36.アンジェリカ

「お父様!見て下さい!似合ってますか!」


 元気そうな少女がジェイソン公爵に履いている靴を披露する。


「おお、アンジェ、似合っているよ。」


 公爵がそう褒めると、少女は「うふふっ」と笑ってまた店の奥に戻って行ってしまった。


「あれがお前の娘か?」


「そうだ。可愛いだろう?」


「お前に似ずに良かったな。」


「なに?俺にそっくりだろう、目元とか!」


 また賑やかになる二人。


 そんな二人の横でぼーっと考え事をしている俺に気付いたのか、店員が俺に近寄ってきた。


「お待たせしてすみません。何かお探しですか?」


 父様の方を確認すると、俺を見て力強く頷いていたので、そのまま俺が一人で対応することにした。


「明日パーティーに参加するのですが、そのための靴を購入するために来ました。」


「分かりました。では、こちらへどうぞ。」


 店員に奥の方へ案内され向かう途中に横目で父様を確認すると、前世で「はじめてのおつかい」を見ている主婦のような顔をしていた。父様も同じ気持ちなのだろう。


 少し恥ずかしい気持ちになりながら店員に勧められるままに靴を選んでいると、横に先程の少女、アンジェリカが近寄ってきた。


「あなたも明日のパーティーに参加するの?」


「うん。」


「私の名前はアンジェリカ。あなたの名前は?」


「僕の名前はカルム。マンダリン家の三男だよ。」


「え!?お父様のおともだちのこども!?あなたのお父上のお話はいつも聞いているわ!」


 急にテンションが上がった様子で捲し立てる。父様の学生時代や冒険者時代のことを公爵に聞いているんだろう。


「そうですか。」


「私はクルール家の長女よ!」


「先程、向こうでクルール公爵様にお伺いしました。」


「私たち、お友達にならない?」


「えっ?」


 いきなり俺の手を掴みながら提案してくる。公爵が社交性を褒めていたのも頷ける。


「どうしてですか?」


「お父様からマンダリン男爵様のお話を聞いて、ずっと憧れていたの。私とお友達になってもっとあの方のお話を聞かせてくれない?」


「僕はお父様のことをあまり知らないんですが…。」


「それでもいいから。ね、いいでしょ?」


「…ええ、分かりました。ぜひお友達になりましょう。」


 そう言葉を交わし、握手をする。


「それから、敬語は禁止よ。私たちはお友達でしょ?」


「いいんですか?」


「もちろん。」


「わかった。これからはアンジェリカって呼ぶがいいな?」


「切り替え早いわね…。アンジェって呼んで。仲が良い人はみんなそう呼ぶわ。私もカルムって呼んでもいい?」


「もちろん。これからよろしく。」


 そう言ってまた固い握手を交わした。


 俺の靴を選び終え二人で父様たちの所へ戻ると、二人はまた我が子自慢大会をしていた。


「「お父様、選び終えました。」」


「おおカルム、早かったな。」


「おい、アンジェ。その子と仲良くなったのか?」


「あ、あなたがマンダリン男爵様ですね!お父様からいつもお話を聞いてます!いつかお話聞かせてくれませんか?」


「あ、ああ。いいぞ。」

 

 公爵を放り出して父様に向かうアンジェの活発さに、父様も狼狽えている。


 無視された形になった公爵は、俺の方を向くと鬼の形相で聞いてきた。


「おい坊主、うちの子に変なことしてないだろうな?」


「い、いえ、滅相も御座いません。」


 何という迫力。上位貴族であることがはっきりと理解できる。


「そうか、それならいいんだ。」


 一転、軽い雰囲気に戻り笑顔を見せる。


「お父様!カルムはわたしのお友達です!名前を呼びあう仲ですよ!」


 アンジェが自信満々に余計なことを言った。


「なに!?どういうことだ坊主!?」


「いえ、ただの友人関係ですよ…。」


 俺たちはまだ五歳だぞ。何が起こるっていうんだ。


「うちの子はまだ誰にもやらねえからな…。」


 そう言って公爵は父様からアンジェを取り戻しに行った。娘を愛しすぎるのも考え物だな。


 


 そんなことがありながらも無事に買い物を終えた俺達は、クルール公爵一行と別れ屋敷へと帰り、次の日のパーティーに備え早くにベッドに入った。


 

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