第三章 乙女の秘密 ~裸のつき合い~




 ゼクソールの男女双方の寮には、それぞれ一度に数十人ずつが利用できる大浴場が用意されている。といっても、さすがにすべての生徒が一度に入浴するのは無理なので、きょうは一年生と二年生、あしたは三年生と四年生、その次の日は五年生と一年生……という具合に利用できる仕組みになっていた。

 湿度が低い土地柄のせいか、フルミノール王国では毎日入浴する習慣があまりないけど、きょうみたいに屋外で身体を動かす授業があった日は、やっぱり寝る前にさっぱりしておきたい。

「ほら、早く! はーやーくー!」

「そんなに慌てなくても入浴時間は充分あるだろう?」

「いいからいいから」

 その日、馬術の授業でたっぷりとイヤな汗をかいたクリオは、マルルーナといっしょにレティツィアを引っ張って大浴場に向かった。

「――きょうのお風呂って一年と二年だったよね?」

「ああ」

 すでに脱衣所はたくさんの少女たちであふれ返っていた。みんな体型も違うし髪の色や瞳の色、肌の色もそれぞれに違っているけど、やっぱり年頃の少女たちばかりの空間ていうのは、やたらと華やいで見える。

「……それにしても馬術の講義、キツすぎだよー」

 ブラウスを脱ぎながら、マルルーナが疲れきった溜息をもらす。

「わたし、ここへ来るまで馬なんて触ったことすらなかったから、鞍にまたがるだけでひと苦労だよー。かなり出遅れちゃってるなー」

「だよね。同じ実習をやるにしてもさ、もっとこう……簡単なことからでよくない? ってゆ~か、順番でいうなら、真っ先に教えるべきなのは、馬上戦闘よりも徒歩での戦闘じゃん?」

「ああ、きみたち、知らないのかい?」

 脱いだブラウスや下着を几帳面にたたんで籐細工のカゴの中に置き、レティツィアは怪訝そうに首をかしげた。

「ふぇ?」

「知らないって、何をですかー?」

「例年、ここでは春の観兵式がおこなわれるんだよ」

「観兵式……って、国王陛下の前で王国軍の兵士たちが行進したりするあれのことですか、レティツィアさま?」

「ああ。――もっとも、ここの観兵式には陛下はいらっしゃらないけどね」

「どうしてそんなことするわけ?」

「一年生のお披露目が目的だと聞いたことがあるけど」

 湯気の満ちる大浴場では、裸の少女たちがきゃいきゃいいいながら入浴を楽しんでいた。軍学校の寮に付設されたものでありながら、ここの大浴場はあちこちに上質な大理石が使われていて、ごてごてした装飾なんかはないけど、そのへんの高級公衆浴場なんかよりもよっぽど造りがいい。

「いつ見てもすごいですよねー、ここのお風呂」

「この学校にはときどき王家のかたがたもご入学されるからね。そういう時にはかなりまとまった額の寄付金が集まるらしいんだ」

「それでこんなに豪華なお風呂なの?」

「理由のひとつではあるだろうね」

 三人は洗い場に並んで座ると、それぞれに髪を洗い始めた。

「――それでね、さっきいった観兵式も、まんざらその寄付金と無関係ではないんだ」

「え? そうなの?」

「当日はわたしたち一年生がメインのパレードがおこなわれるんだ。その時の並び順が、実は保護者からの寄付金で決まるという噂がある」

「あー、いかにもありそうな話ですねー、それ」

「ってゆ~か、もしかして入学したばっかりなのに馬術の実技がやたら多いのってそれのため!? そのパレードに間に合わせようってこと!?」

「おそらくね」

「はー、そういうことですかー……おかげでもう腕がぱんぱんですよー」

「どれ? ちょっと触らせて?」

「ほらー、ヤバくない?」

「…………」

 マルルーナがもみほぐしている彼女の二の腕をぷにっとつまんだクリオは、しばらくその感触を確認すると、今度は豊かな金髪についた泡を流そうとしていたレティツィアの二の腕をふにっとつまんだ。

