第11話


 いまだに顔を眺めたまま止まったチカに、カイは少し戸惑った様子で問うた。


「えっと、どうかしたかい?僕の顔に何かついてる?それとも、実はどこかで会ったことがあったりした?」


 なおも固まったままのチカの頭を、龍が軽くこずいた。


「いい加減帰ってこい、バカチカ」

「………いたい…」

「あ、動いた。それで、聞かせてくれるかな」


 どこかから帰ってきたチカは、改めてカイの顔を少し眺めると、口を開いた。


「………ちょっと…にてる、かも?」

「…えっと、僕が誰かに似てるのかい?」

「……あー……雛乃に…」

「っ……なんだ、そういうことか」


 チカの返答を聞いたカイは、明らかに落胆した様子を見せた。怒っているわけではなく、むしろ少し悲しそうな、そんな表情をしていた。


「君も姉のファンなのか。案外ミーハーなんだね。クラスメイトのよしみだからサインくらいなら頼まれるけど、紹介とかはできないよ?キリがないしね」


 それでも慣れた様子で、仕方ないといった風に会話を続けようとした。しかし、そこに先ほどまでのチカに対する熱量はなく、冷めた様子さえ見て取れた。

 そんなカイにストップがかかった。


「あんま早まんなよイケメン。多分お前が思ってんのとはちょっとちげぇぞ?」

「……どういうことだい?」

「このバカはお前の姉ちゃんのことなんかよく知らねぇんだよ」

「……ますますわからないな」

「こいつは入学式に来ねぇで、お前の姉ちゃんと話してたらしい」

「…なるほど、そこで姉と会ったのか。それで?」

「………あー、オレも詳しくは知らねぇが、プロポーズしたらしい」

「………………………はい??」


 三人の時間は止まった。チカは当事者にもかかわらずボーっとしており、龍は頬をかいて少し気まずそうに、カイは完膚なきまでに固まっていた。

 無言が少し続くと、ホームルームが始まるチャイムが鳴った。龍とカイは、とりあえず自分の席へと戻っていく。


「悪ぃ、またあとで話す」

「……あ、ああ、頼む」


 それからほどなくし、担任の綾子が入ってきてホームルームが始まった。ホームルームはスムーズに進んでいき、そのままの流れで1限目の授業が始まっていく。カイは明らかに集中できていなかったが、お構いなしに時間は進んでいく。そのまま時間は流れていき、結局三人が集まることができたのは、昼休みであった。


「さて、聞かせてもらいたいな」

「チカ、自分で説明しろ」

「………んー」


 昼休みに屋上に集まった三人は、昼食も取らずに床に座り込んでいた。


 チカはゆっくりと話し始めた。どのように雛乃に出会いどのような会話を交わしたのか。カイは話を聞きながら、表情をコロコロと変化させた。やがてチカが話し終えるころには、カイは声をあげて笑っていた。


「あはははははははっ!チカ君!君最高だっ!面白い!傑作すぎるよ!結婚って!今までも姉に近づきたい奴はたくさんいたけど、こんなことは初めてだ!姉を知らなかったのも最高だ!あははっ!本っ当に面白い!帰ったらからかってやろう!それにしても結婚か!チカ君ならいい!大歓迎だ!ということは君は将来僕の義兄になるのか?それはいい!楽しそうだ!」

 

 捲くし立てるように語るカイは、しばらくの間止まらなかった。チカは話疲れたのかウトウトしており、龍は変人を見る目でカイを眺めていた。

 ひとしきり笑い続けると、やがて床にごろんと寝転がり深呼吸をし、徐々に落ち着いていった。


「ふぅ、すまない。あまりに予想外のことで興奮してしまった。落ち着いた、もう大丈夫だ」

「そりゃよかったな」

「ああ。君たちは本当にいいね」

「オレはなんもしてねぇよ」

「そんなことはないさ。君ありきだよ」

「そうかい」

「ああ。改めて、これからよろしく頼むよ。チカ、龍」

「いきなり距離詰めてきやがったな」

「……………ねむ……」


 こうして三人の昼休みは過ぎていくのであった。


 





 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る