第三章 乙女の秘密 ~馴れ初めを聞かせて!~

「あの……そもそもなんですけど、ミリアムさんとバンクロフトさんは、どうやって知り合ったんですか?」

 同じ学校で学んでいるのなら、校内で顔を合わせる機会もなくはない。でも、ミリアムは二年生でフィレンツは一年生、しかも入学してからまだ半月ちょいである。一、二年がいっしょになるような授業はないし、寮生活も男女は別だから、どこでそんなに仲が深まったのか不思議で仕方なかった。

「……もともとフィレンツは、都にある我が家の別邸に出入りをしていたワイン問屋の次男なのですわ」

 クリオの問いに、ミリアムは素直に答えた。

「一年ほど前でしょうか、ちょうどわたくしがここに入学したばかりの頃に、フィレンツが家業の手伝いで別邸にワインを届けにきて――」

「ああ、それが最初の出会いだったんですね?」

「はい……そのあとも、わたくしが外泊許可日に別邸に戻るたびに、配達で来ている彼と会うことが多くなっていったのです」

「へえ……そしたら翌年、彼が入学してきたってことですか?」

「そうです」

 きのうフィレンツは、ゼクソールに入学した理由を軍人として身を立てるためとかいってたけど、今の話を聞くかぎり、ミリアムとの接点を増やすためだったとしか思えない。ああいったのは、あの若者なりの照れ隠しだったんだろう。

「あのやさしそうなハンサムが自分を追って入学してきたんだもんねえ……そりゃ感動するじゃん」

 ふたりの惚気を聞かされたような気がして、クリオは長々と溜息をついた。

「クリオドゥーナさま……? どうかなさいましたか?」

「いえ、別に。――とにかく、今はバンクロフトさんと接触するのは控えめにしましょう。卒業まではまだ長いですし、そのうちご実家のほうでも、ふたりが別れたと思って油断するかもしれないでしょ? それに、これ以上ご実家を刺激すると、また彼のほうに何かされるかもしれないし」

「でも、フィレンツと話すこともできないなんて……」

「そこはわたしがどうにか仲立ちをするんで」

「えっ? クリオドゥーナさまが?」

「バンクロフトさんにも、ふたりを応援するって約束したし」

「それはありがたいことですけど、でもどうして――」

「いや、ほら、乗りかかった舟っていうか――」

 いずれは自分の意に染まない相手との結婚をしいられるミリアムに、勝手に共感を覚えているのは事実だった。でも、それをはっきりと口にするのが気恥ずかしくて、クリオは適当にごまかした。

「とりあえず、わたしは同じ一年だからバンクロフトさんと同じ授業になることも多いし、ミリアムさんとはこうして寮に戻ってから顔を合わせることもできるでしょ? 間にわたしをはさんだほうが、ふたりが直接やり取りするよりは目立たないと思うんで」

「それができるなら、お願いします、クリオドゥーナさま!」

 ミリアムはクリオの手を握り締めてふかぶかと頭を下げた。

「ちょ、め、目立つから! やめてやめてやめて!」

 辺境伯の令嬢が成り上がり者の娘にぺこぺこ頭を下げている光景は、ほかの生徒たちの目には奇異に映るだろう。校内にミリアムの監視役がいる可能性を捨てきれない以上、ふたりが親しげに話している姿を見られるのは避けたかった。

 そんなクリオの指摘に、ミリアムは頬を染めて慌てて身をすくめた。

「も、申し訳ございません。つい……」

「……とにかくそういうことだから、しばらくはおとなしくしててくださいね?」

 ミリアムに何度も念を押すと、クリオは急いで風呂から上がった。あまりのんびりしていると、先に戻ったレティツィアに何をいわれるか判らないからである。


          ☆


「――ってことがあったわけ」

「…………」

 いったい何を考えているのか、クリオはまるで手柄でも自慢するかのように、昨夜の大浴場での一件を語っている。ユーリックの眉間に深いしわが刻まれていることにも、おそらく気づいていない。

