第一章 おれの膝枕 ~国王の狙い~
「本当かい? ……まさか、駆龍侯の魔法の秘密を彼女にだけ教えていたとか、そういうことはないだろうな? だとすれば不公平極まりない! 祖国を守るための力は、我々みなに平等にあたえられてしかるべきで――」
ユーリックが耳にした噂では、ルロイはレティツィアを激しくライバル視しているらしい。それは彼自身の性格うんうんに加えて、双方が古くからこの国で並び称される名門の生まれだからという理由が大きいのだろう。
「でも、あなたじゃレッチーのライバルっていうには力ぶそ――」
「もちろんそのような話はしておりません」
余計なことをいいかけたクリオの口をふさぎ、ユーリックはかぶりを振った。
「――レティツィアさまはただ、昼休みの一件について、面白いものを見せてもらったとおほめくださっただけです」
「む……? それは本当だろうね?」
「はい」
そこでようやく、自分が貴族らしくもなく取り乱していたことを思い出したのか、ルロイはいまさらのように小さな咳払いとともに赤毛を撫でつけ、
「そうか……うん、ディラド卿のご子息との一件はぼくも見ていたよ。しかし、いったいあれのどこがバラウールくんの魔法なのだ? そっちの平民くんがディラド卿のご子息を投げ飛ばしただけじゃないか」
「あれ? やっぱり判んない?」
「な、何? どういう意味だ、バラウールくん?」
「それを種明かししちゃったら面白くなくない? あなたも法兵科に進もうと思ってるのなら、わたしに聞かずに自分で考えてみたら?」
クリオはにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべ、ユーリックの尻をはたいた。
「さあ、行くわよ、ユーくん」
「はい。……それでは失礼いたします、ルロイさま」
怪訝そうな顔で首をひねっているルロイに一礼し、ユーリックはクリオにしたがって歩き出した。
「あのさあ」
ルロイとの距離が充分離れると、クリオはユーリックの腕を掴んで揺さぶった。
「――うまくごまかせたとか思ってない? わたし忘れてないからね?」
「何の話でしょう?」
「だーかーらー! ジュジュ先生と! ふたりっきりで! 何かしてたよね? 何かあの先生、暗がりでユーくんの腕にしがみついてたっぽいんだけど!?」
「ああ……それはきのうの一件でしょう」
「それを! 素直に! 説明! しなさいよ!」
「ですからそうわめかないでください。はしたない……」
東西から男子寮と女子寮にはさまれた噴水広場は、夕日が作り出した影に染まってひと足先に夜が忍び寄りつつある。クリオを噴水の縁に座らせ、ユーリックはいった。
「ジュジュ・ドルジェフ女史が法兵科の教官だということはご存じですね?」
「うん。だから?」
「その職業柄か、女史はどうやら旦那さまの魔法に興味をお持ちのようです。お嬢さまは何か彼女に聞かれませんでしたか?」
「それは……うん、確かに入学してすぐの頃にいろいろ質問されたっけ。でも、何も知らないってきっぱり突っぱねたよ?」
「やはりそうでしたか。おそらくドルジェフ女史は、お嬢さまから何も聞き出せないと判断し、代わりに私に聞いてきたのでしょう。……お嬢さまが私の記憶から垣間見たのはその時の光景です」
「え? あれ? あれってそういう……そう、だったんだ……?」
「お嬢さまもどうかお気をつけください」
声をひそめ、ユーリックはいった。
「――ドルジェフ女史しかり、レティツィアさましかり、旦那さまの”
「う、うん」
「ただ、一番その秘密を知りたがってるのは、おそらくは陛下です」
「えっ?」
「私の推測ですが、陛下が今もっとも警戒しているのは、お嬢さまが他国へ走ることだと思います」
「他国に走るって……わたしが亡命するってこと?」
「はい」
「……どういうこと、それ?」
「旦那さまがお亡くなりになり、領地も財産も失ってしまえば、お嬢さまをこの国につなぎ留めておくものが何もなくなります。もしそこに、たとえば隣国のアフルワーズあたりから使者が来たらどうなさいます?」
アフルワーズは、このフルミノールと長い国境線で接する隣国である。今でこそ一応の友好関係にあるものの、もともと民族的な対立もあって、古くから何度となく干戈を交えてきた。
「アフルワーズの使者が来たらって……え? どういう意味?」
「……察しがよろしくありませんね」
ユーリックは頭をかき、クリオと額を突き合わせるように背中を丸め、さらに声をひそめて続けた。
「一八年前、六国連合の盟主としてこの国に侵攻してきたアフルワーズ軍の主力を、都の手前で撃退して反撃のきっかけを作ったのは旦那さまのロゲ・ドラキスです。――要するに、フルミノールにロゲ・ドラキスがあるかぎり、周辺諸国は迂闊に手を出すことはできません。ですが、もしこの秘法が他国に渡ったらどうなります?」
「え~と……この国がまた攻め込まれちゃう、かな?」
「その通りです。ですから陛下としては、少なくともロゲ・ドラキスの秘密を掴むまでは、お嬢さまの亡命を防がなければならないのです」
「そもそもわたし、他国のためにはたらくつもりなんてないけど――」
「この際お嬢さまの考えは関係ございません。問題なのは陛下がどう判断なさるか、です。……そのため陛下は真っ先に、お嬢さまに婿取りの話を切り出したのでしょう」
ゼクソールでの五年間でクリオが父に匹敵する魔法士に成長できるのならそれでよし、もしそれがかなわなくても、クリオが王族の若者と結婚すれば国王と姻戚関係となり、彼女をこの国につなぎ止めておける。クリオ自身がロゲ・ドラキスを再現するか、あるいはほかの魔法士が再現するかはともかく、その研究のためには、とにかくクリオを手もとに置いておかなければならない。ユーリックはそれがリュシアン三世の狙いなのだと睨んでいた。
「……つまりさ」
眉間にしわを寄せてしばらく考え込んでいたクリオは、また頬をふくらませて不満げにもらした。
「最初から婿取りの話を出してきたってことは、もしかしなくても陛下って、わたしが五年くらいじゃとうさんに追いつけないって考えてたってこと?」
「ようやくお気づきになりましたか」
こういう話で下手に世辞をいっても意味はない。ユーリックは両の拳を開いたり握ったりしながら、言葉を選んでクリオにいった。
「――とにかく、お嬢さまがおっしゃるところの馬の骨と結婚したくないのであれば、首席卒業ももちろんですが、意地でもロゲ・ドラキスを再現する必要がございます。チャラチャラと遊んでいる暇はございません」
「チャラチャラなんて――!」
「どうかお静かに。重要なお話です」
くわっと大口を開けてわめこうとしたクリオの唇に、ユーリックは人差し指を押し当てた。その真剣なトーンに、少女もはっと目を丸くする。
「……先ほども申し上げましたが、ロゲ・ドラキスは列強各国のパワーバランスに大きな影響をおよぼす力です。陛下も、それに他国も、それをのどから手が出るほど欲しがっております。別のいい方をすれば、必要なのはロゲ・ドラキスそのものであって、決してクリオドゥーナ・バラウールという少女ではございません。今は単に、ロゲ・ドラキスの再現に一番近いところにいるために、陛下たちがお嬢さまを重要視しているだけなのです」
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