第31話 依頼遂行

 私の予想通り、いや、大成、ひいては鄭成功の計画通りにことが運び、私は宰相様から直々に講釈のネタの出所を聞かれることになった。


 大成との約定がある。応えねば……


「とある御仁より、様々な書物を借り受けましたのでございます」


「ほう……余程の人物のようであるな。何者じゃ?」


「はっ! 恐れながら、これを……」


 私は震える手で懐から、例の、大成より託された書状を取り出し、用意してくれていた畳の上から地面に降りると、平伏して差し出した。

 先ほどした覚悟とは、今日を以って私の人生が終わるかもしれないというものである。直訴に等しい行為であった。


「控えい! 直訴はご法度ぞ! 講釈師風情が調子に乗りおって!」


 やはりご家老が恐ろしい剣幕で叱責し始める。

 だが、私は今更この書状を引っ込めるわけにもいかなかった。


「じ、直訴ではございませぬ。宰相様より伺われました、件の御仁より宰相様に宛てられた書状にございます。宰相様よりご下問がございましたら、是非ご覧じいただけるようにと託されましたのでございます」


 平伏しながら、私は必死に訴える。まだ私のココロに住まうビックリ虫は起き出して来ないようであった。


「ほう、その御仁とやら、用意のよいことじゃ。主膳、構わぬ。これも余興じゃ。これへ持て」


「ははーっ。これへ持て。宰相様のご意思である」


「はっ!」


 とうとうこのときがやってきた。大成が何を書いたか察しは付くが、内容より、書き方如何で私の処遇も決まる。

 小姓がキザハシを降り、私が平伏しているところに来たのがわかったので、私は顔を伏せたまま差し出す。

 座敷の上は見えなかったが、どうやら無事に宰相様の手に渡ったらしい。封を開ける音が聞こえてくる。


「これは……」


 宰相様は、一言つぶやくと、無言となってしまった。

 外国からの救援要請の書状を、一介の浪人者から渡される驚きは私も自ら経験している。宰相様の心中は容易にお察しできるというものだ。


「余興はこれまでじゃ。皆の者、下がってよい」


「ははーっ」


 上様の弟君である甲府宰相様のお言葉に異を唱える者なぞ居る筈もなく、座敷の上では、私は見えなかったが、客人たちが一礼し、ぞろぞろと立ち去っていく。

 ご家老さまが客人たちを見送ってから戻ってきた後、宰相様の指示で庭からも警護の武士が下がらされ、この場にはご家老を合わせて三人のみとなった。

 私は宰相様のお許しがなければ立ち去るどころか顔を上げることすらできない。


「主膳。読んでみるがよい」


「はっ、では失礼をば……」


 その後ご家老の声が聞こえなかったのを見ると、顔が青ざめてでもいたのかもしれない。それだけの内容なのだ。

 しばらくお二方はなにやら話し合っておられた。


「杉森。面を上げよ」


「はっ!」


 そうは言われたものの、事が事だけに気後れする。だが、知らぬ顔を決め込むためにも、私は恐る恐る顔を上げる。

 やはりご家老は蒼い顔でおろおろしているようであった。


「杉森。この書状を読んだか?」


「宰相様宛ての書状、どうして私如きが目を通せましょうか」


 私は宰相様の言質を取る。内容は知っていたが、確かに手紙の中は見ていない。大成の狡猾さがうつったようである。


「ふむ。殊勝な心がけである。では下がってよい」


「ははーっ!」


 私はホッとすると同時に、心から宰相様に感謝して平伏した。

 が、ご家老がその安堵を打ち破るが如き進言をする。


「なりませぬ! この者、留め置くべきかと存知上げまする!」


「知らぬと申す者を留め置いて如何する。それに、案内役でもあると書き記しておる」


「そ、それは……」


「杉森。後日改めて事情を聞くことにする。下がってよい」


「ははーっ!」


 納得しがたい様子ながらも、主人の意向には逆らうこともできず、ご家老は私の退出を認める。再び警護の武士が呼び戻された。


「よいか。この期に及んで江戸から立ち去ろうなどとユメユメ考えるでないぞ」


「はっ。決して」


 去り際、ご家老から釘を刺された私は、正直に申し上げた。私も今となっては明の、いや、大成の仕事がうまくいくか気になっている。

 ちっぽけな私の命を懸けても結末を知りたい。


 警護の武士に連れられ門の外に出た私は、一歩踏み出したとたん地面にへたり込んでしまった。やっとココロのビックリ虫とやらが起きたのだろうか。

 門の外は既に暗くなっていた。十三日のことゆえ月が昇っている。


 私はその月の光のもとに、しばらくしてから立ち上がると、大成に今日の首尾を報告しようと、居候先と聞いている日本橋に向けて歩き出す。


「ご浪人さん。青木さまのお屋敷はどちらでしょうか?」


 途中、大きな荷物を担いだ行商人に道を尋ねられた。


「不案内ゆえ存ぜぬが……」


「杉森様。尾行られています。日本橋には足を向けぬよう」


「お、おぬしは……」


 スッと顔を寄せてきた行商人は、小声で何か忠告してくる。

 瞬時に大成の、秘密組織とやらの仲間であると感じた。


「繋ぎは任せてください。ああ、ご存知ありませんか。こりゃどうも!」


 行商人風の男は、手拭いで頭を包んでいたため日本人か唐人かはわからなかったが、最後のセリフを後ろから私を見張っているという者に聞かせるために大声で言うと、スタスタと立ち去っていった。

 尾行者はおそらくご家老あたりが差し向けたのだろうが、私は男に言われたとおり、そのまま浅草に戻ることにした。

 途中、斬られはしないかとビクビクしたのは言うまでもない。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「とうとう手紙を渡しましたか! お手討ちモンですがな!」


「はい。心底肝が冷えました」


「そうでっしゃろな。おー、こわ」


 茶屋の一室では、近松門左衛門の奇譚に政太夫と座長がハラハラしている。決して人に言えぬというのが実感できてきたらしい。

 ここまで話したら、途中で止めるのも芸がないと、私は話を続ける。

 

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