第3話

 遅めの自己紹介を終えたふたりは、尚もまだ言葉を交わしあっていた。


「伏見 力君ね、なんて呼ぼっか?」

「…チカでいいよ。みんな、そう呼ぶから…」

「チカ君ね。私は雛乃でもひなでも好きに呼んでよ」

「……雛乃、ひな、ね………ん、覚えた」

「ふふっ。改めてよろしくね、チカ君」

「ん、よろしく…」


 もしこの場を第三者が目撃していたならば、それはとても奇妙な光景に見えたかもしれない。満開の桜に囲まれた中、大きな校門まであと少しの場所で制服姿のふたりが話し込んでいるのだ。まるでその大きな門の中になど興味がないように。そして、残念なことに今この場に、ふたりを止めることができる人は存在していなかった。


「ねぇチカ君」

「…ん?」

「キミは、どんな人?」

「……えっと、マイペース宇宙人…かな」


 雛乃はぷっと噴き出すと「なあにそれ」とおかしそうに笑いだした。


「…さぁ……龍が、そう言ってた」

「龍?チカ君のお友達?」

「…ん、幼馴染なんだ」

「へぇ~、でもなんとなくわかるかも」

「……わかる?」

「うん、かなーりのんびり屋さんっぽいもんね、キミ」

「…そう、なのかな……自分じゃ、よくわかんないや」

「いいじゃん!マイペース宇宙人」

「……俺、人間なんだけどなぁ…」


 チカは不思議そうにそう溢した。その言葉に雛乃はより一層おかしそうに笑った。


「あはははっ!チカ君、キミ面白いよほんとに!」

「……なにも面白いこと、言ってないんだけどな…」

 

 チカは、より一層不思議そうな顔をしていた。しかしそんなチカの顔を見て尚、「きっと、そういうところが宇宙人なのね」と、おかしそうに笑う雛乃を見ていると、まぁなんでもいいかという気になるのであった。

 

 ひとしきり笑った後一息ついた雛乃は、少し首をかしげながら訪ねた。


「ね、チカ君。そういえばキミ、今日入学式じゃないっけ?」


 本当に今更であった。今更ではあるのだが、ふたりはそんなことさえ忘れて話し込んでいたのだ。しかし、人生に一度のイベントを寝坊した挙句、初対面の女性にプロポーズまがいのことをしでかした張本人は慌てる様子もなく、相も変わらずボケーっとしていた。

 そんなチカの様子に雛乃は、怒るでも呆れるでもなく、またおかしそうに笑うのであった。


「……あー、ん…そうだった……忘れてた」

「ふふっ、チカ君。キミ、さては不良だなー?」

「…不良じゃないよ、寝坊だよ」

「あはは、本当に変わってるよ、キミ」


 雛乃は、ん~と腕を上にあげ軽く伸びをすると「さて、と」と呟き再びチカに向き合った。


「とりあえずさ、行っておいで。入学式」

「……ん…ひなは?」

「私?私は2年生だから、今日はもう帰るところだよ」

「…そうだった。んーあー、なんかめんどくさいな…」


 そういうチカは本当に面倒くさそうにしていたが、雛乃が「…ね?」と念を押すように言ったところで、一度諦めのため息をこぼした。

 そんな様子をまるで我が子を見守るような表情で眺めていた雛乃は、「えらいね」と言ったあと、「大丈夫だよ」と続けた。


「大丈夫。キミと私は、きっとすぐにまた会うよ」

「…そう、かな?」

「うん、そんな気がする。直感だね!」


 ウキウキとした様子でそう言う雛乃に、チカは思わず笑みをこぼした。


「ははっ…直感か……だったら、きっと当たるよ」

「うん、きっとね」


 そこでふたりは、改めて目を合わせ、笑いあった。


「……じゃ、行くよ」

「うん、いってらっしゃい。また、ね」

「……ん、また」


 ようやくチカは、校門のほうへとゆっくりと歩き始めた。その姿をしばらく見守った後、雛乃もまた校門とは逆の方向へと歩き始めるのであった。

 そんなふたりを撫でるように、桜の香りと花びらを纏った風が、緩やかに吹いた。

 





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