7 any
「どこか目処はついてるの? 探す、と言っても適当にふらつくだけじゃ疲れるだけだ」
僕は至極まっとうな疑問を呈した。
「だいたい分かってます」
トネが目を伏せて答えた。
「とても危険な場所です」
「え」
「私、一人で行くには危険という事です」
トネが言い直した。僕が思わず嫌な顔をしたからかも知れない。危険な場所、というのは範囲が広すぎるのではないか。ライオンが出る? 怖い人種がたむろしている? 足を踏み外すと溶液の中に落ちてしまう?
「具体的にどこらへんなの?」
僕は注意深く聞いた。新宿とか渋谷とか、そういう人生と未来に悲観した若者や、最近聞くようになった中国系のマフィアがたむろする場所にわざわざ出かけたくはなかった。しかし目の前のトネはあまりに細く、護りたい気持ちを掻き立てられる女子高校生だったので、僕は「行きたくない」と無碍にする事も憚られた。
「サファリパークかな?」
僕は思わず思ってもいない事を口走ってしまった。
「確かにそこも危険ですね」
一瞬間を置いて、トネが真面目な顔をして返事をしたので、僕は少し感心した。一応、多少のユーモアも理解してくれるのだ。
「でも違います。一緒に来てもらってもいいですか? どうかお願いします」
「遠いのかな?」
「それほど遠くはありません」
トネは僕の目を見ながら、注意深く言葉を選んだ。
「それほど遠くはない危険な場所に君のお姉さんがいる」
「はい」
「この周辺で危険な場所なんてどこも思いつかないんだけど」
サファリパークも溶鉱炉も切り立った崖もない。
「ある意味では危険な場所、という事です」
トネが低い声で言った。
「でも、オリカワ君なら大丈夫だと思います」
年下の女の子に君付けで呼ばれて、僕は戸惑った。しかし知り合ったばかりのこの微妙な関係性で「年上の男の人を君付けにするのはやめた方がいい」と改まって説教をするのも気が引けた。彼女が探す、お姉さんがいる「危険な」場所というのも気に掛かった。一緒に探して、もしヒグラシ エヒメを見つける事ができたら、今までの怠惰な生活が清算されるような気がした。僕はエヒメを見つける事で、きちんと大学の講義にも出席出来るようになるし、単位を取る事ができるし、新たな目標を見つけ、自分自身の先を見通した人生設計を組み立てる事ができるようになる気がしてきた。普通に考えればそんな訳は有り得ないのだが、なぜか僕は確信に近いものを持った。冬の日差しが惜しげもなく差し込む、少し暖房が効きすぎたマクドナルドの店内で、僕は勝手に一人で、人生の転機を迎えているような気がした。
「危険はないんだね」
僕は念を押した。それでも怖いものは怖い。ライオンに噛みつかれたり、高い所を綱渡りさせられたり、原住民の弓矢で射られたりしたくない。
「多分、大丈夫です」
いつの間にかフィレオフィッシュを食べ終えていたエヒメが口を薄っぺらい例の紙で丁寧に抑えながら答えた。
「でも、もう二、三個くらいマクドナルドを買って行った方がいいかも知れない」
我々は席を立って、テリヤキバーガーとダブルチーズバーガーとフライドポテトとナゲットをテイクアウトする事にした。そこは僕が支払った。彼女は何も言わず紙袋を僕から受け取って、何の変哲もない学生鞄から出した緑色をした空のスイミングバッグに詰め込んで、当たり前のように僕にそれを渡し、自動ドアから先に店を出た。僕は荷物持ちも兼ねているようだった。ドアを出た瞬間、冷たい風が首元をさらい、慌てて僕はマフラーを巻いた。
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