第28話 父の実家にて



 

 大成は小倉藩を出立してからも、目星を付けている諸藩を回った。鄭家が数十年かけて行ってきた活動の一端である。手配りはしてあった。

 海路は、無論非合法ではあったが、明国の、台湾の商船が通っている。陸路は、幸運なことに、宮本伊織の好意で手形を使えた。


 中でも私が驚いたのは御三家の一つ、尾張徳川家とも接触を持っていたことである。

 どうやらここは、明国との貿易に非常に興味を持っていたようで、出兵に関しても乗り気であったという。ただし、幕府の出方が気になるのはどこの藩とも同じだったと聞く。

 結局、大成は直接幕府に訴えるしかなかった。



 延宝五年、大成は江戸入りを果たす。私と出会う数ヶ月前のことである。


「御免! 拙者、結城源之将昌成が一子、結城源之将大成! 父に代わりてご挨拶を申し上げるべく帰参いたした!」


 江戸は本所の、とある御家人屋敷。門前で大成が呼ばわる。

 それほど大きな屋敷ではないらしく、すぐに中から小物、つまり使用人が出てくる。かなり年季の入った老人であった。結城源之将の名は知っていたようで、一言挨拶があったあと、すぐさま屋内に招き入れられる。


「何! 源之将だと! バカな!」


 小物の注進で当主らしき男が大成の通された部屋に入ってくる。年のころ四十を過ぎた武士であった。


「そ、そのほうが我が兄、源之将の倅とはまことか!」


 入るなり挨拶も無しに厳しく詰問してくるこの人物に対し、父親から実家の内情を聞いていた大成は落ち着いている。


「いかにも。父・源之将の遺言にてまかりこしました」


「なんと、遺言とな。源之将は海に沈んだはず! おのれ! 愚弄するか!」


「お待ちくだされ。父・源之将はとある島の漁師に助けられたのでござる」


 大成を騙りか何かと思い、この叔父であるサムライはいきり立った。


 それが父の性格と似ていると大成は血の繋がりを感じる。冷静に対応した。


「なんと……それでは遺言とは……」


「今年身罷られました。臨終の際、一目父上に会いたいと申して……」


 これはウソである。大成も父の頼みなので仕方がないと思っていた。


「なんと……」


「父の遺言でござれば、正左衛門殿にお目通り願いたい。祖父殿はお達者か?」


「く……いたしかたない。だが、しばし待たれよ」


「承知。是非もござらん」


 大成の叔父はちらりと縁側のほうに目をやると、やはり疑わしそうな目を大成に向けながら部屋を出て行く。

 縁側にはお春が座っていた。無論、男の子の姿で。足を投げ出して狭い庭をつまらなそうに眺めている。一言の挨拶もなかった。

 半刻ほど大成たちは待たされる。


 再び襖が開けられる。入ってきたのは先ほど応対に出た叔父と、若い侍。私が会ったことのある同心であった。おそらく先ほどの小物が呼びに走ったのであろう、お家の大事と慌てる性格ではなさそうだが、お役目途中に駆けつけたと思われる。

 そして、見るからに具合の悪そうな年配の人物が同心に支えられながら登場する。


 これで役者が揃った。状況が状況だけに女の姿はなく、男三世代だけの対面だったという。


「では改めて尋ねる。そのほうが我が兄源之将の倅とはまことか?」


 上座に老人を座らせ、左右に叔父と同心が付く。大成と向かい合うようにして尋問が始まった。同心はやはり舌打ちを繰り返している。


「まことにござる。これを……」


 大成は落ち着いて持参した荷物の中から一通の書状と包みを取り出し、右側に置いてあった大刀を取り上げて三人の目の前に差し出した。


「これは……遺書。それに髷か」


「いかにも。臨終時に託され申した。この刀も先祖伝来と聞き及び申す。お返し申し上げる」


「おお、確かに当家に伝わる戦国刀、胴太貫! この直刃、刃肉の厚み、間違いない! 昌成が腰の物よ!」


 同心が刀を抜いて検めると、隣の老人が一目見てそう叫んだ。

 同心はおそらく初見だったのであろう、腑に落ちない様子だったが、鞘に戻すと祖父に手渡す。

 老人は我が子を慈しむように受け取った。


「ち、父上。この遺書は間違いなく兄上のもの。さればこの者は……」


「うむ。昌成の忘れ形見に違いない」


「チッ」


 大成は、同心の舌打ちを了承と受け取り、改めて姿勢を正す。


「正左衛門殿、次郎左衛門殿。改めてご挨拶申し上げる。結城源之将昌成が一子、結城源之将大成にござる。長らくの親不孝を亡き父に代わり謝罪しに参った。この通りでござる」


 大成は、まだ死んでいない父の言葉どおり、祖父と叔父に頭を下げた。

 こうなると叔父・次郎左衛門も認めないわけにはいかない。


「あ、頭を上げよ。父が認めた上はワシも認めよう。だが、何故二十年も経ってから現れた。事と次第によっては、そのほうを兄の子と認めた上で処罰せねばならぬ」


 次郎左衛門は、二十年前お役目を放棄して行方を晦ませた兄の責任を大成に取らせると言う。家督相続でかなり揉めたそうだ。


「とある島の漁師に助けられ、しばらくは動けなかった父は、お役目での失態を恥じ、名を変えその島に住み着いたのでござる。拙者も、父の過去は臨終の際に聞かされただけでござれば、詳しいことは何も……」


 すべてがウソではない。

 父親が死んでいないことと、その島が外国である台湾ということだけは秘密だった。たとえ父の実家でもだ。


「そうか……だが、本来ならば我が兄、そなたの父はお役目を放棄した咎で切腹は免れぬ。しかし、死んだ者を責めても始まらぬ。事情を知らぬそなたもじゃ」


「ご寛恕、かたじけない」


「それから、既に結城家はワシの倅、修理之助が継いでおる。異存はあるまいの」


「もっとも至極。家督のことなど口にする分にはござらん」


「む、愚弄するか。我が結城家は、小禄ながら大御所様ご入府の折、この屋敷を拝領奉った由緒正しきお家。いわば譜代の家臣。それを見縊るか如き申し様、許せん!」


「そのようなつもりは……」


「親父殿、いつもは江戸の外れとぼやいてるじゃねえか」


「黙れ、修理之助! この地だからこそ明暦の大火如き大事があっても無事に、屋敷換えすることもなく住まえるのじゃ!」


「こんな辺鄙なところ、誰も屋敷換えしたくねえってこった」


「黙らんか!」


 町方という仕事柄か、同心・修理之助は横柄な口を利く。


「それよりも、お前。まだ言ってねえことがあるだろ?」


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