俺はカレー食べ放題だけど

あの後、俺とクリスは通報されて来た警察に事情を説明する事になったのだが、


「はぁ、またお前かぁ……」


「星野さん。いつもご苦労さまです」


星野と呼ばれた警官は、ニコニコと笑うクリスと対称的にゲンナリした表情だ。メモ帳を片手に持ち、ペンを持ったもう片方の手で眉間をトントンと叩いている。


「あっちのお婆さんに話を聞いても要領を得ないからさぁ……。話、聞かせてもらってもいいね?」


「勿論ですよ。初めに、僕が赤信号に気付かず横断歩道を渡っているお婆さんを見つけました。背も低いお婆さんですから、車体の高い車が居たらもしもの事があるといけないとその場に駆けつけた訳です。」


「はいはい、それで?」


「クラクションは鳴らされましたが、皆さんお婆さんの姿には気付かれたようで一安心、と思ったのも束の間。最前列にいた車がアクセルを踏んで突っ込んできたのです」


「はぁん……お前さんの事だから運転手は確認したんだろ? 知り合いか?」


「いえ、初めて見る顔でした。眠ってしまってアクセルを踏んだという訳でもなく、真っ直ぐにこちらを見ていましたよ」


「なら婆さんの方にも後で確認してみるか……」


そのまま星野警官は腕を組み、少し考え事をしているようだった。


しかし、流れてしまったが命を狙ってきた(?)相手に対して知り合いか聞くってどういう事なんだ……。

このクリスとかいう男は闇の組織か何かに狙われてるとでも言うつもりだろうか。


「ま、いいか。それで突っ込んできた後はどういう感じだった?」


「三メートルくらい手前で急にハンドルをきったんでしょうね。勢いよくガードレールに車体を擦り付けて、そのままガリガリとあっちまで」


「ちょっと待て。運転手はお前の方をずっと見てたんだろ?」


「はい」


「なのに急にハンドルをきった?」


「えぇ。きっと直前までぼんやりしてしまってたんでしょうね。暖かくなってくるとそうなりがちと聞きますし」


「……ケッ。まあそういう事にしといてやるよ。ご協力感謝致します」


星野警官は不服そうだったが、それ以上聞くつもりは無いようだった。投げやりに感謝の言葉をクリスに伝えると、俺の方へと視線を向けてくる。


「ところで、こっちの若い子は?」


「最近隣に引っ越してきた一郎君」


「どうもです」


星野警官は「ふぅん」と生返事をすると、しげしげと俺を観察してきた。やましい事は何も無いのだが、警官にそんなふうに見られるとソワソワしてしまう。


「ま、怪我したくなけりゃあんまりこの兄ちゃんとは深く関わんない事だな。オマケに無職だし」


「でた、星野さんの無職差別! 職業差別はよくないと思うなぁ」


「お前、そういうのどこで知ってくるわけ? それに職業差別もなにも、職業に就いてないから無職なんだろうが……。まあいいわ、最近は変なやつ増えてきてるから気を付けるようにな」


それだけ言うと、ひらひらと手を振って他の警官と合流しに行ってしまった。気になる事言ってどっか行くんじゃないよ! いい機会だし、もういっそ本人に聞いてしまうか。


「あの、クリスさんってどっかから狙われたりしてるんですか?」


「うん? あぁ、いや。そういう訳じゃないんだよね。ま、立ち話もなんだしすぐそこのカレー屋で食べながら話そうか」


クリスが指さす先には「本日食べ放題!」と書かれた旗が揺られていた。目的地はすぐそこにあったらしい。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」


「僕と彼の二人でお願いします」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


事故の野次馬で表に人が集まったせいか、店には並ぶこと無く入ることが出来た。トレイを持ってカレーを見に行くと、見慣れた茶色のカレーだけでは無く、赤白緑と色とりどりのカレーが並んでいた。


