第1章/居場所を探して(Tomari Katsuragi)
1.私は不器用な大人ギャル
イヤホンをしたまま慣れた足取りで人混みの間をすり抜けていく。
人工的な明かりが主張し始めた夕方の繁華街。今日は平日だからなのか仕事帰りと思しき人の姿がちらほら見受けられる。
「おねーさん、ねえ! おねーさんってば! ちょっと待ってよぉ」
知らない男の声がさっきから私にへばりついて離れない。ここの通りは特に諦めが悪い……いや、彼らも仕事なのだから粘り強いとでも言っておくべきか、そんな人材を配置しているらしい。
私がちらりと横目で見やると並んで歩いていた男が勝ち誇ったように笑った。思った通り若そうな外見だ。私をいくつだと思っているのか知らないがおそらく年下なのではないだろうか。
やたらと通る男の声はイヤホンから流れる音楽をいとも簡単に掻き分けてしまう。
「おねーさんさ、見かけない顔だよね。何処の店の子? これから出勤?」
そうきたか。もしくは私のビジュアルがそれほどまでに変わったのか。
数ヶ月前までは「うちで働かない?」という誘いだったのがもう夜の繁華街で働いている前提になっているとはな。
「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから時間ない!? もしかしたらうちの方がおねーさんにとって好条件かも知れないから! ね、話だけでも!」
なんの業界からのスカウトか知らないがそろそろ諦めてもらわなければならない。こちとら十センチ強のヒールを履いているのだ。早足で歩くのは結構疲れる。
私は男の顔をしっかり見つめて答えた。
「君の為に時間を作ることはできない。何故ならこの後待ち合わせがあるから」
一瞬ぽかんと気の抜けた顔になった男はやがてくっくっと肩を震わせて笑い出した。
「おねーさん、面白い喋り方するね! それ何? 誰かのモノマネ?」
「モノマネではない。何故ならお笑いはほとんど見ないから」
「へぇ、まぁいいけどさ」
「では」
「えっ、ちょっと!」
男が少し怯んでいるのを感じ取った私は内心で「今だ!」と叫び一気に歩調を早めてなんとか撒くことに成功した。
やはりはっきり言ってやったのが効果的だったのか。
駅前に到着するとひらひらとこちらに手を振る姿がすぐ目に飛び込んだ。
ここには待ち合わせの定番とも言える銅像が立っているのだがそれを当てにしなくても容易に見つけられるくらい彼女は背が高い。私が高いヒールを履いたっておそらく十五センチくらいは差があるだろう。私が小さいせいでもあるが。
人でごった返す中をなんとか潜り抜けて辿り着くと彼女がにっこり微笑んだ。レッドブラウンのショートヘアがさらりと揺れる。
ジャケットもパンツもブラックだけど春らしい軽やかな素材なのが見て取れる上、ラベンダーのトップスが良いアクセントになっている。気合いを入れてきてくれたのか今日は一段とかっこいい。
「ごめん、
「二分でキレるほど私は気ィ短くねーよ。どうした? 随分息上がってるけど」
「何処かの店のスカウトマンに捕まってた。なかなか粘り強い男だった」
「あ〜、トマリは目立つからねぇ。その格好でこの街歩いてたらそりゃ声かけられるっしょ。前よりギャルとしての完成度上がったんじゃね?」
「そうだろうか」
つけまつ毛を装着した目も、八つのピアスも、オフショルダーのトップスから覗く左腕のタトゥーも、私にとってはもう見慣れたもの。ゴールドアッシュのロングヘアの毛先にピンクを入れたのは最近のことだが、色でそんなに印象が変わるものなのだろうか。単なる好みでこうしただけだから正直よくわからない。
私たちは約束していた目的地の方向へと歩きながら続きを話した。
「でも待ち合わせがあることをはっきり説明したら相手の口数は減った」
「まあ……トマリの口調で言われたらそうなるかもな。それくらいじゃ引き下がらない奴もザラにいるぜ」
「私の口調はそんなに怖いだろうか」
「いや、怖いとかじゃなくて……独特? まあいいや、とにかく気をつけな! あんた本当は男に慣れてないんだし」
チクリ、と脳の奥が痛むような感覚。蘇ったのは苦い記憶。
慣れたと思ったけどまだ完全に克服できたとは言えないのだろう。和希は私のことをよくわかっている。
「確かにそうだった。前の仕事してたときはあるスカウトマンに顔を覚えられたのが怖くて、帰った後によく泣いていた」
「ふふっ、あんたみたいなゴリゴリのギャルがスカウトマンにビビって泣くなんて誰が想像できるだろうねぇ。人は見かけによらないって言葉、私はあんたを見てて実感したよ」
スクランブル交差点を渡っていると、向かい側から歩いて来た二人組の女子高生の片方が一瞬ビクッと飛び上がった後「すみません」と言って私達を大きく
別にこちらは何もしていないのだが。
トン、と肩を小突かれて顔を上げると和希が
「トマリぃ〜、怖がらせるなよ」
「和希だってよく怖いと言われているじゃないか」
「ははっ、私らどっこいどっこいだな。さぁて、さっさと買うもん買って今日はくつろぐぞ〜! 腹も減ってきたしな」
「私はある程度吟味する時間が欲しい。何故なら買った後にやはり似合わないなどと後悔したくないから」
「はいはい、ちゃんと待っててやるよ」
走り出す人たちが増えていく。私たちもやや早歩きになって信号が変わる寸前で渡り終えた。
青空に突き刺さりそうな銀色のファッションビルはもう目の前だ。時代が変わり流行が変われども、こういった場所へ足を運ぶ習慣は未だ健在。
私、
若く見られるのは良いことばかりではない。煙草を買うときも居酒屋に入るときも一度は止められる。顔を覚えられるのは苦手だがいちいち説明するのも本当は面倒。しかしそれは私の都合に過ぎないと理解しているから特に文句を言ったこともないのだが。
今日一緒にいる
そういえば彼女も初対面からタメ語を使ってきた一人だ。だけど友人になるキッカケがキッカケだっただけにそれほど悪い印象ではなかったのを覚えている。むしろ彼女は恩人だ。
お互いの家が近いこともあり今までにも近場の駅前で何度か会ってはいたが、今日はやや遠くまで足を伸ばした。これは彼女が私の為に提案してくれたことでもある。
活気のある店内、颯爽と歩くスタッフたち、満たされた笑顔のお客様。
煌びやかな世界の中で、萎れかけていた私の夢が蘇っていく。
まだ頑張れるだろうか。役に立てるときは来るのだろうか。
「なぁ、トマリ! あの店見ていこうぜ!」
まるでこちらの不安を感知したかのように、和希がぎゅっと力強く私の手を握った。
今は前を向いていよう。彼女の手の温かさは私にそう思わせてくれる。
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