8 アンダーグラウンド

 僕が住んでいる町は典型的なベッドタウンで、少し歩けば見分けが付かないような住宅が続々と立ち並ぶ道があった。そうした家々は表札を通りに向けてはいるものの、特別な無記名性を纏っていた。屋根やガレージに駐車している車の種類や色は違えど、陽が射す反対の方向には影を作り、庭の木々は不思議なほど同じように揺れ、反射を見せた。どこまで歩いても、あるいはどの通りを曲がろうとも似たような住宅が続いていたが、誰ともすれ違わなかった。僕はトネの後ろをついて歩きながら、そうした鏡に映った異世界に迷い込んだような不思議な気持ちになった。あまりにも人けが無さすぎる。そして、トネと僕が歩く靴の音や衣服が擦れる音が鮮明に聞こえてくる。冬の冷たいセーターの匂いがする。


 トネは左肩にスクールバッグを引っ掛け、両手をポケットに突っ込んで迷う事なく歩みを進めた。僕はマクドナルドが数個入った女子高校生のスイミングバッグを肩に担ぐようにして歩いた。なぜトネがこの時期にスイミングバッグを持っており、マクドナルドをその中に入れてテイクアウトしたのかは謎だった。そういう流行のようなものがあるのかも知れない。しかし僕は落ち着かない気分だった。普通、成年男性は女子高校生のスイミングバッグにマクドナルドを入れて持ち歩いたりしない。「2年4組 日暮利根」と油性ペンで律儀な筆致で名前が書いてある。


 15分ほど無言で歩くと、トネがキョロキョロと周囲を見渡した。


「ここら辺ですね」


「何が?」


 僕は念のため聞いてみたが、当然のように無視された。トネは近くの電信柱に歩み寄ると、その影の部分から奇妙に長い黒い棒を取り出してカラカラと引きずる音を立ててこちらに持ってきた。何かの専用の器具のようだった。比率を間違えた十字架のようにも見える。なぜそんなものが電信柱の脇に立て掛けてあったのか、また、その事をトネが知っているのか、僕には訳が分からなかった。


 トネはマンホールの端に棒の先端を差し込むと、小さな掛け声をあげて蓋をパカリと持ち上げて、横にずらした。アスファルトの道路にぽっかりと黒い穴が空いた。とても不吉なマンホールの穴だ。確か、マンホールの蓋は相当重い筈だ。トネはそのマンホールを開ける棒を、トネは用なしとばかりに後ろに投げ捨てると(遅れてガランガランと重たい音がした)、腰に手を当てて僕を見上げて言った。


「お先にどうぞ」


「……どこへ?」


「見ればわかるでしょう?」


 トネが穴を見下ろす。僕も同じ穴を見る。直径60cm程の黒々とした穴だ。冬の明るい陽の中でそれはあまりにも不吉に過ぎる欠落に見えた。僕は周囲に視線を走らせ、誰かにこの明らかな違法行為 ──女子高校生の格好をした人間がマンホールの蓋を手慣れた手つきで開けること。隣には高校のスイミングバッグを担いだ不審な男性が立っている ──を目撃されていないか確認した。当たり前のように誰もいない。変哲のない住宅街に我々は立っている。カア、カアとカラスが鳴く。


「僕たちは、君のお姉さんを探してるんだよね?」


「さっき言った通りにね」


「でも、マンホールの中に入るなんて聞いてない」



「だんだん棒読みが酷くなってる。答えになってない」


「姉はこの先にいる」


 トネは確信を持った声で宣言した。


「ほら、さっさと急いで。だれか来ちゃう」



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