一章 前世編
1.予兆
「ん、やっぱり上出来だな。」
俺は自分が描いた絵を乾燥棚から取り出しながらそう思った。
「これは間違いなく俺の代表作になるな。これより良いのが描ける気がしない。」
そうなったら引退だな、と笑いながら俺はその絵を保存箱に入れた。
俺の名前は橘椿(たちばな つばき)。画家である。巷では”新進気鋭の若手天才画家”なんて言われたりしている。まあ悪い気はしない。
結婚はしていない、というか彼女もいたことがない。童貞である。今年で28歳になるしこのままでは拙いと思いつつ、今のままが楽なので特に行動は起こしていない。
そんなことを考えながら知り合いの画商に連絡する。
「もしもし、ヒロさん。今大丈夫か?」
「おう椿。久しぶりだな。どうした?」
彼の名前は永原浩久(ながはら ひろひさ)。俺はヒロさんと呼んでいる。彼は俺が駆け出しの時からいろいろ面倒を見てくれている画商である。金持ちで自分の画廊を持っていて、俺の作品を展示したり、俺の作品を求める顧客との仲立ちをしたりしてくれている。
俺が駆け出しのころからいろいろ世話になっている所謂恩人なのだが、その分迷惑を掛けられることもある(例えば、深夜に連絡もなく家に来て絵画談義をしようとしたり、深夜に急に飲み会に呼びつけて絵画談義をしようとしたりetc.)ので、タメ口を使っている。本人の許可も得ている。
「作品が完成した。」
「おおそうか!どうだ、一年かけた大作の出来は?」
「上々、いや最高だ。」
「そりゃ楽しみだ。作品の名前は何にした?」
「『命の大樹』だ。」
「『命の大樹』?」
「そうだ。」
「ほう、なんとも幻想的なテーマだな。今ちょうど空いてるから取りに行く。」
「わかった。」
「あ、明日空いてるか?でかい合コンやるんだが。」
「いかない。そういうの苦手だって知ってるだろ。」
「はあ、そんなんだからいつまでたっても童貞なんだよお前は。」
「うるさいな。俺の彼女は筆とキャンバスだ。というかいいのか?奥さんに怒られるぞ。」
「大丈夫だ!嫁も参加者だからな!!」
「なんだそれ。はあ、疲れた。鍵開けとくから取りに来いよ。」
「つれねえ奴だな、分かった。ついでに彼女ができるよう神に祈っといてやるよ。」
「神に祈るなんて時間の無駄だ。いいからさっさと来い。」
「わかったわかった。」
ああ、数分電話しただけでどっと疲れた。なんだか頭も痛くなってきた気がする。いや、本当に痛くなってきた。腹も痛い。胸も痛い。なんでこんな急に…。
いきなり押し寄せてきた大きな痛みの波に揉まれ、俺は意識を手放した。
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