7.死

「ん?椿もう起きたの?」


 目を開けるとそこにはまだ薫さんがいた。


「どれぐらい寝てた?」


「五分くらいよ。」


 それだけか。少なくとも三十分は経ってると思ったんだが。


「薫さん」


「どうしたの?」


「ごめん。」


 薫さんは知らないが、俺は自分のわがままでまだ続けられる命を捨てたことを謝った。


「何を謝ることあるのよ。確かに早死には親不孝の恩知らずだけど、そのことはちゃんと話し合ったじゃない。」


「それでも」


「それを引いても椿には感謝しかないの。あなたの素直さやひたむきさに私たちはとても救われたわ。だから謝らないで。笑って逝きなさい。」


 逝きなさいって…笑


「ありがとう。」


「こちらこそよ。」




 日に日に短くなっていく活動時間の中、俺が目を覚ますとベッドの傍にはいつも誰かが居た。薫さんが俺をじっと見ていたり、画家仲間が果物を持ってお見舞いに来てくれたり、ヒロさんが果物を食べたりしていた。


「おう椿。お前の『命の大樹』だがな、この病院に買われることが決まったぞ。玄関に飾られるらしい。林先生が強くお願いしたそうだ。」


 メロンを剝いて食べていたヒロさんがおもむろにそう言った。


 というか何を勝手に食べてるんだ。もう俺はなにも喉を通らないが、ひとこと言えよ。


「そうか。」


 林先生やこの病院の人たちにはとてもお世話になった。俺が二か月間遊び続けることができたのも彼らのおかげだからな。彼らに引き取ってもらえるならこちらとしてもうれしい。


「予算使い果たしたそうだがな!!」


「…かなり高額になったんだな。」


 予算審議通ったのか…。


「言い忘れてたが」


「どうした?」


「俺が死んだら俺が持ってる作品の所有権は全て薫さんに移る。どうするかは分からないが良くしてあげてくれ。」


「当り前だろ。心配すんな。」


「感謝する。」


「おう。」




 ある日俺が目を覚ますと、何故か大勢の見舞客が俺のベッドを囲んでいた。

 

 苦しむ体に鞭打って何とか起き上がり、かすれた声で聞く。


「なんでこんなに集まってるんだ?」


 ヒロさんが答えた。


「お前の意識が急になくなったって、、、三日間も起きなかったんだぞ。」


「そうなのか…。」


 俺は自分の命がもうじき消えることを強く自覚した。心なしか皆の顔も曇っている。


「全員…もう少し寄ってくれ…。」


 俺がそう言うと皆顔を近づけてきた。


「死ぬ前に少し…俺の話をさせてくれ…」


 俺は語り始めた。


「俺の両親は若くして交通事故で死んだ…。俺自身は若くして癌で死ぬ…。これだけ聞けばどれだけ神に嫌われてる奴だと思う人もいるだろう…。」


「だがしかし…俺が不運に見舞われたとき…いつも俺の周りに支えてくれる人たちがいた…。その人たちのおかげで俺は充実した、楽しい日々を過ごすことが出来た。」


「皆にも分かってほしい…。自分が辛い時、窮地に陥った時…本当に頼れるのは神なんかじゃなく、周りにいる人達だ…。自分の周りの人を大切にしてほしい…。」


 ああ、もう目が霞んできた。


「皆のおかげで、俺は最高に恵まれた人生を送ることが出来た。俺は…最高に運のいい男だ。」


 意識が解けていくのが分かる…。声を出すのも…


「良い、人生だった。」


 言いたいことはまだあったが、もう声も出せない。


 消えゆく聴覚が、誰かの泣く声を拾った気がした。



 そうして橘椿は、二十八年の人生を終えた。



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ここまで書いてて長かった気がします。次からようやく転生です。

 



 






 


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