45.思いがけない落とし穴

「カルム君、だったね。」


「はい。」


「今日うちの美術館に来たそうだね。」


「はい。」


「どうだった?」


「興味深い作品が多く展示されていて、とても楽しめました。」


「それは良かった。」


 それから、王は唇をぺろりと舐めてから悪戯っぽく言った。


「カルム君は自分でも絵を描くそうだね。」


「はい。」


「どこで習ったのかな?」


「いえ、独学で学びました。」


 この世界に来てからは誰にも教わってないし、独学ということでいいだろう。


「へぇ、頑張ったんだね。」


「いえ、才能があったもので。」


「はは!自分でそう言えるのは大した自信だね!」


 王は大きく笑っている。


「今度お金を出すからさ、サリアの肖像画を描いてくれないかな?」


「え!?」


 これは王からの正式な依頼なのか?だとするなら正直荷が重い。まだ技術が体に馴染んでいないので、王族の肖像画を描くには早いのだ。


「はは、そんなに大きく考えなくてもいいよ。ただ娘を愛する父親として、娘の友達が描いた娘の絵が欲しいと思っただけさ。」


 王は軽く手を振りながら笑う。


「そういうことでしたら、お金は要りません。」


「え?」


「ただの娘の友達の絵にお金を払うなどおかしいと思います。なのでお金は要りません。」


 俺のその言葉に王はきょとんとし、父様は軽く呆れている。


「あの…カルム様?」


 そこで横で聞いていたサリアが入ってきた。


「カルム様はこれまでどれくらいの絵をかいて来られたのですか?」


「うーん、二百枚くらいだな。」


 護身用の絵を入れればそれくらいは描いただろう。


「誰かに譲渡されたことは?」


「屋敷の使用人たちやお兄様たちだけだから、百枚くらいだな。」


「…カルム様は絵を描くための道具のお値段をご存じですか?」


「…いや、知らない。これまで全部お父様が買って下さったから。」


「そうなのですね。」


 サリアも呆れている。


 その時、前に座っているアンドレイがフォークを皿の上に落とした。


「本当に知らないの!?」


「急にどうしたんだアンドレイ。口の周りにソースが付いてるぞ。」


 俺がそう言うと、アンドレイは口の周りをメイドが準備をしたタオルで拭いてから、改めて俺に向き直って言った。


「絵を描くための紙や筆、絵の具はとても高いんだよ!!」


「…え!?そうなのか?」


 この世界の芸術は前世と比べて遜色ない程発展している。ということはそれに使用する用品も前世と同じくらいの値段だと思っていたのだが、違うのか?


「でも、この国の芸術はかなり発展しているような気がする。それくらい国民に芸術が馴染み深いものになっているということではないのか?」


 俺がそう言うと、アンドレイも呆れた様子で返答した。


「確かに芸術が発展してるとは思うけど、それは生まれつき才能を持った人たちが素晴らしい作品を作ってるだけで普通の人たちにはあまり馴染みが無いんだよ。」


 俺は愕然とした。この世界の人間は「神」から渡される可視化された「才能」を盲目的に信じるということを忘れていた。生まれつき芸術の「才能」が無い者は芸術に触れようともしないのだ。


 そこから先は王が引き取った。


「その風潮を問題視した僕の父上が、国民のために王族の所持品を展示する美術館を作ったんだよ。」


「そうなのですね…。」


 俺は覚悟を決めて尋ねた。


「絵を描くにはどれほどのお金が必要なのでしょうか…?」


 すると王はご機嫌な様子で答えた。


「さっき二百枚くらい描いたって言ってたよね?それくらい描くには、、、大金貨が必要かな?」


 俺は開いた口が塞がらなくなった。大金貨一枚ということは日本円にして約百万円。俺はそれをたった数週間で使ってしまったのだ。


「それに王立美術館は国民のための美術館だからね。平民は安い入場料で入ることが出来るけど貴族は多めに入場料が必要なんだ。」


「…どれくらいですか?」


「男爵家だと、一人に付き金貨二枚かな。」


 はあ、ということは今日の昼間だけで俺は父様に二十万円も使わせてしまったのだ。


「流石に短期間でのそれだけの出費はアンでもきついよね?」


 王が軽い感じで父様に聞く。


 父様は苦い顔で、しかし確実にしっかりと頷いた。


「はは、だよねえ。」


 王はどこまでも気軽だ。


「ということだよ。いいからお金は受け取っておいてね。」


「分かりました…。」


 俺は顔を上げることが出来なかった。周りではアンドレイが「カルム君は賢いから分かってると思ってた。」と言いサリアが相槌を打っているようだったが、耳に入らなかった。



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