命の大樹~神を嫌う男、絵画魔法で神に逆らう~

@mtfc

0.前日譚

 昔から、「神」という存在に疑問を感じていた。

 

 俺の両親はとある宗教団体の熱心な信者だった。どんなに忙しくても朝晩のお祈りを欠かさず、毎月結構な額のお布施を納めていた。そのせいか暮らしはいつも貧しく最低限の物資をそろえることしか出来なかった。


「世界には、今日食べるご飯にさえ困っている人たちもいるのよ。私たちが満足に生きていられるのは本当に幸せなことなの。だから神様に感謝することは当たり前のことだし、周りに困っている人がいれば助けないといけないのよ。」


 母は口癖のようにそう言い、父はいつも隣で微笑んでいた。


 食べ残しや噓をつくことは絶対に許さない厳しい面もあったが、常に感謝の気持ちを忘れず、誰にでも無償の愛を捧げる優しい両親のことが俺は好きだった。


 しかし、両親は俺が中学2年生の時に死んだ。


 休日に公園で炊き出しをした帰り道、飲酒運転をしている大型トラックに二人そろってはねられたらしい。部活中顧問の教師に知らされた俺は、描いていた絵を放り出し病院に向かったが、即死だったため死に目に会うことができなかった。


 悔しかった。それと同時に理解できなかった。


 なぜ、優しい両親は死ななくてはならなかったのか。神様は、信心深く、慈悲深いあの人たちを見捨てるのか。贅沢せず周りに幸せを分け与えてきた両親は、生きることさえ許されなかったのか。


 俺は、ただ両親の亡骸に寄りかかり泣き叫ぶことしか出来なかった。近くに住んでいる父の姉が、優しく背中をさすってくれた。


 葬式はとても質素なものだった。葬式の間、俺は進行をしてくれる親戚の横でただ立っていることしか出来なかった。そのころにはもう涙は枯れ、「なぜ両親が死ななくてはいけなかったのか」という疑問が頭の中を支配していた。


 葬式が終わると、見覚えのある男が話しかけてきた。両親が所属する宗教団体の人だ。


「この度はご愁傷さまです。」

 

 正直言って話をする気力はなかったが、両親が生前がお世話になった人だと思い礼儀正しく返事をした。


「恐れ入ります。」


「ご両親はとても信心深く、信者たちの模範となっておられました。」


「ありがとうございます。両親も喜んでいるでしょう。」


「ご両親は、お子さんであるあなたが立派な大人に成長されることを望まれていることでしょう。」


 この人は何が言いたいんだ?と思ったがとりあえず返事した。


「努力します。」


 するとこの男はとんでもないことを言い出した。


「では、今月分のお布施はいつ頃に納められますか?」


「はい?」


 俺は耳を疑った。この男は葬式にきて何を言い出すんだ?


「どういうことですか?」


「ご両親は生前お子さんであるあなたの分のお布施も納めてこられました。なので、これからはあなたがご自身でお納めください。」


「そんな話聞いたことありませんけど…」


「お布施を納めることは立派な大人への第一歩ですよ。」


 驚いた。この男は俺の両親を悼んで葬式に来たんじゃない。お布施はいる金を気にしてわざわざ葬式にまでやって来たんだ。


 近くで話を聞いていた父の姉が見かねて入ってきた。彼女は父に似ず活発でなんでもはっきり口にするが、父に似て優しい人である。


「ちょっと!!あんた葬式に来て何の話してるのよ!!常識ないの!?」


「すみません。じゃあ、向こうで話しましょうか。」


「ちょっと待ちなさい!!あの子たち二人はこの子の分のお布施なんて払っていなかったはずよ!!向こうで何の話するのよ!!」


 すると、男は被っていた(らしい)薄い化けの皮を脱ぎ捨てて大きな声でこう言った。


「うるせえな!親が死んだんだからその分子どもが金出すのは当然だろ!!」


 あまりに大きな声を出したせいでその発言は会場に響き渡り、会場に残って片づけをしていた一部の親族と会場の職員に届いた。彼らはとても驚き、憤慨した。男に詰め寄る者、遠くから大声で非難する者、冷たい視線を浴びせる者。会場にいた人々はその三種類に分かれた。


 男はその場に居られなくなり、何やら捨て台詞を吐き捨て会場を去っていった。


 そんな喧騒の中、俺は一種の悟りを得ていた。


 神を敬拝し善行を重ねた両親は、あっけなく死んだ。神を信じる集団は、人より金を重視する。


 ああ、そうか。神なんて、この世には存在しない。


 存在するとすれば、そいつはただの役立たずクソだ。


 こうして、ひとりの”神を嫌う男”が誕生した。




 


 

 

 




 

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