最終話 やはり運命

「確かに『ご自由に』とは言いましたよ?」

 そう前置きをすると、いつまでもじとーっと執拗しつこい目つきで見つめてくる。

 不機嫌になると良くやる癖だ、懐かしい。

「だから言ったでしょう、運命だって。なのにコウタなんかに捕まって処女捧げるとか、あぁ、情けない。あいつは無理させるようなクソ野郎じゃないからまだ良かったものの、散々弄ばれてたらどうするつもりだったんですか、先輩?」


 部活休みの放課後、昇降口で待ち伏せていたミツルに呼び止められ、高校の最寄り駅前のベンチで期間限定フラッペを飲みながらお叱りを受ける。

 芳醇な香りが漂う紅茶をベースにホイップクリームとチョコソースのほろ苦く甘い匂いがふわっと立って、これが堪らなくイイ。

「ちょっと、ヒトの話を聞いてます? そろそろお返事をいただきたいのですが、どうなんです?」

 頬をプクッと膨らませ、同じタータンチェックのスカートをヒラッと翻しながら隣に座るミツルの、真っ向勝負で真っ直ぐな瞳が私を捉えて離さない。


 が、それよりも先に聞きたいことが有った。

「どうしての?」

 ずっと疑問に思っていた。

 ミツルが私に抱いた想いを伝えようとした理由。

「先輩、副顧問のホノカ先生ちゃんのことばかり見てたでしょう? 周りは到底気付かないようなその密かな熱視線も、あなたの事しか目に映らないワタシには一目瞭然だったわけですよ」

 そうか、やはりだけある。

「あれだけ言ったのにオトコ作って試すとか、本当に無駄な事しましたね。お陰で先輩のを根こそぎ奪い損ねるし。ワタシ、相当怒ってるんですけど、分かってます?」

 ぷんっと顔を上げては、尖らせた唇でストローを咥える拗ねた仕草が可愛いこと、この上ない。これは、母性本能はくすぐれど彼には一度も抱かなかった感情だ。

 今にして思えば、彼はこの娘の性格にちょっと似ていて、それが惹かれた理由なのだと漸く気付く。そして同時に、愛しさのベクトルが向くのもただ一人だけという事実が、無駄に眠っていた私の目を覚ます。


「ちょっとね、自分を見失ったのよ。でも、その一因はキミにもあるんだから、私ばかりを責めないでもらいたいわね」

「それは、どういう事?」

「仲良さげに容易く名前を呼ばせるだけでなく、あの塩対応はどういう事、信じられない!……そう思ったら腹立たしくなって、勢いでOKしちゃったのよ」

「嫉妬の矛先が、謎でしかないんですけどっ!」

「でも、キミの思惑通りに幾らかはリード出来そうよ?」

「そ、それはワタシの役目だから、ダメですっ!」

 相変わらず大口を叩く、と吹き出せば、またツンっとそっぽを向き、ちゅるると勢いよくフラッペを吸い上げる。そして今度は、急に縮こまってバツが悪そうにしながらも反撃とばかりにとんだ質問をぶつけてきた。

「ちなみに……コウタとは何回ヤッたんですか?」


 私が真実から目を逸らしてつまらない嘘で我が身を塗り固めてしまったせいで、純真無垢な身でミツルと向き合えないのはお詫びのしようがない。

 でも―――。

「そんな数などどうでも良くなるくらい、これから楽しめば良いじゃない、ダメかしら?」

「全くこの人は、しれっとぶっ込んでくるし……ごめんなさい、余計な事聞きました」

「キミは何も悪くない、謝るのはこっちよ……遠回りしちゃったけど、これからはキミだけのものになるから、諸々許して」

 誠意を尽くして謝れば、悄気げた顔をリセットするように「仕方ないなぁ」と溜め息をつき、今度は勝ち誇る顔で見つめ返す生意気な後輩。

 これからは、目の前のが、ありのままの私を受け止めてくれる恋人となるのだ。今度こそ、身も心も全て差し出せる、本物の恋人に。


「先ずは、その〈キミ〉って言うのをやめてください。そうしたら、許してやらなくもないです」

「ならば敬語も不要よ、愛しいミツルさん」

「チカちゃんっっ! 大大大好き! ちゅーもしてくれたら完全に許す……あたっ!」

「調子に乗りすぎ。そういうのは……後になさい」

 たらりとかかるほろ苦チョコソース、渋めの紅茶味のフラッペを片手にコツンと頭突き合い、見つめ合い、クスッと笑い合う。


「でもね、お願い、ミツル。束縛は程々に、ね」

「それは無理かも〜♪」

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近付く想いを見つけてよ【改訂版】 Shino★eno @SHINOENO

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