第44話 大成と館林宰相の会見
数日後、既に連絡を入れていた大成が以前と同じくとある寺の境内に駕籠と共に佇んでいる。
私は柳沢殿から借り受けた中間たちを引き連れて迎えに来た。
甲府浜屋敷に赴いたときよりもすんなりとことが運ぶ。神田御殿で出迎えたのは柳沢殿のみであり、館林藩のご家老やその他用人などは一切現れなかった。
驚くべきことに、先日の狭い部屋に通された私たち、唐服のお春は別として、大成の大小も、私の形ばかりの脇差も取り上げられることなく速やかに対面が行われた。
さすがの大成も面食らう。
「そのほうが明国の使者か?」
座に着いた館林宰相様は直々にお声をかけてきた。
私は恐れ入って平伏していたが、大成は持ち前の気性を発揮し、堂々と応える。まったく、こちらにも恐れ入るばかりだ。
「はっ、大明帝国、国姓爺鄭成功が外孫、鄭大成と申す。以後良しなに」
「ほう。鄭成功殿が生きていたと先日講釈で聞いたが、お孫殿がご使者とは奇特な」
「恐れ入りまする」
「本日、その鄭成功殿は?」
「国姓爺は来るべき決戦に向け、明国内の反清勢力の拡大に努めておりますれば、本日参上できぬこと、まことに相済まぬと申しておりまする」
「そうであるか。では致し方ない」
「ご寛恕、かたじけない」
「来るべき決戦と申されたが……」
およそ挨拶といってよい会話の後、柳沢殿が口を挟んでくる。おそらく具体的な話し合いは宰相様に任されているのであろう。
「残念なことに日本からの出兵の件は二、三年はかかるかも知れぬ」
「そ、それはどういうことで?」
思いがけぬ言葉に大成も慌てる。
「当代様は大老、酒井様の言いなりも同じ、いくら甲府様や我が主、館林宰相様が口を出したところで結局は大老の意見がまかり通るというものだ」
「で、では、二、三年というのは?」
「……大きな声では言えぬが……」
柳沢殿は言葉どおり声を潜める。
「当代様はご病弱であらせられる。お世継ぎもいらっしゃらぬ。代替わりの折にはさしもの下馬将軍といえど失脚いたそう。そうなれば次代将軍となられるお方の意見に重きが置かれるはずじゃ」
「……そ、それは……」
大変な話を聞いてしまった。
流石の大成も言葉を失う。
私はちらりと正面の館林宰相様の顔色を伺った。
表情に変りはない。小姓如きが征夷大将軍の代替わりを口にするという暴挙を黙って聞いている。
とすれば、これも宰相様からの指示かもしれないと少し安堵する。
だが、内容が内容だけに私も大成も言葉が出なかった。
「そんなわけで今すぐとはいかないことをわかっていただきたい。なに、大方の予想では二、三年のことだ」
「……これまで祖父たちは何十年も戦ってきたでござる。あと二年や三年、確実と知れば待つのに異存はござらん」
大成は、次代将軍が甲府宰相様であると聞いているので、そのことに賭けてもいい気がしたということだ。消極的なやり方だが、確実さを採った結果、承服する。
「おお、承知してくれたか。めでたい。では酒宴にいたそう。宰相様からお杯がくだされるとのことである」
大成の返事を待っていたかのように、柳沢殿は手を打ち鳴らした。しばらくして襖が開けられ、酒膳が運ばれてくる。
「さ、勿体無くも宰相様からのお下がりである。杯を取られよ」
「そ、それでは……」
大成も、ここは断る場面ではないと判断し、言われるがまま杯を手にする。
宰相様からとはいっても、無論柳沢殿が我々の杯に酒を注ぐ。お春は形だけだ。
宰相様、大成は同時に杯を空けた。私もそれを見届けた後、柳沢殿の勧めもあって飲み干す。
ふと非人屋敷での酒宴が思い浮かんだ。あそこも行く度に宴になる。雰囲気はまるで違うが。
しばらく顔を出していないなと寂しく思う一方、頭たちに迷惑はかけられないと、大成の仕事が片付くまでは遠慮することを改めて決心する。
「これで我らはお味方じゃ。実にめでたい」
味方。
柳沢殿はそう言った。本当にそうなのだろうか。
私は言い知れぬ不安に襲われる。だが、余りに小さく、漠然としたものであったのですぐに気にならなくなった。
「これからも講釈を聞きたいと宰相様は仰せである。杉森殿も御用の際は遠慮なく参られよ。木戸ご免とするとのお計らいである」
「ははーっ! 勿体無きお言葉」
甲府宰相様のところよりも破格の待遇に恐れ入る。
「ご使者殿からも明国の話を伺いたいとのこと。その折は是非に」
「しかと承った。ご配慮かたじけない」
今後も神田御殿で会合を開くということ決め、本日の会見は終わる。
今日も泊まれと言われたが、大成の事情が事情だけに柳沢殿も無茶な誘い方はしなかった。宰相様も我々が断ったことについて特に意見は無いようで、安心して御殿を後にする。
その後、度々神田御殿から大成への呼び出しがあった。
その内容とは?
『いずれわかる』であった。
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