34.アンドレイ

 アンドレイが俺のことを熱心に見つめている。


「アンドレイ様、いかがなさいましたか?」


 尋ねてみると、


「い、いや、なんでもない…です…」


 と言って俯いてしまう。


 子爵は困ったようにため息をつくと、俺に「頼んだよ」と言うようにウインクをしてきた。困ったものだ。


 俺は取り敢えず頷いておく。しかし、俺も友達作りは得意ではない。


 転生してからまだ一人も友達が出来たことがないし、前世でも友人と言える人は片手に収まるほどしかいなかった。


 気長に心を開いてくれるのを待つしかないな、と気楽に考えていると、その時は意外に早く訪れた。


「あ、あの!二人で一緒にご飯食べませんか!!」


 その日の夕方、俺達一行が野宿をする場所決め、野宿と夕飯の準備に取り掛かっているときアンドレイが声を掛けてきた。


「二人で、ですか?」


「だ、だめですか…?」


 俺より少し背が小さなアンドレイが上目遣いで訴えてくる。


 …なかなか絵になっているな。美形で温和そうな少年の自信無さ気な振舞いが、まるで打ち捨てられたか弱い子犬のように俺の庇護欲を掻き立てる。


「もちろん、いいですよ。こちらこそお願いします。」


 できるだけ優しく微笑みながら返事をすると、アンドレイは「へへっ」と本当にうれしそうに笑った。


 

 二人で夕食を食べながらたくさんのことを話した。


「カルム様ってとても賢いんですね!!」


「いえいえ、そんなことないですよ。アンドレイ様も耳の早さは素晴らしいではありませんか。」


「僕は父上の真似をしているだけです。カルム様は領内でも「神童」って呼ばれていてすごいと思います!!」


「はは、ありがとうございます。」


 そんなことを話しながら、野宿用の黒パンと干し肉を齧る。


 あまりに固くて苦労しているようなので、インスタントスープを披露するとその便利さと美味しさに驚いていたが、妙なことを口にした。


「なるほど。最近、カルム様のお屋敷で何かお料理の研究をしていたのはこれを作るためだったのですね。」


「え?どういうことですか?」


「あ、いや、その…。王都へ一緒に行くって父上に教えて頂いた時から、気になって調べていたんです…。本当にごめんなさい…。」


 驚いた。そんなことまで知っているのか。


「いえ、大丈夫ですよ。あの、これの作り方やレシピはご存じないですよね?」


「はい。ものとお金の流れを調べていただけなので、そういうことは知らないです。安心してください。」


「分かりました。」


 アンドレイは、まだ五歳にして他領の物流を把握することが出来るのだ。何という才能。俺が「神童」なんて呼ばれているのが恥ずかしいくらいだ。


「そういえば、紙や絵の具など絵を描く道具をたくさん買っていましたけど、誰か描く人がいるのですか?」


「実は僕が描くんです。」


「ええ!?すごい!!」


「ありがとうございます。」


「今度何か描いてもらえますか?」


「もちろん。似顔絵などは如何でしょうか。」


「ありがとうございます!」


「いえいえ、こちらこそ光栄です。」


 そこまで話すと、アンドレイが少し気になることを言った。


「でも、そんなにいっぱい紙や絵の具を買ってもいいのですか?」


「?どういうことですか?」


「…賢いカルム様なら心配ないですね。」


「?」


 何の事かさっぱり分からなかったが、アンドレイがそこで話を切ってしまったので結局分からずじまいになってしまった。


 

 その後も仲良く会話が進み、そのまま二人一緒のテントで寝ることになった。


 寝る前に、アンドレイが何やら真剣な表情でこう切り出した。


「カルム様、お願いがあります。」


「いかがされましたか?」


「あの、、、僕に敬語を使うのをやめてほしいのです。」



「え?どうしてですか?」


「僕の父上とマンダリン男爵様は、地位の違いを気にせずお互い自由な言葉で話しています。」


「確かにそうですね。」


「僕も、カルム様とそういう仲良しなお友達になりたいのです!お願いします!」


 そう言って深々と頭を下げる。


 俺は少し考え、こう返事をする。


「いいでしょう。しかし、条件があります。」


「なんですか?」


「アンドレイ様も僕に敬語を使うのを辞めて頂きたいのです。父様たちのように対等な関係をお望みなのですよね?」


「は、はい。」


「では僕のことを呼び捨てにして下さい。」


「えぇ?」


「はやく。」


「わ、分かりました。カルム…君。」


「まあいいでしょう。」


「やった!」


「これからは俺もアンドレイって呼ぶけどいいか?」


「カルム君、切り替え早いですね。」


「うん?」


「…早いね。」


「まあこれから慣れていけばいい。まあ、これからよろしく。仲良くしてくれ。」


「うん!よろしく!」


 そうして俺達は仲良く同じテントで眠った。


 隣のテントから、


「なんで三十にもなってお前と二人で寝ないといけないんだよ。」


「いいじゃないですか。昔はよくみんなで寝ていましたし。」


 という会話が聞こえた気がした。

 


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