにクッションを一つ抱え込んだ。
複数人掛けのソファが二脚、一人用のソファが二脚、ゆとりのある間隔で並べられている。それぞれにクッションが多く用意されており、もたれてよし抱えてよしといったところだろう。各ソファの横にはサイドチェストが備えられており、この部屋は、ゆったりとくつろぐための場所という印象だった。
「メンバーを呼んでくるんで、ちょっと待っててくださいね」
エドワルドはそう一言残して奥の扉へと消えていく。
見送った後、ふぅと息を吐いた。
「ヴァル」
隣りに座ったアレクが、小さく俺の名を呼ぶ。
視線を向けると不安そうに俺を見ていた。
「どうした、アレク」
「俺、緊張してる」
珍しいなと思いつつも、「大丈夫、きっとエドと同じように気のいいメンバーだ」と前髪の辺りを撫でてやった。
最初は不安を拭えない様子だったが、俺の言葉で少しは気が紛れたのだろう、眉間のしわが取れて小さくうなずいた。
「僕もだよ。一緒に住むって話になるなんて思ってもみなかった」
反対側から、エルがアレクに声をかける。振り返ったアレクは、一つ首肯した。
「だよなぁ」
「エドおじさんはいい人みたいだけど、他の人はどんな人なんだろ」
「はぁ……、俺は不安しかないよ」
「僕だって……」
二人は小さくため息をつきながら、うんうんとうなずき合う。
そうだよな、二人からしたら初めてのことがどんどん勝手に決まっている状況だ。確かに話が性急過ぎると俺も感じていて、もっと二人のことを考えてやるべきだ。エドワルドのことを理解できているのは俺だけで、二人からは不安しかないだろう。
思わず溜息がこぼれた。二人の前なのによろしくない。
アレクがちらりと俺に顔を向けた。
紫青色の瞳が俺を見透かすように見上げてくる。
「ヴァルのせいじゃねぇから」
アレクは俺にそっと囁いた。
俺は軽く笑んで、その頭を撫で返してやった。
しばらく待っていると、扉が開いてエドワルドが戻ってきた。
後ろから可愛らしい女性たちが姿を現す。
「紹介しますね。俺のパーティメンバーの、狩人のミリア、魔法使いのメルフィナ、神官戦士のモニカ。……斥候の俺を入れて、この四人が今の『我が燈火』です」
三人を並べてそう紹介した。
女の子、女の子は聞いていない。しかも三人。
「わ、エドワルドって敬語使えたの」
ミリアと紹介された獣人の女の子が、揶揄うように言う。
三角の耳に長い尻尾、猫系の獣人だということが見て取れた。鮮やかで明るい碧のぱっちりした釣り目は、愛らしさと凛々しさが共存している。オレンジに近い朱色のショートには、白か銀かのメッシュが入っていた。
ゆったりと揺れる先だけが白い尾を目で追いながら、エルが小さく、ねこさん……と溢した。
エドは不服げに黙ってろと、ミリアに小さく言いつける。
他の二人が柔らかく笑みをこぼした。
魔法使いのメルフィナは、静やかな印象を受ける女性で、薄紫色の瞳が彼女の思慮深さを伝えてくる。
すらっと背の高いのモニカは、手入れされた長い金色の髪やきっちり着込んだ平時用の神官服から、彼女が平素より清廉な信徒たらんとしているのが伝わってくる。水色の瞳は澄んでいて、美しい泉を思い出させた。そんな彼女の穏やかな笑みは温厚さを感じさせるもので、周りを安心させるに十分なものだった。
四人は脇から見ていても親しさが分かる距離で、エドワルドがパーティメンバーに大切にされていることが伝わってくる。
エドの身の上を聞いていた俺としては、大層嬉しく思えた。
「そんでもって、こちらが俺が昔からお世話になってるヴァルさん、と……」
エドがこちらへ手のひらを向け、俺たちを紹介を始めた矢先――
「ヴァルさん!? ほんとに!?」
「この方が……?」
「本当なのですか、エド」
俺の名が出ると、わっと盛り上がる『我が燈火』のメンバーたち。
なんだ、どういうことだ。
「エド、よかった、よかったね」
「エドが六年も待ってた人ですもの」
「うわー、今日はお祝いしなきゃ!」
三人から肩を組まれたり背中を撫でられたりともみくちゃにされるエドワルドは、違うってと何かを訴えている。
様子から察するに、どうやら歓迎してくれているのだろうことは伝わってきた。
のしかかってくるミリアを押し返しているエドに水を向ける。
「あぁエドワルド、すまないがもう少し落ち着いて話を進めてもらってもいいか」
「ありゃすみません。うちの三人娘はどうにもかしましくて」
「ちょっと! どういう意味!?」
ミリアがエドワルドの頬をむにぃと摘む。
エドはそのまんまだろと笑ってミリアをいなしながら、三人をソファへと促した。自身はその脇の一人用に腰を掛ける。
改まったように背筋を伸ばしたエドワルドは、交互に皆の顔を確認した。
『我が燈火』の三人も、エドの方を見やる。俺たちもそちらに視線を送った。
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