「ひゃあぁ!?」

 いつもの彼女らしからぬ悲鳴をあげたレティツィアは、両腕を胸にかかえ込んで背中を丸めると、頬を赤らめてクリオの蛮行に抗議した。

「ちょ、あっ……な、何を、いっ、いきなり、何をするんだ、バラウールさん!?」

「いや、だってほら」

 クリオはマルルーナと自分の二の腕に順繰りに触れてから、レティツィアの二の腕とくらべてみた。

「……やっぱりわたしたちよりレッチーのほうがちょっと締まってるカンジ? でも、そんなにムキムキって感じもしないし……」

「は、はい……?」

「だからほら、きょうの馬術、女子だとレッチーだけ平気で槍を構えて馬を飛ばしてたじゃん?」

「あー、わたしもクリオちゃんも、どうにか一周するだけで精一杯だったのに、確かにレティツィアさまだけは余裕綽々って感じでしたよねー」

「そうそう。だからよっぽど腕に筋肉ついてるのかなって思ったんだけど、触ったかぎりじゃそういうカンジでもないし――」

「だ、だからって、急につままないでもらえるかな? おっ、驚くから――」

「別にいいじゃない、つねったわけでもくすぐったわけでもないんだし」

 クリオは唇をとがらせつつ、世の不条理を噛み締めていた。

 同じ女の目から見ても、ある意味でレティツィアは理想的な美少女だった。手足はすらりと長く、背は高すぎず低すぎず、出るべきところと引っ込むべきところ、きちんとメリハリがついている。肌は白く、ゆるやかに波打つ輝くような金髪と青い瞳、ふっくらとしたピンク色の唇――そういう上質なパーツを片っ端から集めてきて作ったみたいな、つまりはとにかく美しい少女なのだ。

 こうした外見的な要素に加えて、大貴族ロゼリーニ家の一員として生まれた上に頭脳明晰、品行方正、さらには運動神経にまでめぐまれている。

 せめてこれで性格が悪かったりしたのなら、「ああ、でもあの子って性格は最悪じゃん?」みたいな陰口のひとつも叩けたのかもしれないけど、レティツィア対してはそれすらもできない。実際、長きに渡って貴族たちにとって嫉妬の対象だったガラム・バラウールの娘であるクリオに対しても、貧乏貴族のマルルーナに対しても、レティツィアは最初から何の偏見もなくフラットな態度で接してくれている。これじゃ性格的にも文句のつけようがない。

 つまりはレティツィアとは、そういう、ほぼほぼ完璧に近い美少女なのである。

「……バラウールさん……?」

 クリオのじっとりとした視線に気づいたのか、レティツィアがいぶかしげに声をかけてきた。

「……別に何でもない」

 頭をもたげかけた劣等感を抑え込み、クリオは母の形見の櫛を髪に通して細かい砂を落としていった。

 別に転んだりした覚えはないんだけど、きょうみたいに屋外で身体を動かす授業をみっちりやったあとは、髪の中に砂粒が交じっていたりする。それを汗といっしょに綺麗に洗い流さないと、ベッドに入っても気分よく寝れそうになかった。

「――それはそうとバラウールさん」

「ん?」

「きみはどうしてそんなふうに髪を染めているのかな?」

「あ、それはわたしもギモンだったよー。髪が痛んだりしないの?」

「これ別に染めてないよ?」

 クリオの髪はベースこそ金色だけど、そこに赤やピンクが交じっている。でも、わざわざ高価な染め粉を用意して、手間暇かけて染めているわけじゃない。

「いや、生まれつきこんな髪色の人間がいるわけないだろう?」

「生まれつきってわけでもなくて……自分でもよく覚えてないんだけど、小さい頃はわたしもレッチーみたいな金髪だったんだ。ただ、とうさんから魔法を教えてもらうようになったら、何か徐々に色が変わってきて――」

「え!? 魔法を覚えると髪の色が変わるの!? そんなの初耳だよー!」

 泡だらけの自分の赤毛を押さえ、マルルーナが腰を浮かせた。

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