第一章 おれの膝枕 ~謁見の間~




 その威光おとろえたりといえども、いまだに大陸有数の軍事力と広大な国土を持つフルミノール王国の、その支配者だけのことはある。

 ――と、クリオドゥーナは感じた。

 リュシアン・エルナンジュ・ドン・フルミノール、国民たちからは三世陛下と呼ばれる王者が、冷ややかなまなざしをじっと自分にそそぎ続けているのが判る。まるで自分という人間を値踏みされているみたいだった。

「……つまり、お家お取り潰し、ということでしょうか……?」

 居並ぶ廷臣たちの冷ややかな視線を浴びていた喪服姿のクリオは、国王から告げられた言葉に混乱しつつもようやく口を開いた。のどがカラカラで、こぼれてくる言葉のいちいちが、まるで自分の声じゃないみたいに聞こえる。

「それは正確な表現ではないな」

 玉座に座り、悠然と頬杖をついていたリュシアン三世は、少女の言葉を即座に訂正した。

「――あなたが父君からどのように聞かされていたかは知らないが、もともと“駆龍侯ドラキス”とは、あなたの父君ガラム・バラウールその人にのみあたえられた一代かぎりの爵位なのだよ。つまり、父君が亡くなったからといって、あなたがそのまま駆龍侯の名と地位を継ぐことはできない」

「え……?」

「お判りかな、クリオドゥーナ嬢? 取り潰すだのどうだのという話ではなく、最初からの取り決めなのだよ、これは」

「そ、それでは、わたしは今後、どうなるのでしょう?」

「それも先ほど説明したと思うが」

 若い頃から美男子としてつとに名高かったというリュシアン三世は、クリオの問いに軽く首をかしげた。お上品な髭がクリオの趣味とは違うけど、確かに美男子といっていいと思う。

「――我が父王リュシアン二世がガラム・バラウールにあたえた所領とそれに付随する徴税権、今あなたが住んでいる屋敷、そして侯爵に許される数々の特権は、我が国に返還してもらうことになる」

 あらためてそう聞かされ、クリオは頭から冷水を浴びせられたような気がした。

「……一八年前、確かに我が国はあなたの父君によって救われた。だが、いまだ国難の日々は続いている。そんな中、あれほどの広大な所領を、恩給代わりにあたえておくわけにはいかないのだ。そこをどうか判ってほしい」

「そ、それなら、わたしが父に匹敵する魔法士マージだと証明できれば――」

「そうだな。そうであれば余も嬉しい」

 綺麗に整えられた髭を指で撫でつけ、リュシアン三世は微笑んだ。

「――一八年前、陥落の危機にあったこの王都を守った大地の龍たち……あの強大な力を、父君同様、あなたが自在に駆使できるのであれば、余はむしろ進んであなたにこうべを垂れ、次の駆龍侯になってほしいと懇願するだろう。――今のあなたにその力があるのなら」

「そっ……それは、その――」

 いかにクリオがガラム・バラウールの実の娘で、その血を色濃く受け継いだ天才だと評されていたとしても、しょせんは弱冠一六歳の少女にすぎない。今の自分に国王が望むほどの力がないことは、ほかならぬクリオが一番よく判っていた。

「……駆龍侯にふさわしい力をしめせないのであれば仕方ありますまい」

 陪臣たちが左右に分かれて侍立している中、王を除いてひとりだけ椅子に座ることを許されている老人が、長い溜息とともに呟いた。

「駆龍侯が亡くなったと聞けば、またぞろ動き出す国もありましょうし……」

「大宰相どののおっしゃる通りだ。我々を敵と見る国はまだ多い」

 リュシアン三世は大きくうなずき、クリオに語りかけた。

「……ただ、父君を失ったばかりのあなたから、いきなりすべてを奪うというのはさすがに不義理、非情というものだ。そこで、生前のあなたの父君の功績にかんがみ、王家の縁戚からしかるべき者を婿に迎えるのであれば、あなたがあらたにバラウール男爵家を興すことを認めよう」

