42.初めての美術館

「夜まで時間があるから、それまで行きたいところあるか?」


 馬車に乗って屋敷へ帰る途中、父様がおもむろにそう尋ねてきた。


「行きたいところ、ですか?」


「ああ、カルムは王都が初めてだろう。王都には色々な所があるぞ。」


「では、美術館に行きたいです。」


 俺はそう答えた。


 以前、この世界の芸術は前世とそう変わりが無いことに気付いた。その時から、いつか美術館に行きたいと思っていたのだ。


「そ、そうか。美術館か。」


「はい。」


「…分かった。それなら今から全員で行こう。」


「ありがとうございます!」



 それから俺達は屋敷の準備は使用人に任せ、美術館へ向かった。


 公爵と子爵はなぜか苦そうな顔をしていたが、アンドレイとアンジェは楽しみな様子だ。


「到着しました。」


 従者の声で馬車を降りる。するとそこには周りの建物とは違った趣の、優美な装飾が施された建物があった。


 外から眺めるだけで、不思議と心が落ち着く。ここに到着するまでの興奮が収まり、澄んだ心で美術品と対峙することが出来そうだ。


「なんだか落ち着く場所だわね。」


 アンジェが深呼吸しながらそう言う。アンドレイも頷いている。


「ここは王立美術館で、歴代の王が集めた美術品が多く展示されているんだ。ここでしか見られないような珍しいものもたくさんあるよ。」


 子爵が教えてくれる。父様と公爵は後ろでつまらなそうに雑談をしている。


 


「じゃあ、入ろうか。」


 子爵に案内され、俺達は中に入った。


 中に入ってまず驚いたのは、警備の厳重さだ。この世界には警察というものが無く代わりに騎士団が治安を守っているのだが、その騎士が入口に二名、それから各展示品の横に二名ずつ待機している。


「かなり警備が厳重なのですね。」

 

 子爵に尋ねてみると、


「過去に盗賊団から襲撃されたことがあるからね。その時から警備が厳重になったんだ。」


 という答えが返ってきた。幸い被害は少なかったが、それでも王や貴族に与えられた衝撃は小さくなく、当時はこの美術館を閉鎖するという意見も上がったそうだ。それを当時の王(先代)は民のために存続することにしたらしい。先代国王は民想いのいい人だったんだな。


 また、彼らは自分たちが守っている展示品について教育を受けており、客に解説することもできるそうだ。


 それから俺達は、時々作品についての解説を聞きながら、多くの展示品を見て回った。絵画や彫刻、陶芸品など前世とあまり変わらないようなものから、前世にはなかった魔道具と呼ばれるものまであった。


 ある程度見て回ったところで、見るからに位の高そうな騎士が近づいてきた。それに気付いた父様と子爵、公爵は気まずそうな顔をしている。


「クルール公爵様、グルーブ子爵様、マンダリン男爵様にご挨拶申し上げます!!」


 その壮年の男性は俺達の前に立つと急に大きな声で挨拶をし、直角に頭を下げた。


「そういうのやめろって言ってるだろ、イヴァン。」


 父様が面倒臭そうに頭を上げさせる。どうやら知り合いだったようだ。


「いえ、この美術館を守ってくださった英雄に挨拶しないなど考えられません!!」


 イヴァンと呼ばれた騎士はそう言ってすごくいい笑顔だ。


「あの、この美術館を守ったとはどういうことですか?」


 気になったので尋ねてみた。


「おや、もしかして、マンダリン男爵様のご子息でいらっしゃいますか?」


「はい。三男のカルムと申します。」


「その目鼻立ちと色の濃い金髪、すぐに分かりましたよ!」


「ありがとうございます。」


「あなたのお父様は昔、この美術館を救ってくださったのです。あれは先代国王の頃……」


 それからイヴァンは長い話を始めた。要約すると、先程の話にあった以前この美術館が盗賊の襲撃に会った時、当時冒険者をしていた父様のパーティーが大活躍し、被害を最小限に抑えるのに一役買ったそうだ。当時からこの美術館の守備隊長だったイヴァンは父様達の姿に感動し、今でも目標にしているらしい。


 父様達は辟易としている。何回も聞かされたのだろう。対照的にアンジェは目を輝かせて聞いている。父様のファンだからか。アンドレイは興味が無さそうだ。恐らくこの話は知っていたのだろう。


 長い話が終わったころ、公爵が声を上げた。


「分かった分かった!おいアンドリュー、もう帰らないか。そろそろあいつも来る頃だろう!」


 公爵の声に、父様と子爵はすぐに反応した。


「そうだね。そろそろ帰ろうか。」


「カルム、もういいか?」


「はい。」


 本当はもう少し居たかったが、本当に帰りたい様子だったので大人しく頷いた。


「では、またお越しください!」


 イヴァンに最後まで見送られ、俺達はそそくさと屋敷に帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る