第6話


 無事にトイレをすまし、教室に戻ったチカであったが、教室内の様相は先ほどとは打って変わっていた。先ほどまでは、生徒同士での会話などたまにコソコソと起こる程度であったが、今は賑やかに談笑していたのだ。近くの人とどこかぎこちなさを感じさせながら話す者、元から友人同士の人と話す者。我関せず本を読む者。様々であった。


 チカが自身の席に戻るため教室の中を歩き始めると、所々から声がかけられた。


「よう、チカ!これからよろしくな!」

「チカ、さっきは最高だったぜ!」

「これで俺たちも綾ちゃんって呼べるぜ!」

「チカくんピアス凄いねっ」


 チカは訳が分からない状況に、頭にハテナを浮かべつつ席に戻り、軽く笑った。


「………ははっ…みんな、誰?……全然、わかんないや…」


 尚もワイワイガヤガヤしている教室内に、パンパンと手を叩く音がなった。


「よーしお前ら、仲良くなるのは大変結構だがちょっと黙れ。先にサクッとホームルームを終わらせようじゃないか。入学式の日ぐらいさっさと帰らせてくれ」


 綾子の言葉により、教室内は再び静まり返った。その皆の様子に綾子は満足気に一度うなずくと、確認事項の説明を始めた。明日の予定に持ってきてほしいもの、時間割や部活動、今後のスケジュールなど。必要なことをプリントを配りながら説明していった。最後に身体測定の予定についての案内を終えたところで、綾子は話を締めくくった。


「よし、必要なことはさらっとだがすべて話した。詳しいことはプリントに書いてあるからな。じゃあ今日はこのまま解散とする。気をつけて帰れよー」


 綾子は生徒たちからのリアクションを特に待つこともなく、教室を後にした。


 残された生徒たちの行動は様々であった。談笑を再開する者もいればそそくさと帰る者、いまだ本を読んでいる者もいた。チカは隣の窓から見える青空を少しボーっと眺めた後、「……帰ろ。」と呟き席を立ったのだが、そこに声がかかった。


「ようマイペース宇宙人」


 そこには大男が立っていた。

 大男は、180cm程度の身長に、筋肉によりごつくなった体。肌は少し浅黒く、鋭い三白眼でチカを見下ろす銀髪の男であった。その容姿は所謂不良のようであり、厳つかった。チカが来るまで教室が静かだったのは、多少彼の影響もあったのかもしれない。

 チカは、そんな彼に少しも怯える様子はなく、むしろ安心したような表情を浮かべた。


「……龍…いたんだ…」

「同じクラスっつただろうがよ」

「…あー。そうだっけ……」


 龍は一度ため息を吐くと、からかうような表情でチカに話しかけた。


「それにしてもお前、初日からずいぶん目立ってたじゃねぇか」

「……目立つ?…誰が?………」

「お前だよバカチカ。お前に興味津々な変なイケメンもいたぞ」

「……へー」


 チカは興味なさげに返事をすると、「…帰ろ」と言い学園を出るために歩き始めた。龍はその少し後ろを付いていき、ふたりは会話をしながら下駄箱へと向かった。


「そういやチカお前、居残りっつってなかったか?」

「……あー……んー……まぁ、いいや。帰る……」

「そうかよ」

「…んー………龍、今日…バイク?」

「ああ、学園の近くに安くで停めれる所あっからな」

「…バイク……いいの?」

「いいとは言われてねぇが悪ぃとも言われてねぇ。つかそもそも知られてねぇよ」

「…………ふーん。」

「興味がねぇなら聞くんじゃねぇよ」

「…あるよ……くるの、楽になるし」

「なんでオレが送る前提なんだアホ。」

「…俺、まだ、むり……」

「もう時期誕生日だろ。それまでの辛抱しろ」

「…んー」

「ま、お前が寝坊しなきゃ乗せてってやるよ」

「……なんか、むりそう、かも」


 そんな会話を交わしながら学園を後にしたふたりは、最寄り駅とは違う方向に歩いていき、やがてこじんまりとした駐車場にたどり着いた。

 そこにあったのはアメリカンタイプの黒い中型バイク。龍はヘルメットをかぶりバイクにカギを指すと、もう一つのヘルメットをチカへと投げた。チカが後ろに座ると、龍はエンジンを始動させ、軽くふかした。重低音が響き渡る。

 

 まもなくしてバイクは、龍の運転で自宅を目指し走り始めた。


 バイクから見える景観は、都会から田舎へ。コンクリートから海へと変わっていった。息を吸うと潮の香りが体を満たす。

 そこそこの速度で流れていく海を眺めながらチカはボソッと呟いた。


「……ひなに…………会いたいな…」


 そんなチカの小さなつぶやきは、バイクのエンジン音と潮風にかき消された。




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