第29話 父の実家にて2

 修理之助は父親との無意味な口論を勝手に終わらせ、矛先を大成に向ける。


「何でござるか?」


「ござる、とはご挨拶だな。そこの変ったガキのこった。男ガキのカッコはしてるが、よく見りゃ娘ッコだろ? 怪しいな……」


 さすが同心といえば良いのか、目端は利くようで、お春の正体を見抜いている。羽織の中から房付きの十手を取り出し、これ見よがしにちらつかせていた。

 当のお春はというと、変わり映えせぬ庭を見ているのにも飽きたのか、自分を話題にし始めた同心・修理之助のほうを顧みる。十手を物珍しそうに見ているが、不安そうな様子は微塵も感じられない。


「ああ、そのことでござるか」


 大成も慌てない。秘密組織、天地会の一員として、このような場合の切り抜け方はよく知っているらしい。



「実は……」


「おめえの子じゃねえのは年からしてわかるが、まさか伯父貴の子か? おめえの妹なんか?」


 大成が事情を告げようとすると、十手の威光が武士の大成にはともかく、幼子のお春にすら通じないとでも苛ついたのか、修理之助が先走る。

 これは常識的な物の見方で、私でもそう考えた。

 だが、大成はお春をこの一族に関わらせることを心配したのか、またもやウソで、いや、微妙な発言でうやむやにしようとした。

 そういえば、私もはっきりとは聞いていない気がする。


「この娘は、ある御仁から預かり申した。訳あって素性は申せん」


「そうは問屋が卸さねえ。誰だ?」


 修理之助は十手を笠に問い詰めようとする。


「これを……」


 大成は再び荷物の中からあるものを取り出した。女物の櫛である。


「こ、こりゃあ……」


 修理之助だけでなく、残る二人も、結城家三代が息を呑んだ。

 大成がちらりと見せた櫛には三つ葉葵の紋が付いていたのだ。正確には尾張葵だったが、主家筋の、尊い御紋には違いない。

 それ以上お春についての詮索は憚られた。


 大成が私に打ち明けてくれた事情によると、明への救援要請が確定しないことに対する詫びとして、各藩からそれなりの土産をもらったとのこと。つまり、お春とは全く関わりがないということだ。

 大成は嘘偽りを言っているのではなく、土産を見せただけだと言っている。とんだ如何様だ。

 結城家はここで大成の存在をどうしても認めなくてはならないことになった。

 まずは叔父の次郎左衛門が震える声で確認する。


「げ、源之将ど、どの……お、おぬし、こ、これからこっ、この家をどっ、どうなさるおつもりか?」


「叔父上、拙者は謝罪に伺ったまで。父の所業をお許しいただけるなら、それだけで有り難き仕合せにござる」


「そ、そうか……」


 次郎左衛門がホッとしたところで、最年長の正左衛門が新しくできた孫に声をかける。


「源之将よ。家督は既にご公儀に届けてあるゆえ如何ともしがたい。なれどお前様はれっきとした結城家の総領。これを改めて授ける」


 そう言って、大事そうに抱えていた父の形見という名目の胴太貫を差し出す。

 同心・修理之助は舌打ちをした。


「ありがたく」


「うむ。無骨な刀じゃが、お前様によく似合っておる」


 体格のよい大成が胴太貫を持った姿を見て、正左衛門は目を細める。修理之助はまた舌打ちをした。


 体格こそ負けるが、どう見ても年下で、自分は家督を継ぎお役目にも就いている。だが、突然出てきた総領という存在にどう接したらよいか、距離感がつかめない。

 おまけに徳川家ゆかりの品を持っているという不気味さだ。触らぬ神に祟りなしと無言のままである。


「では、長々とご無礼仕った。これにて暇申し上げる」


 目的は果たしたと大成は腰を浮かす。


「なに? ここに住まうつもりはないと?」


 面倒にはなるが、辻褄の合わぬ大成の行動に次郎左衛門は意外そうな声を上げた。

 大成が釈明をする。


「父は不名誉を恥じ、死ぬまでこの屋敷に足を向けなかったでござる。不肖の息子が居座ったとあれば父も瞑目できぬと存ずる。どうかお察しくだされ」


「む……」


 三人は遺言を盾に取られ、返す言葉もない。


「で、ではどうするつもりじゃ? 島とやらへ戻るつもりか?」


「拙者、この江戸で致さねばならぬ大事があり申す。暫時日本橋の知り合い方に寄寓する所存にござる」


「知り合いとは?」


「廻船問屋長崎屋どのでござる。離れをお借り致した」


「ご公儀御用達じゃねえか。何だってそんなトコ……」


「修理之助!」


 次郎左衛門は息子を、詮索無用とばかりに怒鳴りつけた。先ほど見た拝領の品といい、甥のことながら、御家人の身には手に負えないと判断したのであろう。


「……では、ご一同様、ご健勝で。失礼致す」


 大成は深々と一礼すると、お春を呼び寄せ、立ち上がった。部屋を出て玄関に向かう。三人は呆然と座ったまま見送ることしかできなかった。


「大成。よいのか? おぬしの家であろう?」


 上がり框に腰を掛け、草鞋を大成に履かせてもらっているお春が、無表情だったが、心配そうに声を掛ける。


「いいんだ。父の家の者に迷惑は掛けられん」


「そうじゃの……」


 大成は私に話してくれた。大成の、いや、鄭家の仕事がどれだけ危険なことか。

 父親の頼みで会いに来たものの、関わりのない者たちを巻き添えにするわけにはいかないと、嘘で塗り固めた親族との対面だったという。




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