折角なので食べた事が無いものを選び、小皿に幾つか取り分けて乗せていく。


「クリスさんはどれ選んだんですか……って何ですかその量」


クリスが持っていたトレイの上にはでっかいお皿が乗せてあり、その上にはアニメでしか見た事ないような盛り方の白飯が山になっていた。


「ふふ、僕はこうするのさ!」


クリスはそう言うと、色とりどりのカレーを白飯で出来た山の頂点から重ならないように掛けていくではないか。


「これが僕特製のレインボーカレーさ」


「もう、何やってるんですか」


口では呆れた風を装っているが、きっとクリスの目にはニヤニヤ笑った顔をした俺が映っている事だろう。

ドリンクバーでソフトドリンクを混ぜるが如く、食べ放題に来たのならば取り敢えず一緒に取ってみる。これはもう逃れられぬ男の性なのだ……。


店員が若干嫌そうな目で見ている気がするが、それには気付かないふりをして座席に戻りカレーを食べ始める。


グリーンカレーとか食べたこと無かったけど結構おいしいな……。


「それで、さっきの話の続きだけれど」


そうだった、呑気にカレーに舌鼓をうっている場合ではなかった。クリスの状況によっては彼とのご近所付き合いを考えなければいけない。

白と赤のカレーを一緒に食べながら、俺はクリスに頷く。


「どこかに狙われているかと聞かれたら、答えはNOなんだよね」


それならば星野警官が聞いてきた知り合いか? 発言は一体何だったのだろうか。俺が首を傾げるとクリスは苦笑しながら答えてくれた。


「実は前に事情があって、何度かヤクザの事務所に襲撃をかけててね。こっちの顔は割れてないんだけど、僕は向こうの顔を見てるからそれの確認かな」


「えぇ……」


このイケメンは軽く言っているが、そんなお出かけ気分でこなすイベントなんだろうか、ヤクザの事務所に襲撃をかけるというのは。


……お出かけ気分でどうにか出来るんだろうなぁ。さっきも突っ込んで来る車に対して何かする気満々だったし。

この位じゃもう驚かない、驚かないぞ。


「そういう訳で、星野さんは僕に知り合いかどうか聞いてきたんだと思うよ。運転手の彼、結構気合い入った見た目してたから」


運転手が金髪だったのは見えたが……力加減に集中していたので、あまりよく覚えていない。

車の中で気絶していたが、エアバッグに埋もれていたから身体は大丈夫だろう。


「ということは、あのお婆さんが狙われたって事ですか?」


自分でそういうが、納得はいかない。

あのお婆さんはぼんやりしてる年寄りといった風で、特に何か知ってそうなイメージは湧かない。寧ろ必要な事まで忘れちゃってそうな感じだった。


「それは……どうなんだろうね?」


うわぁ、他に凄いなにか知ってそうな含みを持たせてくる。そんな事されると好奇心が疼いて仕方が無い……と言いたいところだが、俺は好奇心に任せて色んな事に首を突っ込んだ中学校時代で学んだのだ。

人の組織ぐるみの企みには関与しないが吉と。


別にヤクザが怖いとかそういう訳では無い、決して。


「まあ、俺には関係なさそうですね」


それだけ言ってカレーを食べるのに戻る。そんな俺をクリスはニコニコ顔で見てくる。


「そんなことよりさ、一郎君。あの車、君がやったんでしょ?」


「……何のことですか?」


取り敢えずすっとぼけてはみたが、クリス的には俺が何かしたという確信があるらしく、流されるつもりはないようだった。


「ま、君にだけ話させるっていうのも公平じゃないし先に僕の事から話そうか」


クリスはスプーンを置いて神妙そうな顔をすると、手を組みそこに口元を隠すように顔を置いた。


「実は僕は異世界から来たんだ」


「はぁ、そうなんですか」


俺は自分以外に言えば間違いなく「お前は何を言っているんだ?」と返されること間違いなしのその言葉を、事実として受け取っていた。

まあ魔法少女も陰陽師も超能力者もいるんだし、異世界からの住人がいてもおかしくないだろの精神である。


事実として受け取った返事ではあったのだが、クリスはそうは受け取らなかったようで、「今から証拠を見せるよ」というとおもむろに紙ナプキンを三角に折り始めた。


「僕が居た世界では一人に一つ魔法が使えてね、僕の魔法は付与エンチャントなんだけど」


クリスは三角に折った紙ナプキンにさっと手をかざすと何事かブツブツと唱え始めた。手の甲の紋章みたいなのが光ってるあたり、魔法とやらを使っているのだろう。


「付与を使えばこの通り、何の変哲もない紙ナプキンでも――鉄でできたスプーンを真っ二つにすることだって出来ちゃうんだ」


「なっ……!?」


俺の驚愕の表情に気を良くしたのか、クリスは若干得意げな顔をしている。それがとても頭にきた。


「いやいやいや、店の物壊しちゃってなんで得意げな顔してるんですか。普通にそんなことやっちゃだめでしょ……」


いきなり店の物をぶっ壊すとは思っていなかったので制止する隙も無かった。非難されたクリス当人はというと、そんな事を言われると思っていなかったのか目を丸くしている。


なんでだよ……店の物は壊してオッケーなのが異世界クオリティなのか? 流石にそんな末法めいた思想の人とは関わりたくないんだけれど。


「大丈夫大丈夫、ほら見てて」


そう言うとクリスはスプーンの斬れた部分を繋げて持つと、おもむろに擦り始めた。

しばらくたつとあら不思議! スプーンが元通りになっているではないか。


「なんか手品みたいですね」


俺が素直な感想を述べると、クリスはたはは、と笑った。


「これでも向こうでは優秀な魔法使いだったんだけどなぁ。こっちじゃ手品扱いか」


そうぼやいている割には、随分と楽しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。それなりの気苦労があってこちらの世界に来たのだろうか。長くなりそうだから突っ込んで聞く気はないが。


「それで、君の方の……僕でいう所の魔法みたいな力については教えてくれるかい?」


「あぁー……まあいいですよ。そんなに勿体ぶる事でもないですし」


俺は近くにあった水入りのコップを超能力で持ち上げ、口元に運ぶ。こうした実生活に基づく力の行使には慣れたもので、普通に手に取って飲むのと同じように動かせる。


「とまあ、こんな感じなんですけど……どうかしましたか?」


「いや、僕たちの魔法と違って力を使う前に分からないものなんだと思ってね」


「そんなこと言ったら俺だって魔法察知できたりなんてしませんよ」


「まあそう……だね。それで、その力はどのくらいの出力があるんだい?」


「さぁ? 計った事ないんでわかんないです」


何やら難しい顔をしているクリスを横目に、カレーを口に運ぶ。


「あ、でも引っ越しの荷物はこれで浮かせて運びましたね」


俺の答えに何やら考え事をしていたようだったが、区切りがついたのかいつの間にか山盛りだったカレーがなくなっていた皿を片付け、俺が食べ終わると共に店を後にしたのだった。


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世の中にはカオスが満ちている @giuniu

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