2.今夜はうちでお泊まり会
中学生まではむしろ地味だったのだ、私は。
趣味は絵を描くことと字を書くことで、暇さえあればノートに物語を書いたり、時には漫画にしてみたり。
例えばイーゼルを立ててエプロンを身に着けて油絵具を用意して……などという大掛かりな準備をするのではなく、コーヒーを嗜む、お風呂に入る、今思うとそれくらいのノリでペンを走らせていた。
私にとって趣味はそう簡単切り離せることではなく高校に入ってからもそれは習慣のように続いていたのだが、このあたりから興味の幅が広がったのも事実。
中学まではよく奇異な目で見られ敬遠されがちだった私の個性が何故か高校では少し受け入れられた。
友達が出来たのをキッカケに学校帰りに寄り道をすることも増え、ついに本屋で初めてのファッション雑誌を購入した。
正直、恋愛トークをメインとした雑談コーナーはほとんど意味がわからなかったけど、制服のアレンジ方法やトレンドのアクセサリー、同じアイテムを上手に着回すテクニック、ページをめくるほどに私の好奇心は絶えず刺激を受け続けた。髪を染めるのは校則で禁止されていたけど、卒業したらどんな色に染めてみようかと夢が膨らんだ。
高二の夏休みに当時一番仲の良かった友達と一緒に少し遠い街まで足を運んだ。
そこで出会ったひときわ個性の強いアパレルショップに私は虜になったのだ。
色使いはどれも南国の花のように鮮やか。デザインも美しく見えるようしっかり計算されていて露出度は高めでもいやらしさはあまりない。むしろ“誰の為でもない自分の為の服”と感じさせる潔さがかっこよかった。
そうして美術系専門学校に進む頃には誰もが“ギャル”と呼ぶ私が出来上がっていた。
一人暮らしをさせてもらえたこともあり気楽に自分の世界を楽しんでいた。一番自由な時期だったかも知れない。
高校時代の友人は「あまりやり過ぎると男ウケ悪くなるよ」と冷やかしたが、そもそも男性にウケることが目的でない私には全く響かなかった。
それどころか学校で色彩の勉強を続けるうちに憧れはどんどん強くなって、当初グラフィックデザインへの就職を目指していたところを割とギリギリになってアパレルへと方向を変えたのだ。
入学時とはまた違う夢が見えてくる、少なくともうちの学校ではそんなに珍しいことではなく、友人たちも応援してくれたし両親も特に反対はしなかった。
しかし憧ればかりでは到底想像の及ばない困難がその先に多数待ち受けていた。
そして、私は……今。
「はぁ〜、日が暮れるのが早いなぁ。まだ四月だからしょうがないか」
薄紫から藍色へのグラデーションを作っていく空を見上げて和希が呟く。
私たちは共に二つずつショップの袋を持っていた。今日の戦利品が詰まっている。
ここはもうあの繁華街ではなく、私の住むアパートの最寄駅周辺。それなりに栄えてはいるけれどあちらに比べると人の密度はスカスカだ。
「和希は夏の方が好き?」
「そうだなぁ。明るい時間が長い方が一日も長い気がして得した気分になれるかもな」
「私もそうかも知れない」
うつむいてぼんやりと自分の影を眺めていると、和希の腕が勢いよく私の肩に絡んできた。
「まぁ今日みたいに夜が長いってのも悪くないけどな!」
「長い? 夜の長さはいつもと変わらないが」
「ははっ、そういう意味じゃねぇよ! 明日はお互い休みなんだし今夜は時間を気にせず楽しもうってこと!」
「ああ、なるほど。そんな意味もあるのか」
私たちはぴったりくっついたまま横断歩道を渡ってすぐのファストフード店に寄った。
イートインは利用しない。今回はあえてのテイクアウトだ。
次にすぐ隣のコンビニで飲み物を調達。
和希がビールを四本持ってきたときは目を見張った。私には考えられない量だ。
ノンアルコールチューハイを一本だけ握り締めている私を見て和希が苦笑する。
「なんでトマリは煙草は吸えるのに酒が飲めねぇんだよ」
「耐性があるかないかだと思うが」
「ばーか、ニコチンの耐性なんてねぇよ。あんたの肺は今日も順調に汚れてるっつーの」