「それにしてもよかったよ、ミリアムさんがわたしのことを、成り上がり者の娘とかって見下すような人じゃなくて。そうじゃなかったら、とても話し合いなんかできなかったもん」

「まったく……何を当たり前のことをおっしゃっているのです?」

「は? 何が?」

「お嬢さまを名ばかり貴族と見下すような人間が、それ以上に身分の違う平民と恋に落ちるとお思いですか?」

「あ……そっか」

「そんなことより」

 ユーリックはクリオの制服の襟もとを飾るボウタイの形を整え、廊下を行き来する生徒たちには聞こえないような小さな声でいった。

「……そのような余計なことに首を突っ込んで、勉強がおろそかになったりしてはいないでしょうね?」

「大丈夫大丈夫」

「お嬢さまがそうおっしゃる時は、たいていは大丈夫ではございませんので」

「本当に大丈夫だって。……何しろレッチーの圧があるから」

「それはつまり、レティツィアさまが同室でなければ、勉強がおろそかになっていたということでは?」

「結果としてはきちんとやってるんだから別にいいじゃん、も~、ユーくんはホント細かいんだから」

「お嬢さまが大雑把すぎるのです。……しかし、今ひとつよく判りかねますね、レティツィアさまのお考えが」

 櫛でクリオの髪まで整えてやったユーリックは、開け放たれた窓を背に、教室の中で本を読んでいるレティツィアをそっと見やった。休み時間には次の授業に備えてそれぞれ息抜きをする生徒たちがほとんどの中、レティツィアはいつもああして小難しげな本を読んでいる。ストイックを絵に描いたような少女だった。

「何かさ、自分には無駄に使っていい時間なんか一秒もないってカンジ? ちょっと根を詰めすぎって気がするけどね、わたしは」

「あの勤勉さはお嬢さまも多少は見習うべきかと」

「ムリムリ、息が詰まるじゃん、あんなの」

「確かにあれは極端かもしれませんが――しかし、だからこそ理解できません。それほどの優等生が、なぜお嬢さまにあれこれ口をお出しになるのか」

「わたしにお説教したって無駄なのにねえ?」

「そういうことをご自分でおっしゃらないように」

 力なく苦笑したユーリックは、しかし、すぐに思案顔を作ってうつむいた。

「考えられる可能性としては……やはりお嬢さまから“地龍召喚ロゲ・ドラキス”の真訣を聞き出そうとお考えなのかもしれません」

「え~? 別にわたし、あの子に何いわれたってそんなこと教えるつもりないけど?」

「それはそうですが……」

 魔法士が自分だけの魔法の真訣をおいそれと他人に打ち明けることはありえない。それはレティツィアも承知しているはずだった。ならばなぜ、レティツィアはことあるごとにクリオに口出ししてくるのか。単に同室でクラスメイトだから――というには、やや深くまで踏み込んでこようとしているように感じる。

「――あ、でもレッチー、わたしの指先の魔法陣にはやたら食いついてたっけ」

「どちらにしろ、レティツィアさまはお嬢さまのことをよく見ていらっしゃいます。軽々に動くと、例のおふたりのことも早々に露見しかねません。どうかあのおふたりの問題に首を突っ込むのはおやめください」

「は!? この前いったじゃん、ふたりが可哀相だって!」

「私も申し上げたはずです。お嬢さまとて可哀相だといわれる身の上なのだと。……そもそもお嬢さまはお判りなのですか?」

「な、何をよ?」

「あのおふたりを応援してあげたいとおっしゃいますが、そのためには、お嬢さまが首席をあきらめる必要があるかもしれないのですよ?」

「えっ?」

 きょとんとするクリオ。それを見たユーリックは、やはりこの少女は何も判っていなかったのだと知り、諦念混じりの溜息をもらした。

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