第30話 依頼を引き受ける
長い説明だったが、血の繋がった親類には本当のことを打ち明けていないということに私は微妙な気持ちになる。
「それでは、私は巻き添えを喰った、ということか?」
「義兄上、それは誤解だ。義兄上はただ講釈をして、それが世に認められただけだろ?」
「調子の良いことを……」
私も怒っていたわけではないが、気になったのでつい口に出してしまう。
今でこそ義兄だ何だと持ち上げてはいるが、最初から私を、講釈師の誰かを利用するつもりだったのはわかっていた。
「それで、その後は会いに行っていないのか?」
「ああ。修理之助には同心として色々聞くことがあったから、八丁堀の長屋には訪ねたがな。できれば関わらせたくない」
「まあ、わかるが……」
私も京に両親、兄弟がいる。江戸で武士を捨てたとはとても言えない。その気持ちはよくわかる。
その後も大成の話は続いた。
私に会うまでの数ヶ月、必死でご公儀への伝手を探したという。
居候先の長崎屋から、実は台湾との抜け荷もやっている関係での知り合いだそうだが、上辺だけの伝手ではこれだけの大事、とても本気になって取り上げてはもらえまいと忠告を受ける。
それで、平和の世に慣れ切った公儀の者たちに戦乱の忠義が如何に素晴しいかを再確認させてから話を切り出そうと思い至ったらしい。『義を見てせざるは勇無きなり』を、武士を名乗る者に実感させようというのだ。
一歩間違えば、現体制に刃向かう逆賊と捉えられかねない作戦であった。
日本人としての、武家の血がサムライの国を信じようとする表れだったのか、私には判断がつかない。その点は大成も詳しくは口にしなかった。
「義兄上。これは義兄上を男と見込んで話したんだ。内証に頼む」
「言われずとも。私も命は惜しい」
「では、改めてこれを託したい」
そう言って大成は懐から例の書状を取り出した。
私は躊躇しながらも受け取る。
確かに、話を聞いた以上、見て見ぬ振りはできかねる。
「……おそらく次の講釈ではそのネタ元を聞かれるはずだ。何故一介の講釈師がそれだけのことを知っているのかと。そのときはこの書状、間違いなく渡す。だが……」
「わかった。もし聞かれなんだら、その甲府宰相とやらも、ただの珍し物好きの凡人ということよ。次の人間を探す」
「おい! 言葉を慎め!」
信奉するものが違うと、こうも大言壮語できるのかと驚く一方、今の発言を誰かに聞かれなかったかと心配する。
「心配無用。ここは長崎屋の息のかかった店だ。抜け荷にも使われる」
「そ、そうか……」
世の中の闇を垣間見た気がした。ということは以前の船宿もかと慄然とする。
私は既に抜け出られぬ深みに嵌っているのだ痛感した。
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すべてではないだろうが、大成から秘密を打ち明けられた次の日も、私は辻に講釈を打ちに出かける。
さすがに今回は乞胸頭たちのところへ報告に行く気がしなかった。それに、自分でも何故かはわからないが、落ち着いたものである。
ひょっとしたら、余りに大きすぎる話に私のココロが引っくり返ってしまい、そのまま何も考えられなくなっているのかもしれない。
ならば、そのココロとやらが起き出して、またぞろビックリする前にすべてを終えてしまいたいと考えてしまうのは、私が小心者だからであろうか。
それから数日後、私のココロがまだ眠っているらしいうちに、甲府宰相様から呼び出しがあった。
場所は同じく芝の、ある寺の前。駕籠が止まる。
私は返事一つしてその駕籠に従った。そして浜御殿へと向かう。
「杉森、待ちかねたぞ」
「はっ、お引き立て、まことに感謝に耐えませぬ」
甲府宰相様は機嫌よく、庭に畏まった私に声を掛けてくれた。四度目になるも、こればかりは私を緊張させる。
既に座敷には、私の拙い講釈を耳にしようと人が集まっている。今日は十人近くいる。先日の倍である。まともに顔も見られなかったが、甲府宰相様と、ご家老、学者先生の姿だけはちらりと判別できた。おそらく、その他の方々もいずれ名のある御仁たちであろう。
私は早速に講釈を始める。
今回こそ、大成の目論見どおり、明と清の興亡物語である。否が応でも気合が入ってしまった。
「さて、今回申し上げいたしますは明国につきまして。かの蒙古、我が国に二度も攻め入ろうとした憎き元の国を倒して建てられた、いわば仇を取ってくれた盟邦のお話でありまする……」
私は殊更に明について持ち上げる発言から始める。
こんな浅知恵が役に立つかは神仏のみが知りえることだろうが、既に私も相当明国に肩入れしているということなのだった。
明史の前半部分は適宜に端折り、問題の崇禎帝の最後、長平公主、李自成、呉三桂など歴史に名を残すであろう人物の事跡を語った。
そして清国軍の入関。明国の民が塗炭の苦しみを味わっていると、話を大袈裟に、明国に対する同情心に訴えるかのように進める。
続いて、四度の講釈の主題となる忠臣の登場である。
主人公は無論のこと、鄭成功であった。
既に日本にも話は伝わってきているようで、並み居る大身武士は納得したような声を上げていた。
「……かくして、鄭成功亡き後も鄭家はその身を賭して宿敵・清国に立ち向かい、お家再興を目指しております。果たしてその結末や如何に。これは神仏のみの知るところにありまする……」
こうして私の講釈は最後となった。
講釈としての結末が、本当の結末ではないとわかっている宰相様たちは言葉もなく、どう評価すればよいか迷っておられるようである。
その静寂を打ち破ったのは学者先生の関殿であった。
「杉森どの。お話、興味深うござった。一つお聞きしてよろしいか?」
「なんなりと」
「先日のご講釈の折も思ったのだが、一体如何なる方途でその講釈の内容を得られたのか。失礼ながら浪々の身のご様子。とても書籍が手に入れられるとは思えませぬ。その上今回の明の話など、まるでその場で見てきたか如き語り様。講釈師としての力量だけとも思えませぬ」
「それは……」
関様のおっしゃりようは的を射ていた。が、私は、本来甲府宰相様に聞かれたら答えるつもりだったので、言葉に詰まる。
すると、
「余も気になっていた。杉森の知識は幕府お抱えの学者も勤まるほどじゃ。話せ。どこでそのようなことを学んだのじゃ」
と、甲府宰相様までが私に問いかけてきた。
ついに時が来た。私は覚悟を決める。
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