5 ホーリーゴースト

 僕はその関係者を名乗る女の子を玄関で待たせたまま、あらかた洋服を着替えると外に出た。適当なシャツを重ね着し、カーキのチノパンにエンジ色のジャージに黒いマフラーを巻き、明るいグレー色のニット帽を耳まで覆ってかぶった。それとレッドウィングの短いブーツ。これは数年前に小遣いを貯めて買ったものだ。


 関係者を名乗る女の子は小柄だった。頭からつま先まで、消費者にバレないように材料を間引いて作られた精巧な人形を思わせた。髪はショートカットで目は大きく、不機嫌そうに結ばれたへの字口は普通にすれば悪くなさそうな形だった。もしかしたら不機嫌なのではなく、彼女なりの不安な顔なのかも知れない。大きめのPコートの下にはさらにグレー色上下のブレザーを着て、黒いソックスとローファーを履いていた。ネクタイではなくサテンの緑色の控えめなリボンが覗いている。ローファーは新品のように、歩くたびに冬の陽を受けてキラキラと光った。ぐるぐる巻きにした編み目の大きい濃い葡萄色のマフラーが赤い鼻の顔をさらに小さく見せていた。


 そうして我々は言葉もなく歩き、駅前のマクドナルドで向かい合って座っていた。店内は暖房の効き過ぎでムッと暑く、すぐにマフラーを外さなければならなかった。僕はビッグマックとポテトフライとコーラで、彼女はフィレオフィッシュにポテト、ホットコーヒーを注文した。もともとご馳走するつもりもなかったが、支払いの際にチラリと見た彼女の財布は明らかにのもの僕よりも高価そうな革製で、万札がものさしが添えられているかのように綺麗に入っているのが見えた。あまりにも綺麗に重なっているので一枚にも見えたが、少しの厚みがあるのが見て取れた。あまり女子高校生は万札を高価な財布に入れて持ち歩いたりはしない。僕は少し訝しんだ。そんな彼女は荷物を隣の席に置いて、僕の向かいの席に座って無表情でもぐもぐとポテトをつまんで食べた。僕も自分のポテトを数本まとめて口に放り込んだ。話を切り出すのも面倒だし、そもそも話があるのはあっちのはずなのだ。


 マクドナルドは日がよく当たる駅前の店舗で、大学で顔を見たことがあるやつもいたし、店内で食べるには座り心地が悪すぎる椅子だったから、僕はテイクアウト専門だった。その向かいには雀荘兼ビリヤード場とゲームセンターがあった。最後にあそこで9ボールをやったのはいつだっただろう、とぼんやりと考えていると、突然女子高生が切り出した。


「姉が失踪したのは一週間ほど前の事です」


 彼女は両手でフィレオフィッシュを持って、よく見たら二口ほど齧った跡があった。かしゃかしゃと手元でフィレオフィッシュの包装紙が見た目よりも大きな音を立てた。口元にタルタルソースをつけて神妙そうに俯く彼女に僕は親近感を覚えた。


「その前に、君の事を何て呼べばいいの?」


 僕は彼女の話を遮って聞いた。


「ヒグラシ、という苗字で良いんだよね?」


「ヒグラシ トネ」


「トネ?」


 僕は思わず聞き返した。トネと名乗った女子高生の手の内で、クシャアと潰れていくフィレオフィッシュを眺めた。顔が少し赤くなっている。


「ヒグラシ、トネという名前です」


「そうなんだ」


 僕は無関心を装ってビッグマックの箱を開けて取り出し、一口食べた。古風な名前だと思ったが、悪くない名前だと思った。しかし、彼女としては「トネ」という名前は不本意であったのだろう。あまり名乗りたくなかった雰囲気が感じられる。僕は彼女に「良い名前だね」とも「古風な名前だね」などと感想を述べるつもりもなかった。僕がヒグラシ・トネという名前について、どのような印象を思ったのかという個人の思いを彼女に告げる必要はないし、恐らく彼女 ──トネにしても、姉の隣人からいかなる感想を述べられたところで、なんらかの救済となる事は無さそうだった。そもそも救済など求めてもいない雰囲気もあった。














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