第9話
あの後、ひたすら雛乃とのことについて根掘り葉掘り聞かれ、うんざりしつつも今日の出来事を一から十まで説明し終したところで、チカのNONBIRIでのその日の業務は終了となった。なお、話を聞き終えたボスは「まったく相変わらずいい空気吸ってるな」とだけ。
やがて日は沈み、海が涼しい風を運んでくる時刻になったころ、チカは家のすぐ近くの堤防に座り海をボーっと眺めていた。見上げると満天の星空、聴こえてくるのは波の音だけ。このどこまでも穏やかで静かな時間が、チカは好きだった。
しかしそんなゆっくりとした時間も、長くは続かなかった。
「ったく、家にいねぇと思ったらまたここにいやがったか」
「……龍…」
龍はジュースの缶を投げ渡し、隣に腰かけた。
「ボスに聞いたぜ?」
「……なにを?」
「なかなか学校に来ねぇと思ったら、ずいぶんと面白れぇことになってたみたいじゃねぇか」
「……あー。ん、まあね」
「それもお相手が花咲雛乃ってんだからますます面白れぇ」
「…龍、しってるの?」
「ああ。オレでも知ってるレベルの有名人ッて訳だ」
「……へ~」
「それに、花咲雛乃ねぇ…つくづく世界ってのはうまいことできてやがるな」
「…なにが?」
「別に、すぐにわかる」
「…ふ~ん」
龍は体制を変え堤防に寝転ぶと、感慨深げにこぼした。
「それにしても、お前が結婚ってか」
「…別に、まだ……してない」
「でも、すると思ったんだろ?」
「……ん、直感で…」
「お前のそういう感はよく当たる」
「…うん……反対?」
「バーカ、んなことするかよ」
「………ありがとう」
「おう。まさかお前が先とは予想外だった」
「……まだ、だけど。俺ひとりの、話でも……ないから」
「そりゃそうだ。ゆっくりお互いを知っていかなくちゃな」
「……うん、そうする…」
「まあでも、あんま難しく考えんなよ。お前はいつも通り、お前をやってりゃいい」
「……ん」
幼いころから本当の兄弟のように育ってきたチカが、結婚などという突拍子もないことを言い出したことに関し龍は、反対する気など一切なく、むしろこのマイペース宇宙人が結婚できるということにプラスの感情さえ抱いていた。
端から見れば突拍子がないのかもしれないが、龍からしてみればチカの直感に振り回されることなど今更であるし、チカのその直感や感情、判断や決断を疑う理由などなかった。伊達に長い付き合いをしているわけではない。それぐらいの信頼関係は、二人の間にしっかりと出来上がっているのだ。
「………あー、龍…」
「なんだ」
星を眺め、ボーっとしていたチカは、少しためらいがちに切り出した。
「……学校さ…いいの?」
問われた龍は、大きなため息をこぼすと体を起こした。
「はあ。なんだ、そのことか」
「……ん」
「前にも言ったろ。オレが自分で考えて、自分で決めたことだ」
「…あー、うん……」
「だから、お前のためなんかじゃねぇよ」
「…ん」
「わかったら、もう聞くな。な?」
「………ん、わかった」
チカの返事に満足した龍は、堤防の上に立ち上がると背筋を伸ばすのであった。
「さて、オレはそろそろ帰る。お前はどうするチカ」
「……もうちょっと、ここにいる」
「そうか。明日、遅刻すんなよ?」
「……迎え…よろしく…」
「ったく。明日だけだ」
「……ん」
やがて龍は堤防から降りると、自宅に向かって歩き出した。
「ったく、少し早めに起きねぇとダメになった」
龍の姿はすぐに夜の闇へと溶けていった。
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