和希は最後に申し訳程度に「知らねぇけど」と付け足した。耐性云々については確かな情報じゃないらしい。かく言う私も自覚がないだけで憶測でものを言うことくらいあるのだろうが。
「そういう和希こそ飲み過ぎは肝機能が弱る」
とりあえずささやかな仕返しを投げると、はいはいと適当に流された。
相手のことを心配する割に自分のことはいい加減なのが私たちの共通点とも言えるのだ。
「へぇ〜、ここがトマリんちかぁ。いいね、コンビニも近いし」
「小さいけれど立地は便利だと私も思う」
話しながらアパートの階段を登っていく。和希が私の部屋に来るのは今日が初めてなのだ。
あらかじめ忠告してあった点。あれが大丈夫だったら良いのだが。そう思いながら玄関の鍵を開ける。
私が一足先に上がって電気をつけた。
和希の怒涛のツッコミが始まったのはこの後だ。
「お邪魔しま〜す……って、玄関きったな!! 靴で床埋まってんじゃん! 靴箱ないの?」
「靴箱はある。だけど底がすり減って履けないやつもあるから」
「いや、履けないなら捨てろよ! あ〜あ〜、ビニール傘も置きすぎだろコレ。何本あるんだ」
「そういえば数えたことはないな。外出前は天気予報を見ているのだが、何故かいつも持って行くのを忘れてしまう」
「出先で買ってるからこんなに増えるのか。なるほどな。もうあんた折り畳み傘買いなよ」
折り畳み傘、小さいバッグのときはかさばるから少し嫌なのだけど。あとどんな服にでも合うデザインを探すのが難しい。
しかしこれ以上玄関が狭くなっては不便だからそれも考えておいた方が良いのかもと今更ながらに思った。
「だから散らかっていると事前に言ったじゃないか。和希が嫌だったら何処か他の場所を探してもいい」
「いーよいーよ、私も覚悟の上で来てるし……」
と言いかけた和希の表情が強張った。
その視線を追ってみると廊下の先で閉じているドアをじっと見つめていることがわかる。
「まさか……あのドアの先には更なる魔窟が」
「一応私は生活できている」
「怖いこと言うなよぉぉ!!」
覚悟の上ではなかったのか。
私なりにマシな状態にしたつもりなのだがこうも動揺されると心配になる。
靴を脱いだ後は普段とは完全に立場が逆転した。
猫背がちになった和希が私の腕にしがみつきながらついてくる。
そっとドアを開けた後、しばし訪れた静寂が何を意味しているのかすぐにはわからなかった。
「あれ……? 部屋は意外とスッキリしてんじゃん」
ちら、と振り向くと安堵したような和希の表情。私もホッとため息をついた。
ゆっくり中に入ってきた彼女がやがて何かに気付いたようだ。
「っていうか物が少ない?」
「物は増やさないようにしている。何故ならそれが一番片付けやすいから」
そう、これは実家にいる間に学んだことだ。
片付けが上手くならない私に母は収納棚や収納ボックスを用意してくれたのだが、残念なことにそれらは物を積み上げる土台にしかならなかった。
収納を増やすのではなく必要最低限のものしか買わない。置かない。使わない。結局のところそれが一番なのだ。
玄関に関しては単に靴の収集癖が行き過ぎてああなってしまったのだが。
「キッチンは綺麗なんだな」
「それはほとんど使ってないから」
「ぶはっ! マジかよ。まぁいいや、メシにしよーぜ! 腹減っちまったよ」
「先に買った服をしまうから少し待っててほしい。それから準備する」
私はショップ袋から新しい服を取り出すとまずほつれがないか再度確認、それからタグを切り、ハンガーにかけた。
片付け下手な私でも服は別。
今日から我が家の一員となる新入りをしばし眺めた後、和希の待つリビングへと向かった。
和希はもうテーブルに飲み物も食べ物もスタンバイしてくれていた。
今夜和希は私の部屋に泊まっていく。
最近購入した海外ドラマのDVDを一晩中楽しむのだ。
オープニングが流れると私の高揚感も増していく。そんな中で。
「いろいろあるだろうけど次も頑張れよ、トマリ」
「ありがとう」
カチンと缶を重ねる音が長い夜の始まりを知らせた。
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