第3話(仮)


管理塔へと続く道、やけに短い大通りを歩いていく。いつもより少し騒がしい道、おそらくは誰かに罰則が行われているのだろう。響く銃声は聞き慣れたモノ、機械兵の標準装備である。


ーーこの音こそが人間を縛る鎖、非力な俺らでは抗えない、か。


聞く度に突きつけられる絶望、逃れえぬ支配に諦念以外はもはや無くなっている。


行動全てに規定と命令がはたらいており、命令なくば人は寝ることも許されず、なんなら起きることすら許されない。


この世界において自由なのは脳内だけであり、そして思考する機会すらも与えられない。


ーーああ今更ながらなんてディストピア。どこかに反乱軍でも落ちてないものか。


そう心で呟くのも何回目だろうか。個人としてならばまだしも、団体での反乱は少なくともここ10年で見たことは無い。


ーー今はまだ耐えている。…だがいつまで待てばいいのだろうか。死ぬまで?このままずっとただの歯車として回り続けるのか、…それは嫌だなぁ。


代わり映えのない日々、変えようとしない自分。そうさせるだけの環境があると言えども本質的には己の業。

死ぬ勇気も生きる意思もなく、ただそこにあるだけの風見鶏。そんな自分を微かに自覚しつつも仕方がないと目をそらす。


ーーああ、いっそこのままーー



ーその瞬間、爆発音とともに傍の建物が崩れた。それが呼び水となったかのように続く爆発音、巻き上がる粉塵。


心に浮かんだ空言は跡形もなく吹き飛ばされ、現状を頭が受け止めきれない。



「…ってて、派手に爆発したなぁおい。もしかして武器庫だったか。」


土埃の中から聞こえる人間の声。呆然とした脳内にやけに言葉が響いていく。


「…んぁ?オマエ人間?どうしてこんなとこにいやがる、早く逃げろ!」


そう叫びながら現れたのは見知らぬ少女、見慣れぬ服装に身を包み、その手には銃を握っている。


ーーああ、まるで炎のようだ。


現実をそっちのけ、その少女の様相に目を奪われた。

整った顔立ち、肩まで伸びた燃えるような赤い髪。身を包む服装をよく見れば、厚めの生地に不格好なプロテクターが付いている。それが戦闘服であることは彼女が手に持つものを見れば明らかだろう。

そして何より目を引くのは少女の金色の眼。明確な意志と熱量を感じさせ、爛々と輝くその瞳は俺の意識すら飲み込んでしまいそう。


「何ぼーっと突っ立ってやがる。…わーったわーった、オレは、いやオレらはレジスタンスだ!人間を解放するためにここにいる!」


れじすたんす、レジスタンス。何度か脳内で繰り返し、その言葉を嚥下する。

爆発音、逃げろという言葉、そして意思に満ちた眼光、その全ては少女の言葉が正しいと証明している。


レジスタンス、夢にまで見たこの場所からの解放。ずっと待っていた存在。支配から逃れる千載一遇の機会。


ーー逃げたい、逃げよう、逃げなきゃ。


早く逃げろ、告げられたその言葉をやっとのことで理解し、即座に走り出そうとする。

しかし地面に縫い付けられたかのように微動だにしない自分の足。


ーー動け、動け、動けっ!


…足が動かない理由はわかっている。支配された10余年。その記憶はあまりに重く、見えぬ足枷となって踏み出す1歩を阻害する。


ーー…ハハ、どれだけ現実から目を逸らそうが、心の底ではわかっていたってことか。ここで逃げるのは無謀だと、どれだけ人間が足掻いたところで鉄の塊には勝てないと。銃を持とうが変わらない。それを1番知っているのは組み立てた俺自身だから。


「あぁ?聞こえてねぇのか?いいから向こうへーー」


「ーー警告、人間二銃器ノ所持八許可サレテイマセン。…ERROR、ERROR。対象ノ情報ガ存在シマセン。侵入者トシテ仮登録完了、制圧シマス。」


「チッ、もう来やがったか!しゃあねぇ、残り少ねぇがやってやる。」


迫り来る機械の大軍に、少女が懐から何かを取り出し投げつける。その瞬間、先程の爆発より規模は小さいものの、大きな破裂音とともに煙が充満していく。


「おらよっ、オレ様特製煙幕ボムだッ!量産型じゃあ見えねぇよなぁ!…おいオマエ、動けねぇってんなら勝手に連れてくぞ!」


そう言って少女はこちらに向き直り、俺の体を横抱えにして走り出す。


「…なぁ、レジスタンスって本当なのか?」


状況からレジスタンスであることはほぼ間違いないだろう。しかしそれでもそう聞かずにはいられなかった。


「なんだ喋れんのかよ。そうさオレらはレジスタンス。機械王に弓引く反逆の徒、さっきそう言っただろ?」


「…そのレジスタンスの規模は?武器は?拠点は?」


続けた質問にぶっきらぼうに少女は答える。


「なんだオマエ、やけに聞いてくるな。…だいたい人数は50人くらいで、武器は人による。拠点は今向かってるな。」


50人、全てをひっくり返すには少なすぎる人数。


「…無理だ、無理に決まってる。武装した機械兵に生身の人間50人が勝てるわけが無い」


「やってみなきゃわかんねぇし、やんなきゃならねぇ。」


「結果なんて目に見えてるだろッ!人間じゃ機械に敵わないって、だから機械王が死ぬまで待てばーー」


「…200年前だ。少なくとも200年前には機械王は歴史に登場してる。あいつに寿命なんてねぇのさ。…なぁ、いったいオレらいつまで待てばいいんだ?いつまで同胞を見殺しにし続ければいい?」


「…」


「それにーー」


その瞬間、三体の機械兵が目の前に立ち塞がった。背後を見れば先程撒いた機械兵もどうやら追ってきている。

道を塞がれ逃げられない。少女が先程の煙幕を使ったとしてもほとんど意味は無いだろう。

まさに絶体絶命、という言葉が頭に浮かぶ。

パンという発砲音に目を瞑り、振り返るのはこの人生。


ーーやっぱり無理だったんだ。逆らってもこうやって死ぬだけ。…2度目の死、か。転生しても働いて、自由なんてありゃしなかった。これも人生、これも運命か。


撃たれた痛みを待つこと数秒、いつまで待っても痛みはなく、どうしたのかと恐る恐る目を開ける。


「ーー1つ訂正してやる、人間が機械に勝てないって?馬鹿言え、意思さえあれば全てを変えられる。」


「なぁ、『空気ってのは意外と重たいらしいぜ』。」


目に映るのは落下していく弾丸。目に見えない何かに妨げられるようにゆっくりと減速し、落ちていく。


「『きっと爆発しろ』、【世界編集同調】」


少女がそう口にした瞬間、これまでのどれよりも大きい爆発が当たりを飲み込んでいった。

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