「む……婿?」

「ああ。さすがにこれまで同様の所領をあたえるわけにはいかないが、それでもあなたは女男爵クリオドゥーナ・バラウールとして、我が国の社交界に残ることができる。それも一代かぎりではなく、あなたの子々孫々まで、正当な貴族としての待遇を得られるように――」

「わっ……わたしは――」

 クリオは思わず声を荒げて立ち上がろうとしたけど、喪服の腰の部分を掴まれ、立ち上がることができなかった。

「……!」

 肩越しに後ろを見やると、いつもの定位置に控えていたユーリックが、無言で首を横に振っていた。不愛想なその顔が、余計なことをいうなとクリオに警告している。こういう時、ユーリックの判断はクリオの判断よりもつねに正しい。

 だけど、それでもクリオは黙っていられなかった。

「わ、わたしは……」

「何かね、クリオドゥーナ嬢? この際だ、いいたいことがあるならいいたまえ」

 リュシアン三世がクリオに先をうながす。喪服のベルトを掴むユーリックの手にさらに力が込められるのが判ったけど、もうクリオには口をついて出てくる言葉を止めることができなかった。

「わ、わたしは……わたしなら、一〇年あれば父を超えることができます!」

「……ほう?」

「ご自重ください、お嬢さま――」

 リュシアン三世が目を丸くして驚く一方、背後のユーリックは小声でクリオを制しようとしている。でも、クリオはユーリックの手を振りほどいて立ち上がると、黒いケープを引きむしって叫んだ。

「わっ、わたしなら、あらたな駆龍侯の名に恥じない魔法士として陛下のお役に立てます、絶対! ホントに! ってゆ~か、わたしだけが! 父を! 超えられるんです! お時間さえいただければ――」

 胸に手を当てて力説するクリオを見て、陪席を許された廷臣たちの中から苦笑がもれてくる。身のほど知らずの小娘とあなどる連中には腹が立つけど、今はそんなことどうでもよかった。

「その意気は買いたいが……ではあなたは、余に一〇年も待てというのかな? この先一〇年、他国が侵攻してこないという保証は?」

「あ……いえ、じゃあ九年……?」

「…………」

 国王の眉根がぎゅっと寄ったのを見て、クリオは慌てて首を振った。

「あ、ちがっ、ご、五年! 五年で! いいです、五年で!」

「五年、か……」

 顎に手を当て、国王は思案顔で唸った。

「あなたは……今いくつだったかな?」

「はい? ああ……一六です。一六になりました」

「そうか。なら、ちょうどいいといういい方も妙だが――なら、五年の猶予をあなたにあたえる代わりに、こちらからも条件をつけよう」

「じょ、条件……ですか?」

「あなたには、この春から王立陸軍学校ゼクソールに入学してもらう」

「ゼクソールに……?」

「あなたにはあの軍学校をトップの成績で卒業してもらおう。その上で、あらためて余に見せてほしい。ガラム・バラウールに伍するほどに成長した力を」

「つ、つまり、軍学校での五年間で、駆龍侯にふさわしい力を身につけろと?」

「余たちに披露してほしい。あなたの父君が見せてくれたのと同じ奇跡――大地の龍が咆哮するさまを」

「……そうすればわたしをあらたな駆龍侯とお認めくださるんですね?」

「約束しよう。余の名誉にかけて」

「やっ、やります!」

 クリオがそういった瞬間、背後でユーリックが舌打ちするのが聞こえた。

「――やってみせます! 単なる大言壮語じゃありません! 五年後、もし首席で卒業できなければ、王族のボンクラとの結婚だろうが無一文で放逐だろうが、陛下のお好きなようにしてくださって結構です!」

「ぼ、ボンクラだと……?」

「ぶっ、無礼な!」

 ふたたび陪臣たちがざわつき始める。けど、国王は少女の物言いをとがめることなく、むしろ楽しそうに笑って鷹揚にうなずいた。

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