3.命の大樹Ⅰ

「おいおい合コンって…。今は冗談言ってる場合じゃねえだろ。」


「いや、いいんだヒロさん。残りの時間が短いんだったらしたいことをしないと損だろ。」


「お前はそれでいいのか?」


「ああ。」


「はあ…、相変わらず頑固な野郎だな。勝手にしやがれ。」


 俺は林先生に向かって言った。


「先生、俺は延命治療は行いません。」


「そうですか…、分かりました。では、毎週この病院に来てください。そこで癌の進行状況を検査します。それから、その時に一週間分のお薬を処方するので正しく飲んでください。主に痛み止めですが。とりあえず退院なされますか?」


「はい。」


「では、後ほど受付にお寄りください。今週分のお薬をお渡ししますので。では。」


 そう言って彼は忙しそうに病室を出て行った。どうやら俺の”やりたいことをする時間”を一秒でも長く残そうとしてくれているんだろう。いいお医者さんだな。


「椿、お前、絵は描かなくていいのか?」


 ヒロさんが話しかけてきた。


「今回描いた『命の大樹』が会心の出来だったからな。あれを超える作品はもう描けないだろうって思ってたところだ。だからもういい。」


「そうか…。そういやまだ見てないな。今見るか。」


「持ってるのか?」


「駐車場にある。」


 そう言ってヒロさんは病室から出て行った、、と思ったら扉から顔だけ出してこう言った。


「それよりもあんだけ嫌がってた合コンが椿の”やりたいことリスト”に入ってるとはな~。」


「うるさい。早く取りに行け。」


「わかったわかった。」


 恥ずかしかったので少し大きな声を出してしまった。


 しばらくすると、ヒロさんは俺の絵が入った保存箱を持って病室に戻ってきた。


「開けるぞ。」


「ああ、いいぞ。」


 そしてヒロさんは箱を開け、俺の絵を取り出して5分くらいじっくりと眺めてからこうつぶやいた。


「なるほどな。お前が会心の出来といっただけある。」


「だろ?」


「暗闇に続く無数の道、どこまで続くか分からないように見えて最後は一つに繋がっている。」


 まったく…。このおやじは絵のことになると真面目だな。


「それを照らす淡い光、色の違いは個性の違いか?」


「そうだ。」


「そのすべてが天まで続く一本の大樹を成す、か。ううむ、これは間違いなく傑作だ。お前の代表作になること間違いなしだな。」


「俺もこれが完成した時そう思った。」


「それにしても死ぬ直前最後の作品の名前が『命の大樹』か。なんとも言いづらい感慨というか趣というか…儚さを感じるな。」


「生まれて28年間いろんなことがあったが、それは全て今の俺を作る要素になっている。そのすべてを抱えて俺は残りの人生を歩むつもりだ。命とはそういうものだろ?」


「そうだな。」



 それから俺は、二か月の間休むことなくしたいことをし続けた。ヒロさん主催の合コンに何度も顔を出し、深夜にヒロさん宅に突撃して絵画談義に花を咲かせた。

 

 ヒロさんは普段以上に遊び惚けていた。恐らく俺に気を遣って合わせてくれてたんだろう。やっぱりいいやつだな。


 数少ない友達と温泉旅行に出かけたりもした。常に大量の薬を服用しなければならないせいか思考が覚束ないこともあったが、初めての経験ばかりだったのでとても楽しい日々だった。


 そして今俺は病室で寝ている。さすがにこの二か月間の無理が祟ったのか、もう一日三時間程度しか起きていることができない。


「あ、椿。起きた?」


 俺が目を覚ますとベッドのそばに父の姉の薫さんが座っていた。子供がいなかった薫さん夫婦は、俺の両親が他界した後、まだ中学生だった俺を引き取って育ててくれた。


 俺が「芸術の道に進みたい」と言った時も


「椿がやりたいんだったらやればいいじゃん。なに?迷惑を掛ける?そう思うんだったら将来成功して仕送りでもしてくれればいい。まあ頑張りな!」


 と快く応援してくれた。この人には感謝しかない。


「それにしても癌ねぇ…。聞いたときは本当にびっくりしたし悲しかったよ。」


「ごめんな。」


「謝ることはないけど…。あんたの両親もあんたも、、、まだ若いのに…。」


「いいんだ薫さん。俺はやりたいこともやったし悔いはない。」


「神様とやらに嫌われちゃったのかなあ?」


「そんな奴に好かれるなんてこっちから願い下げだ。」


 そんなこと話してたら強烈な眠気が襲ってきた。


「ごめん薫さん。俺ちょっと寝る。」


 薄れていく意識の中、俺の視界に白い光が差した。


「なんだ?」


??「ちょっと待ってよ。どうして治療しないのよ。このままじゃ本当に死んじゃう…。」


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タイトルが命の大樹”Ⅰ”となっているのは間違いではありません。

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