第7話
自宅の前までチカを送った龍は、特に何も言うことなくバイクを発進させた。
誰もいないはずの家に入ると「にゃ~」とか細い声が聞こえ、やがてチカの足元にヒョウ柄のような模様をした猫が一匹、すり寄ってきた。
「……また…どこから、入ったの……親分…」
「にゃ~ぉ」
親分と呼ばれたこの猫は、野良であったが、チカの家にたびたび侵入をしたりするため、いつの間にか飼い猫のようになってしまったのだ。しかしずっと家にいるわけではなく猫は気まぐれであり、親分もその例にもれずふらふらと町の徘徊を繰り返しているのであった。
親分のあごをゴロゴロと軽く撫で、一階にあるキッチンの上の棚からキャットフードを取り出し、親分にご飯をあげた。
その後二階の自室へと戻り着替えなどを済ましたチカは、壁にかけてあるスケボーをわきに抱え再び家を空けるのであった。
そして、海沿いの道をスケボーで掛けていくこと三分ほどで目的地に到着した。
そこにあったのは、小さな喫茶店。木造で建てられたお店には蔦のようなものが所々にかかっていたり、ガラス窓が点在していたりした。全体の雰囲気としてはお洒落なイメージであった。お店の入り口には看板がかかっており、【NONBIRI】と書かれていた。
中に入ると、席はそこまで多くはないが、ガラス窓からはきれいな海を観ることができるようであった。また、ロフトのようなものもあり、一階ほど広くはないが一応二階があるようであった。
店の状況はというと、閑古鳥が鳴いておりお客はおじいちゃんが一人だけ。カウンターの内側には一人、スキンヘッドのごつい男が、グラスを磨いていた。
「なんだ、もう来たのか。学校は終わったのか?」
スキンヘッドの男に「…ん」とだけ答えカウンターに入っていくと、奥にあったスタッフルームと書かれた扉へと入っていった。やがて、黒いエプロンを着用したチカが、スキンヘッドの男の横でグラスを洗いはじめた。
NONBIRIは、チカのバイト先である。
「どうだ、学校で友達はできそうか?」
「……龍…」
「それはなしだろう」
「…なんで?」
「龍はもう友達だとかそういうんじゃないだろ?」
「…幼馴染?」
「もうお前らは幼馴染ってより兄弟みたいなものじゃないか?」
「……ははっ…明日から、お兄ちゃんって…呼ぼう」
「くくくっ、そいつはいいな」
静かな店内にはレコードからなるBGM とそんな会話だけが流れる、のんびりとした空間が出来上がっていた。
「……ボス…人、来ないね…」
「いいじゃねぇか、うちはNONBIRIだからな」
「………店、いつ…くれるの?……」
「馬鹿、まだまだやらん。なあチカ」
「…?」
「お前いつになったら俺のことをマスターって呼んでくれるんだ?」
「…ボスは………ん、ボスって感じ…だから」
「お前のせいですっかり定着してしまった。俺はマスターと呼ばれたかったんだ」
「ふっ…マスターは…フサフサって感じだけど…ボスは…ツルツル、だから…」
「はぁ。なんなんだその訳の分からん感性は」
ここで、チカによるお手製爆弾を一つ。
「……ボス…俺、今日ね………結婚相手、見つけた…かも、しれない…」
「…………はぁ?」
「…プロポーズ……っぽいことも…しちゃった、かも…」
「はあ……………はぁ!?!?…」
ボスは思わず洗い物をシンクに落とし、大声で驚愕をあらわにした。店にいたおじいちゃんも、心なしか驚いている様子であった。
「どどど、どういうことだチカ!プロポーズってお前!本当か?」
「…………ん……なんか、見た瞬間…結婚するんだって…びびって、きた」
ボスはチカの顔をものすごい形相で見ていたが、やがて天井を見上げ大きく深呼吸をした。
「…ふぅ。一旦、落ち着こう……よし。さてチカ、詳しく聞かせてくれ」
「…ん、えーっと……」
チカが話し出そうとしたとき、店の扉が開いた。
入ってきたのは、柔らかな栗色の髪をなびかせた、絶世の美女であった。
チカは驚いた顔で美女を見つめ、美女もまた、チカを見て目を見開いていた。時間が止まったように二人は動かなくなったが、美女のほうが先に再起動を果たし、声をかけた。
「や、チカ君。今日はほんとによく会うね」
「…ん……ひなの直感は……あたりだ」
そういって二人は笑顔をこぼした。
そんな二人の様子に、ボスはチカに向かい問いかけた。
「お、なんだ。知り合いか?」
「………ん、さっきの……結婚、するかも知れない人」
ボスはゆっくりとチカと雛乃の顔を交互に何度か見たのちに、先ほどよりも大きな声で叫ぶのであった。
「はあああああああああああああ!?!?!!」
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